
作家の読書道 第248回:阿部暁子さん
2008年に『屋上ボーイズ』でデビュー、時間を超えた出会いを描く『どこよりも遠い場所にいる君へ』や車椅子テニスを題材にした『パラ・スター』二部作などで話題を集めた阿部暁子さん。幼い頃から物語が好きで、高校時代に歴史の参考書がきっかけで時代ものの短篇を執筆したという阿部さんが読んできた本とは? 新境地を拓いた新作長篇『金環日蝕』の担当編集者との出会いのエピソードが意外すぎます。楽しいお話たっぷりご堪能ください。
その7「オレンジ文庫、集英社文庫での執筆」 (7/8)
――オレンジ文庫ではその後、オリジナル長篇としては『どこよりも遠い場所にいる君へ』と『また君と出会う未来のために』を刊行されていますよね。これは鎌倉香房シリーズとはまた違って、SF要素があって。
阿部:通称「どこ君」は、なぜ書いたのかよく憶えています。ある日私の担当さんが、「阿部さん、『ねらわれた学園』みたいなジュブナイルやりませんか」と提案してくれたんです。例によって見切り発車と安請け合いで「やります」と言った後で、眉村卓さんの『ねらわれた学園』を読みました。これもすごく面白かった。『ねらわれた学園』は未来から人が来るので、あまり被っても...と思い、過去から人が来る話にしようと思ったのがきっかけでした。
でも、安請け合いをした自分を恨みましたね。辻褄を合わせるのがものすごく大変でした。
タイムトラベルものはほぼ読んだことがなかったので、いろんなものも読みました。海外のSF作品も読みましたし、このあいだ新装版が出た高畑京一郎さんの『タイム・リープ あしたはきのう』もその頃に読みました。すごく面白かったです。
それで、あまり自信がなくて売れまいと思っていたんですけれど予想外に売れて続篇を書きましょうと言ってもらって、もう無理だと思ったんですけれど口が勝手に「分かりましたやりましょう」と言っていて、「また君」を書きました。高畑さんのような技量はないので、とにかく矛盾がでない程度に時間を超えさせるのに必死でした。
――ライト文芸のレーベルであるオレンジ文庫では、書けるものも相当変わりましたか。
阿部:そうですね。コバルト文庫は私がデビューした後、恋愛が絡むものが主流だったんですが、オレンジ文庫はラインナップがすごく多彩で、「攻めてるな~」と思うものもいっぱいありますよね。色んな面白いものをたくさん世に送り出そう、というところがすごく好きです。
――その後、集英社文庫からは『パラ・スター〈Side百花〉』『パラ・スター〈Side宝良〉』を出されていますよね。これは車椅子テニスの選手と、競技用車椅子を作る親友、それぞれの視点で描かれた二部作で、話題になりました。
阿部:『室町少年草子』を出した時に、「面白いですね」と声をかけてくれて一緒に『室町繚乱』を作っていた集英社文庫の編集者が、原稿完成直後に退社されてしまったんです。その後を引き継いでくれたのが元コバルト文庫の編集者さんで、『パラ・スター』はこの人と一緒に作りました。
東京オリンピック・パラリンピックの開催が決まってから、オリンピック関連の話が書けたらいいなとぼんやり考えていました。
そんな頃に、たまたま地元のパラスポーツのイベントに参加したんですよ。そこで元パラリンピアンの方が講演をされて、車椅子の話も聞いたんです。車椅子バスケには車椅子バスケ専用の車椅子があり、車椅子テニスにはそれ専用の車椅子があり、車椅子バトミントンにも車椅子マラソンにもそれぞれ専用の車椅子が...って。恥ずかしながら、そんなに種目に合わせて車椅子の種類があるのかと驚いたし、それを作っている人たちがいるということにもすごく惹かれました。それで、集英社文庫の担当さんに「こういうものを書きたい」とメールしたら、「いいですね、取材に行きましょう!」って即行で取材を入れてくれて。東京ビッグサイトの国際福祉機器展に行って車椅子を見て、二人でめちゃくちゃ格好いいと騒いだり、車椅子メーカーさんに行って話を聞いたり、実際に車椅子体験をしたりしながら構想を練っていきました。
また、テニスプレイヤーの視界が知りたくて、テニス教室にも通いました。ただ、いちばん嫌いな授業はなにかを訊かれたら「体育」と即答する人生を送ってきたので、運動はまったくできないんです。熱中症をおこして倒れたりしました。同時進行で、テニス漫画の『ベイビーステップ』を全巻読んだり、ラッセル・ブラッドンの『ウィンブルドン』を読んだり...あれはすごく面白かった。『ウィンブルドン』に出合っていなかったら『パラ・スター』は書けていなかったかもしれません。
意外とテニスものの小説って少ないんだなと、この時に分かりました。当時刊行されているものはその時にほぼほぼ読んだと思います。でも題名を憶えていないものが多くてすみません。