第248回:阿部暁子さん

作家の読書道 第248回:阿部暁子さん

2008年に『屋上ボーイズ』でデビュー、時間を超えた出会いを描く『どこよりも遠い場所にいる君へ』や車椅子テニスを題材にした『パラ・スター』二部作などで話題を集めた阿部暁子さん。幼い頃から物語が好きで、高校時代に歴史の参考書がきっかけで時代ものの短篇を執筆したという阿部さんが読んできた本とは? 新境地を拓いた新作長篇『金環日蝕』の担当編集者との出会いのエピソードが意外すぎます。楽しいお話たっぷりご堪能ください。

その6「憧れの作家と作品」 (6/8)

  • 五つの時計―鮎川哲也短編傑作集〈1〉 (創元推理文庫)
  • 『五つの時計―鮎川哲也短編傑作集〈1〉 (創元推理文庫)』
    鮎川 哲也,薫, 北村
    東京創元社
    1,320円(税込)
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  • 宇宙のみなしご (角川文庫)
  • 『宇宙のみなしご (角川文庫)』
    森 絵都
    角川書店(角川グループパブリッシング)
    484円(税込)
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  • つきのふね (角川文庫)
  • 『つきのふね (角川文庫)』
    森 絵都,国分 チエミ
    角川書店
    572円(税込)
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  • 風に舞いあがるビニールシート (文春文庫)
  • 『風に舞いあがるビニールシート (文春文庫)』
    森 絵都
    文藝春秋
    726円(税込)
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――書きながら、他のミステリーを読んだりしました?

阿部:はい。さきほども挙げた北村薫さんの円紫さんのシリーズとか、鮎川哲也さんの『五つの時計』とか...。いろいろ一生懸命読んだんですけれど、やはり学ぼうと思って読むと息苦しくなってしまうので、そういう時にダイアナ・ウィン・ジョーンズさんを読んだりして。上橋菜穂子さんの『精霊の守り人』を読んだのも鎌倉香房シリーズで四苦八苦している時で、ものすごく感動したんですよね。まったく違う世界の話ではあるんですけれど、そこに生きているのはやっぱり"人"であるし、私達の生活とはまったく違うはずの彼らの生活が、食器の音がするぐらい鮮明に書かれていて。
 それと、なんというか、物語の作り方からにじみ出てくる上橋さんの、世界と物語に対する誠実さみたいなものをすごく感じたんです。そうか、人を感動させる物語を書くためには、自分がろくなものじゃないままでいたら駄目なんだなと思わされました。まっとうな人間にならなくちゃ、というか。たぶん私も、書いたものに自分自身がにじみ出てしまっているんだろうなと、はっと気づかされたのが上橋さんの小説でした。
 その後、森絵都さんの小説に出合ってもう大好きになって。やっぱり森絵都さんも、物語から滲みでるカラーみたいなものがあるんです。糾弾するのでなく、「いいよ」って優しくキャッチしてくれる感じがすごく好きです。そういう物語を描きつつ、ところどころに可愛くてくすっと笑っちゃうような可笑しみがあって。こういうテイストの話を書きたいな、こういう物語を死ぬまでに書きたいなと思いながら読む作家さんになりました。

――森さんだと、好きな作品はどれになりますか。

阿部:『永遠の出口』とか。『宇宙のみなしご』も好きだし、やっぱり『つきのふね』が大好きで。あと、『風に舞いあがるビニールシート』を読んだ時は、なんかもう、すごいなあ、って...。死ぬまでにこういうのが書きたいと思いました。
 私の理想の死に方は、パソコンに書きかけの小説があって、その前でこうやって(と、突っ伏す)死んでいるのを家族に発見されることなんです。すみません、なんの話だって感じですよね(笑)。で、その時、『風に舞い上がるビニールシート』並みの小説がパソコン画面にあったらいいなと思います。

――書きかけでいいんですか。書き上げたくはないのですか。

阿部:書き上げると、出版してもらいたい、あわよくば評価されたいって思うっちゃうので意味がないわけですよ。もう、不老不死になりたいくらいに思ってしまうので駄目なんです。葛飾北斎の、もっと生きられたらもっとうまくなれるのにっていう、あの気持ちがすごく分かるんです。
 それで、鎌倉香房シリーズが一段落した頃に、『新宿鮫』に出合ってしまって...。

――へええ。シリーズ第一弾ですか。

阿部:はい。新装版が書店で平積みされていたんです。手に取って読んで、はあ~なんなのこの面白さ! って。
 面白いって最強だなと思ったんですよ。こんな若輩ミジンコの私が言うのもあれですけれど。とにかくなにより面白いって最強なんだなって思いました。
 新宿署に満身創痍で来たヤクザ真壁が、「『新宿鮫』を呼んでくれ」と言うところが、すっごく好きです(笑)。

――鎌倉香房シリーズを書いている間、ほかに執筆活動はされていましたか。

阿部:鎌倉香房の第1話を書く時とほぼ同時に、コバルト文庫の2冊目として出した『室町少年草子』を読んでくださった集英社文庫の人に、「阿部さんもう1回室町を書きませんか」と誘われたんです。繊細でとても面白い方でした。それで、「書きたいです」ってお返事して、書き始めました。その頃に、さきほどもお名前を出しましたが北方謙三さんの南北朝シリーズを読み始めたら、もう、これが面白かったんです。
 萌えが詰まっているんですよね。あんなにハードボイルドでご本人もダンディーなのに、なぜこんなにキュンキュンとするのか分からないんですけれど。それで、『破軍の星』とか『道誉なり』とか、いろいろ読みました。

――北方さんの描く萌えというのは。

阿部:たとえば『破軍の星』の主人公は北畠顕家という、お父さんが南朝の傑物の名門の生まれの16歳の公家で、美少年なんです。北方先生が断言してますので間違いなく美少年です。彼は本当に秀才で、キレッキレの切れ者なんです。彼が幼い親王を戴いて奥州にまいるわけですよね。そこで細々と生きている奥州藤原氏の末裔と会うわけですよ。その末裔が、顕家の才覚を見て、心酔していくんです。そうしたすべてに萌えがあります。私の場合、人と人が出会って、関係が結ばれていくところに魅力を感じるのかもしれません。
 やがて顕家は勝てるはずもない戦に挑むんですね。夜明けにわずかな手勢だけを率いて。しかしそこに......もう、あれは悶えました。『破軍の星』は本当に好きです。
 それで、集英社文庫で『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』という作品が刊行されたんですが、私にもきたんですよ。帝国ホテルで開かれる集英社のパーティの招待状が。

――集英社が主催する文学賞の贈呈式でもあるパーティですよね。

阿部:それでお邪魔したら、北方謙三先生がいるんです!!! 「あれは謙三!」と、すごく遠くからガン見していました。感動しました。担当さんから、謙三先生はサイン本の作業の時も、そばにいる人達が気まずくならないように朗らかに喋りながら書いてくれるんですよって話を聞いて、「格好いい~~~」って思って。アイドルを応援するファンの人たちの気持ち、私は北方謙三さんに置き換えるとよくわかります。米澤穂信さんに対しても、同じような感じになります。

――米澤さんは、どのあたりの作品をお読みになったのですか。

阿部:ミステリーとは何なのかを知りたくてさまよっている頃に『さよなら妖精』を読んで、「こんなにも悲しいのに美しいお話があるのか」と思いながら本を閉じたら、再び『さよなら妖精』ってタイトルが目に入って、「あああ!」となりました。こんなタイトルをつけられるなんて、一体心にどんな妖精が住んでいるのかと思いますよね。そしたらまたこれがK島さんが担当した本だと知って、なんなの? って。なにも知らずにミステリー講座をお願いしたら、後だしジャンケンのように後から後からすごい事実が出てきて、なんなの? って。伊坂幸太郎さんの『アヒルと鴨のコインロッカー』も、K島さんの担当ですよね。今気づいたんですけれど、私の新刊の『金環日蝕』は、あの作品の影響がだいぶ大きいと思うんです。

――ああ、ネタバレなので具体的なことは記事には書けませんが、なるほど。でも、そういう編集者に何も知らないまま自ら声をかけたのですから、すごい嗅覚というか運命というか。

阿部:本当にそうですね。逆に、何も知らなかったから言えたんでしょうね。「私も講座を受けたいです」ってリプライは、「千と千尋の神隠し」で千尋が「(声真似で)ここで働かせてください」って言った時みたいな気持ちで書いたんです。

  • 新宿鮫 新装版: 新宿鮫1 (光文社文庫)
  • 『新宿鮫 新装版: 新宿鮫1 (光文社文庫)』
    大沢 在昌
    光文社
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  • 道誉なり(上)-新装版 (中公文庫 き 17-14)
  • 『道誉なり(上)-新装版 (中公文庫 き 17-14)』
    北方 謙三
    中央公論新社
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  • 室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君 (集英社文庫)
  • 『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君 (集英社文庫)』
    阿部 暁子
    集英社
    726円(税込)
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  • さよなら妖精 (創元推理文庫)
  • 『さよなら妖精 (創元推理文庫)』
    米澤 穂信
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  • アヒルと鴨のコインロッカー (創元推理文庫)
  • 『アヒルと鴨のコインロッカー (創元推理文庫)』
    伊坂 幸太郎
    東京創元社
    712円(税込)
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