第248回:阿部暁子さん

作家の読書道 第248回:阿部暁子さん

2008年に『屋上ボーイズ』でデビュー、時間を超えた出会いを描く『どこよりも遠い場所にいる君へ』や車椅子テニスを題材にした『パラ・スター』二部作などで話題を集めた阿部暁子さん。幼い頃から物語が好きで、高校時代に歴史の参考書がきっかけで時代ものの短篇を執筆したという阿部さんが読んできた本とは? 新境地を拓いた新作長篇『金環日蝕』の担当編集者との出会いのエピソードが意外すぎます。楽しいお話たっぷりご堪能ください。

その2「貪るように読んだ漫画」 (2/8)

  • あさりちゃん (1) (てんとう虫コミックス)
  • 『あさりちゃん (1) (てんとう虫コミックス)』
    室山 まゆみ
    小学館
    417円(税込)
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  • エースをねらえ! 1 (マーガレットコミックスDIGITAL)
  • 『エースをねらえ! 1 (マーガレットコミックスDIGITAL)』
    山本鈴美香
    集英社
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  • ベルサイユのばら(1) (フェアベルコミックス)
  • 『ベルサイユのばら(1) (フェアベルコミックス)』
    池田理代子
    フェアベル
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  • X(1) (あすかコミックス)
  • 『X(1) (あすかコミックス)』
    CLAMP
    KADOKAWA
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  • 斜陽 (角川文庫)
  • 『斜陽 (角川文庫)』
    太宰 治
    角川グループパブリッシング
    356円(税込)
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――ごきょうだいは? 本の貸し借りなどされていたのかな、と。

阿部:姉がいますが7歳上で年が離れているので、一人っ子が2人いるような感じでした。ただ、姉が読んでいた「マーガレット」はこっそり読んでいました。尾崎南さんの漫画が載っていたりして、知らない世界をのぞいた気分でいました。

――ほかに好きな漫画作品などはありますか。さきほど『美味しんぼ』も挙がってましたが。

阿部:生まれてはじめて読んだ漫画は姉が持っていた『あさりちゃん』だったんですけれど、そこで初めて漫画というものに触れて、画期的だと思ってびっくりしたんです。そこから家にあった姉の漫画を貪るように読んでいたら、それを見た母が秘密の自分の本棚を見せてくれたんですね。そこにずらりと並んだ『エースをねらえ!』全巻(笑)。1巻を読んだとたんに「うおっ」となって一気に全巻読み、私ののめり込み具合を見た母が、小学6年生の時の誕生日プレゼントに『ベルサイユのばら』の文庫版を全巻買ってくれました。その頃、学校で放課後の運動クラブみたいなものには入っていたんですけれど、「お腹が痛い」と嘘をついて家に帰って読んでいました。

――素敵な誕生日プレゼント。

阿部:渡された時、すごく嬉しかったですね。なんかもう、『源氏物語』を手にした菅原孝標女みたいな感じでした(笑)。
 同時に、CLAMPさんの『X』という終末ものの漫画を読んで、そこではじめて沼に落ちるという体験をしました。自分でも漫画を描きたくなったんですけれど、致命的に絵心がなかったために、自分で下手なイラストをつけて、小説もどきを書き始めました。それが小学校6年生の終わりから中1くらいの頃ですね。

――では、中学時代の読書生活は。

阿部:背伸びをしようとして、母の本棚にあったヘッセの『デミアン』なんかをこれ見よがしに教室だけで読んでいたような...。

――教室"だけ"。(笑)

阿部:「私、文学少女なのよ」って顔をしたかったんです(笑)。でも、これ見よがしであっても、『デミアン』は面白かったです。
 中学時代はいろいろ読んでいた記憶があります。たまたま書店で目に留まった小野不由美さんの「ゴーストハント」シリーズを読んだ時は、五感というか、感情をものすごく動かされて。そういう読書体験をしたのがはじめてだったので、小野さんがどういう作家かも知らずに「すごいなこの人」と思っていました。

――書店にはよく行っていたのですか。

阿部:いえ、ごくたまに、でした。ただ、当時は近くのスーパーに書店コーナーがあって、わりといろんな本を置いていたんです。そこになんとなくフラフラ行って、目についた本を手に取ることはありました。

――小説以外ではどのような読書を。

阿部:神戸連続児童殺傷事件が起きてしばらく経った頃だったので、それ関連の本を読んだりしました。自分と歳が近い人が起こした事件だったので、怖いと思って。なぜなんだ、ってことを知りたかったんですけれど、結局、なぜかは誰も分からないんだということだけ分かりました。

――ところで、こちらの勝手な先入観なんですが、花巻市で育ったということは、学校などで宮沢賢治が取り上げられることって多かったんでしょうか。

阿部:はい。花巻市民たるもの「雨ニモマケズ」を諳んじられるようになれ、みたいな感じの授業がありました。合唱コンクールでも「雨ニモマケズ」に旋律をつけたものを歌う文化があったりして。ただ、それで少し食傷気味になって、逆に賢治作品からはしばらく遠ざかりました。社会に出て周囲から「え、花巻市出身? 私すごく宮沢賢治大好き」と言われたり、「賢治記念館に行った」とか言われても「へえ.........」みたいな反応をしてしまうという。

――高校に入ってからは。

阿部:高校の国語の教科書に、あの名作が登場したんです。芥川龍之介の「羅生門」です。これを読んだ時に「面白い」ってびっくりして、「芥川ってなんか聞いたことあるな、すごい奴だな、龍之介やるじゃん」となって。今ならお前何を言っているんだと思いますけど(笑)、とにかく衝撃を受けたんです。
 最後、老婆が門の上から、逃げ出す下人を見下ろすところがはっきりと映像で見えたんですよね。それが衝撃でした。やっぱり、人間の綺麗な部分ばかり語られても嘘だろうと思ってしまう年頃だったので、こんな生々しい、人間が心の奥で抱えている暗いものを、あんなに面白く切れ味鋭く書かれているのがすごいと思ったんだと思います。しかも、昔に書かれたものなのに今読んでも面白いという。そして芥川龍之介の追っかけみたいになっていろいろ読み、自殺したと知ってショックをうけたりしていました。
 そこから他の古典を読むようになったかもしれないです。太宰治なども読みましたが、当時はあまり気が合わないなと感じました。気が合う合わないというほど読んだのかと言われるとそこまででもないんですけれど。高校でも「芥川派か? 太宰派か?」みたいな話になりましたが、私は芥川のほうが好きだと思っていました。
 あ、でも『斜陽』は面白かったです。

――『人間失格』はどうでしたか。10代であれを読んだ時の反応って、人によって分かれますよね。

阿部:そうなんですよね。当時は正直、「まったく共感できない」みたいに思っちゃった部分があるんです...。でも今読むと、あの人間の駄目さを否定しないところはすごくいいなと思うんです。自分は駄目だと思う経験をしてきた今、太宰を読むと、すごく分かる、と思います。

――高校時代は、本の話ができる友達はいましたか。

阿部:はい。古典文学が好きな仲間ができたりして。私は吹奏楽部だったんですけれど、まるで文芸部であるかのような顔をして文芸部に出入りして、そこに小説を書いている人がいたりして、楽しかったですね。

――吹奏楽部だったのですか。

阿部:小学校高学年の時に、女子は金管バンドに入るか、ポンポンを持ってチアリーディングをするか選ばなければいけなかったんです。それで、私は金管バンドを選んでトランペットをやっていたんです。トランペットは吹いてみたらすごく面白かったので、中学校も高校も吹奏楽部でした。

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