第248回:阿部暁子さん

作家の読書道 第248回:阿部暁子さん

2008年に『屋上ボーイズ』でデビュー、時間を超えた出会いを描く『どこよりも遠い場所にいる君へ』や車椅子テニスを題材にした『パラ・スター』二部作などで話題を集めた阿部暁子さん。幼い頃から物語が好きで、高校時代に歴史の参考書がきっかけで時代ものの短篇を執筆したという阿部さんが読んできた本とは? 新境地を拓いた新作長篇『金環日蝕』の担当編集者との出会いのエピソードが意外すぎます。楽しいお話たっぷりご堪能ください。

その5「ミステリーが書けなくて」 (5/8)

  • 戦国恋歌 眠れる覇王 (集英社コバルト文庫)
  • 『戦国恋歌 眠れる覇王 (集英社コバルト文庫)』
    阿部暁子,明治キメラ
    集英社
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  • ストロボ・エッジ 1 (マーガレットコミックス)
  • 『ストロボ・エッジ 1 (マーガレットコミックス)』
    咲坂 伊緒
    集英社
    484円(税込)
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  • 三人寄れば、物語のことを
  • 『三人寄れば、物語のことを』
    上橋菜穂子,荻原規子,佐藤多佳子
    青土社
    1,540円(税込)
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  • 鎌倉香房メモリーズ (集英社オレンジ文庫)
  • 『鎌倉香房メモリーズ (集英社オレンジ文庫)』
    阿部 暁子,げみ
    集英社
    649円(税込)
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  • ビブリア古書堂の事件手帖 ~栞子さんと奇妙な客人たち~ (メディアワークス文庫)
  • 『ビブリア古書堂の事件手帖 ~栞子さんと奇妙な客人たち~ (メディアワークス文庫)』
    三上 延,越島 はぐ
    KADOKAWA
    715円(税込)
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  • 空飛ぶ馬 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)
  • 『空飛ぶ馬 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)』
    北村 薫
    東京創元社
    748円(税込)
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――プロの小説家となって、第2章に入るわけですね(笑)。

阿部:第2章は、ロマン大賞表彰式から始まります(笑)。選考委員のおひとりがすごく推してくださったんですけれど、表彰式で「3冊出しても売れなかったら干されるよ」って言われたんです。
 それで、3冊出して売れなかったんですよ。デビュー作が『屋上ボーイズ』、2冊目が『室町少年草子 獅子と暗躍の皇子』という時代もので、3冊目が『戦国恋歌 眠れる覇王』という信長と濃姫の話で、ぜんぜん売れなくて。どうしようと思いました。
 今思うと、当然なんです。私は読者のニーズに応えられていなかったし、面白い物語を作ることもできていなかった。でも、当時はなぜ駄目なのかまったく分からなかったんです。ありがたいことに3冊目以降も執筆のお話はもらえたんですけれども、出しても売れないだろうっていうのが自分でも分かってしまっているので、なにを書いたらいいのか分からなくなってしまったんですね。
 書けば書くほど駄目になってしまって、担当さんに「申し訳ないけれど新人賞に応募してくるアマチュアの原稿みたい」って言われ、それがものすごくショックで。それで一度完全に、書けなくなりました。
 その時に、咲坂伊緒さんの漫画『ストロボ・エッジ』のノベライズの仕事をいただいたんです。ありがたいことにノベライズは原作の方にも「いい」と言っていただけたし、読んだ人にも「面白い」と言っていただけたんですけれど、自分の小説は書けないままでした。
 それで、とにかく読者のニーズに応えるものが書けるようにならなきゃと思い、苦手だった恋愛を研究しようと思ってたどり着いたのが、ハーレクイン小説と韓流ドラマでした。

――勉強になりましたか?

阿部:なりました。それまで恋愛にあまり興味がなかったんですけれど、ちゃんと素敵で面白いんだなと思って。ハーレクインは、恋に落ちる過程がすごく丁寧に書かれているのが印象的でした。ハーレクインですから男女の営みの部分もあったりするんですけれど、そういうのが読みたいと思うのは人間にとって自然なことかもしれない、と人に対して寛容になっていったかもしれません。
 なかでもリンダ・ハワードさんという作者が、男女の恋愛話だけでなく、すごく豊かなドキドキ、ハラハラ、ワクワクする話を書かれるんです。彼女の作品はいくつも読みました。
 それと、同時進行で読んでいたのが荻原規子さん。『空色勾玉』のシリーズをはじめて読んだら、これがもうすごく面白かったんですよね。そこから荻原さんの作品を読みまくりました。上橋菜穂子さん、佐藤多佳子さんとの対談集『三人寄れば、物語のことを』も面白かったです。それでエッセイを読んでいたら、ダイアナ・ウィン・ジョーンズが好きだと書かれてあったんです。ジブリ映画「ハウルの動く城」の原作者だと知って、そこからこの人の作品も読むようになり、すごく影響を受けました。

――影響というのは。

阿部:登場人物がとにかく可愛いいんです。人が魅力的ってこういうことなんだな、というのがダイアナ・ウィン・ジョーンズの物語を読んで持った感想です。ああ、私もこういう可愛い人たちの話、愛しいと思わせるものを書きたい、と、だんだん自分の話を書く気力が戻ってきました。

――気力が戻ってきてよかった!

阿部:これもまた運がよかったんですけれど、何年もノベライズしか書けていない状態が続いて、その間ずっと本を読んでいるうちに、「オレンジ文庫が創刊されるので阿部さんも何か書きませんか」と言ってもらったんです。私は安請け合いとはったりと見切り発車で出来ているので、「はい、やります」って(笑)。「いい話で、ミステリー要素のあるものを書いてください」と言われ、「やりますできますおまかせください」と引き受け、『鎌倉香房メモリーズ』というシリーズを書きはじめたんですけれど、それまで私が読んだミステリーといえば、伊坂幸太郎さんくらいで、ぜんぜんどう書いたらいいのか分かっていなかったんです。

――ではそこからミステリーの勉強をしたりとか?

阿部:編集者に勧められた『ビブリア古書堂の事件手帖』シリーズを読んで「すごく面白い!求められているのはこういうものなんだな」と思いました。それでなんとか書いていたんですけれど、いやなんかもう、圧倒的にミステリーを書くための力がないなというのを痛感していました。

――『鎌倉香房メモリーズ』は、鎌倉で祖母が営む香り専門店を手伝う高校生の香乃が主人公。彼女は人の心の動きを香りとして感じ取る能力がありますよね。彼女が店を手伝う大学生の雪弥とともに、さまざまな事件に遭遇していくシリーズですが、そもそもなぜ鎌倉で、なぜお香をモチーフとされたのですか。

阿部:お香は、嗅覚というか、五感に対しての興味があったので選びました。それでお香をテーマにするなら京都か鎌倉がいいんじゃないかと編集者さんと話し合ったんですけど、京都を舞台にすると、私は京言葉になじみがないので、登場人物たちの言葉遣いが難しいだろうと思って。それで鎌倉を舞台にしました。

――「ビブリア古書堂」シリーズ以外に、参考のために読んだミステリーは。

阿部:私、本当に要領が悪いので、ミステリーを書かなきゃと思って最初に読んだのが、シャーロック・ホームズだったんですよね...。のちに、あれは正確に言うと本格ミステリーではないと教わって、「何と?」と思うことになるんですけれど。
 どんな作品を読んだらいいか分からないまま、さまよってあれを読んだりこれを読んだりしていました。その時に、北村薫さんの『空飛ぶ馬』のシリーズに出合って、そうだ、こういうのが書きたいんだ、と感動しました。同じ頃、書店の店頭で梓崎優さんの『叫びと祈り』を見つけて読んで、それもまた、こういうのが書きたいなと思ったりしました。
「鎌倉香房」シリーズは、自分ではミステリーを書いたつもりだったんですけれど、第1巻が出た後に読者の方々の感想を見ると「ミステリーではないが面白かった」「ミステリーではないけれどよかった」って、ほとんど「ミステリーではないけれど」という言葉が並んでいたんです。
 どうすればミステリーなのか、本当に分からなかったです。自分がミステリーとして面白く読んだ小説の感想を見に行ったら「これはミステリーではない」と書かれてあったりもしましたし。

――うーん。ミステリーの定義って、人によって多少違ったりしますよね。そして、悩みながらシリーズを書き続けていたわけですね。

阿部:はい。ある時、ツイッターでK島氏という人の、「鎌倉香房シリーズなかなか面白い」みたいなツイートを見て、「いい人だ!」と思ったんです。それでK島氏のツイートを見ていたら、「個人的なミステリー講座めいたものをしてきました」ということが書かれてあったんですよ。思わず食いついて、「私も受けたいです!」ってリプライしたんです。

――K島氏とは面識はあったのですか。

阿部:ないです。私はシャイなので、もうどれだけ必死だったかということですよね。最初は本気にとられず軽くあしらわれた感があって、それでも必死でリプライやDMを送っていたら、「本気なんですか」と訊かれ「本気です!」って。DMで「ミステリーの必要十分条件とはなんでしょう」と質問をしたら、「そんなものはないです」って返事がきたりして。

――あのう、その頃、K島氏が伊坂幸太郎さんや梓崎優さんの担当編集者だということはご存知だったのですか。

阿部:ぜんぜん知らないです。ぜんぜん知らないまま、引き受けていただいて、岩手から東京に行って、レトロな喫茶店でもうお一方とともに、K島さんにミステリーのことをいろいろ教えていただいたんです。そうしたらK島氏が「これまでに僕が担当したのはシザキユウさんとか...」と言うので「梓崎優さんと同姓同名かな」と思ったんですが、「伊坂幸太郎さんとか...」と言うので、「えっ」となって。その時にいたもう一人の方の反応と受け答えを見ていても「K島さんってすごい人なんだな」と分かりました。しかも当時の私、フーダニット、ハウダニット、ホワイダニットと言われても分からずに、きょとんと「パードン?」みたいな感じで...。

――K島氏の個別講座が受けられたなんてめちゃくちゃうらやましいのですが、どういう講座だったのですか。

阿部:ミステリーの歴史をまじえながら、なぜミステリーは「この条件を満たせばミステリーです」と一概には言えないのか、といったこととか。ここに謎があって、ここでこういう展開があって、こうするとミステリーの外形ができるっていう構造を、手帳の1ページを使って書いてくれたりもしました。それは今でもとってあって、眺めながら書いています。でも教えてもらった通りには書けていないんです。やっぱりミステリーは難しい。

――でもその後無事、鎌倉香房シリーズ全5巻、好評のうちに書き上げることができましたよね。

阿部:売れなかった頃のトラウマがすごいので、重版したと言われても喜ぶ前に「私にそんなことが起こりうるのか」と怖く思っていました。それで、毎回、いつどこで打ち切りになってもいいようにと思いながら書いていました。

――全5巻と決まっていたのですか。

阿部:いえ、はじめは4巻で終わりの予定だったんです。なので4冊目を最終巻のつもりで書いて原稿を渡したら編集部の方たちが「本当に終わるんですか?」っておっしゃってくれたんですよ。それで、「書かせてもらえるならもう1冊書きたいです」と言いました。それで、5冊目は好きなように、のびのびと書くことができました。

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