第249回:櫻木みわさん

作家の読書道 第249回:櫻木みわさん

2018年に作品集『うつくしい繭』でデビューし、第2作『コークスが燃えている』、第3作『カサンドラのティータイム』で話題を集める櫻木みわさん。大学卒業後はタイに移住、その後東ティモールに滞在など海外経験を重ね、その間も作家を志していた櫻木さんの読書遍歴は? 帰国して作家デビューに至るまでのお話なども。リモートでたっぷりうかがいました。

その4「好きな小説は書き写す」 (4/7)

  • 深夜特急1 ー 香港・マカオ〈文字拡大増補新版〉 (新潮文庫)
  • 『深夜特急1 ー 香港・マカオ〈文字拡大増補新版〉 (新潮文庫)』
    沢木 耕太郎
    新潮社
    605円(税込)
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  • カラマーゾフの兄弟〈上〉 (新潮文庫)
  • 『カラマーゾフの兄弟〈上〉 (新潮文庫)』
    ドストエフスキー,卓也, 原
    新潮社
    979円(税込)
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  • 冥土・旅順入城式 (岩波文庫)
  • 『冥土・旅順入城式 (岩波文庫)』
    内田 百けん
    岩波書店
    935円(税込)
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――中高一貫校だったのでしょうか。

櫻木:私は塾で一緒に勉強していた子たちと、自分も高校受験をしたかったんです。でも当時の九州では、寮がある偏差値の高い学校は全部男子校だったんです。いまは女子を受け入れるようになって、共学になった学校も多いですが、当時は男子だけだった。公立の高校は共学でしたが、福岡市や北九州市などの都市部にはいい学校があるけれど、私の実家の地域からはそれらの学校は受験できない。それで、高校受験をしたいというのを中学の先生に猛反対されて、そのまま内部進学したんです。
 私が育ったのは貧しい炭鉱町だったから、自分が教育を受けられているのは幸運なことで、感謝しないといけないとずっと思っていました。それでも地域格差と、性差の制限を感じた出来事でした。
 友達と学校の先生に恵まれたことと、ひたすら本を読んだことが高校のよかったところです。本は、村上春樹さん、吉本ばななさん、江國香織さんなどをたくさん読みました。その後に繋がるものとしては、沢木耕太郎さんの『深夜特急』です。あれを読んで、大学生になったらインドに行こうって決めました。

――そこまで決意させたのはどうしてだったのでしょう。

櫻木:やっぱり沢木さんの文章の生き生きした感じに惹かれたのかなと思います。今ぱっと思い出したのは香港のホテルのベッドの下に特大のゴキブリがいたっていう描写なんですけれど(笑)。でも、あれを読んで、自分もインドにも行ってみたいと思いました。

――大学で東京にいらしたわけですよね。学部や専攻はどのように選んだのですか。

行きあたりばったりでした。途中で学部を変わったり、京都に国内留学をしたり、そこでも遠方の女子大に聴講に行ったりして、あれこれ勉強しようとしていました。今の自分からすると、ひとつの専門なり、ひとつの語学なりをしっかり勉強したほうがよかったと思います。

――学生時代の読書生活は。

櫻木:大江健三郎さんが大好きになりました。大学時代に出合って大好きになったのは大江さんとドストエフスキーでした。山田詠美さんを好きになった中学生の頃からやっていたんですけれど、私は好きな詩や小説の文章をノートに書き写すんです。大江さんの小説で書き写したのは『芽むしり仔撃ち』です。その頃好きだった短篇だと「人間の羊」とか「他人の足」とか。長篇は『万延元年のフットボール』も好きです。ドストエフスキーは『カラマーゾフの兄弟』の気に入った箇所をいっぱい写しました。

――どういうところに惹かれたのでしょう。

櫻木:文章の素晴らしさも大きかったし、あとは、今訊かれて思ったんですけれど、二人とも人間の汚なさや卑俗さも書いてるんだけど、ユーモアがあって、人の中に善性や崇高さがあるということを信じている感じがするからかもしれません。その頃に読んだ本では、原民喜の『夏の花』も特別に思います。また、金井美恵子さんの「愛の生活」や古井由吉さんの「妻隠」、内田百閒『冥土』なども、文章に惹かれて読み返していました。

――ところでさきほどミラン・クンデラが好きだとおっしゃっていましたが、読んだのはいつくらいですか。

櫻木:ああ、学生時代です。『存在の耐えられない軽さ』をとても好きで、テレザが感じている、心を裏切る身体というものに対する苦しみも、もうひとりの女性の登場人物であるサビナの、自由を求めてひとりで放浪する感覚も、どちらもが自分自身のものとして感じられました。子どものころ『小さい魔女』を持ち歩いていた時のように持ち歩き、繰り返し読みました。他に好きだったのが...今タイトルが思い出せないんですけれど。

――『冗談』が有名ですけれど、『不滅』とかもいいですよね。

櫻木:ああ、『不滅』って、スイミングスクールに行くところから始まる話ですよね。

――すごい記憶力。

櫻木:(笑)。『不滅』、好きでした。あとさっきお話しした、9歳についての記述が載っていたのはクンデラの『出会い』でした。大江さんもクンデラのことが大好きなんですよね。人間としても大好きみたいなことをおっしゃっていますよね。

――それと、櫻木さんは学生時代に短歌を始められてますよね。

櫻木。:はい。大学の短歌の授業で作り始めました。その授業で短歌会の人たちと出会って、声をかけてもらい、学生短歌会に入りました。国内留学した時も京都の学生短歌に入れてもらいました。歌集を買って読み始めたのはその頃です。当時の学生短歌会の方たちは今すごく活躍されているんですが、例えば永田紅さんはその頃から歌集を出されていたので、私も『日輪』などを買って大切に読んでいました。永田紅さんは、永田和宏さんと河野裕子さんという、現代短歌界を代表する歌人のお嬢さんで、当時は大学院で研究をしていたと思いますが、時おり歌会にも来ておられました。
 小説以外だと、上野千鶴子さんや河合隼雄さんを読むようになりました。上野千鶴子さんの『性愛論 対話篇』や『女ぎらい ニッポンのミソジニー』、それから精神科医の大平健さんの『豊かさの精神病理』や『顔をなくした女』などをすごく興味を持って読みました。

――国内留学って面白い制度ですね。募集があったのでしょうか。

櫻木:募集があって、申し込んで、面接を受けて、という流れです。留学中もちゃんと単位をくれるんです。当時、校内に「京都で燃えろ」みたいな募集のポスターが貼ってあって、「京都に1年住めるんだ」と思って。それで応募しました。

  • 存在の耐えられない軽さ (集英社文庫)
  • 『存在の耐えられない軽さ (集英社文庫)』
    ミラン・クンデラ,千野 栄一
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  • 冗談 (岩波文庫)
  • 『冗談 (岩波文庫)』
    ミラン・クンデラ,西永 良成
    岩波書店
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  • 不滅 (集英社文庫)
  • 『不滅 (集英社文庫)』
    ミラン・クンデラ,菅野 昭正
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  • 出会い
  • 『出会い』
    ミラン クンデラ,西永 良成
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