第249回:櫻木みわさん

作家の読書道 第249回:櫻木みわさん

2018年に作品集『うつくしい繭』でデビューし、第2作『コークスが燃えている』、第3作『カサンドラのティータイム』で話題を集める櫻木みわさん。大学卒業後はタイに移住、その後東ティモールに滞在など海外経験を重ね、その間も作家を志していた櫻木さんの読書遍歴は? 帰国して作家デビューに至るまでのお話なども。リモートでたっぷりうかがいました。

その6「SF創作講座に通う」 (6/7)

  • クォンタム・ファミリーズ (河出文庫)
  • 『クォンタム・ファミリーズ (河出文庫)』
    東 浩紀
    河出書房新社
    836円(税込)
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  • ゲームの王国 上 (ハヤカワ文庫JA)
  • 『ゲームの王国 上 (ハヤカワ文庫JA)』
    小川 哲
    早川書房
    924円(税込)
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――帰国してからは、お仕事とかは。

櫻木:彼がまたいつどこに赴任するか分からない状況でしたし、フランス語を勉強しなければいけないので、仕事もできなくて。
 言語って、筋肉と同じでずっと使わないでいると衰えるんですよね。東ティモールでずっと日本語を使わずにいたら、自分の日本語が衰えていたんです。それに、せっかく日本に帰ってきたんだから日本語で文学とか小説の話をしたいと思うようになりました。その頃ちょうど東浩紀さんの『クォンタム・ファミリーズ』が三島由紀夫賞を受賞して、読んだらすごく面白かったんです。東さんは当時早稲田の大学院で教えていらしたので、社会人入学して東さんに習いたいなと思って説明会に行ったら、「ちなみに東さんは今年で辞めます」と言われてガーンとなって(笑)。そうしたら、東さんがゲンロンカフェを開いたんですよね。それでゲンロンカフェに通うようになり、ゲンロン大森望SF創作講座に第1期生として入りました。もちろん小説を書きたかったし、まずは日本語でいろんな本の話を思う存分したい、という気持ちがありました。

――つまり、SFを書こう、というわけではなく。

櫻木:そうなんですよね。東さんに「SFを知らなくても入れますか」と訊いたら「SFを50冊読めば書けるようになるよ」と言われ、それじゃあ、と思って入りました。でも入って半年はいろんな人に「あなたの書くものはSFじゃない」って言われ続けました。

――50冊読んだのですか。

櫻木:あの、私、あちこちで「東さんは50冊読んだら書けるようになると言ってたけれどそんな簡単じゃなかった」と言っちゃったんですけれど、考えてみたら50冊は読んでないかも、ということに最近気がついたんです。東さんが正しいのかもしれません(笑)。でも本当に、SF講座にはすごく感謝しているんです。まず、素晴らしいSF作品に出合えたこと。それと講座説明会の時に東さんがおっしゃっていたんですが、SFファンダムは特殊で、書き手のことをすごく大事にして、ずっとその人のことを追ってくれたり、待ってくれたりするって。そのSFファンダムの人たちに知ってもらえたことはすごくありがたかったなと思っています。

――素晴らしいなと思ったSF作品は。

櫻木:飛浩隆さんの『自生の夢』は、本当に美しい文章とSFというものの組み合わせが素晴らしくて。小川哲さんの『ゲームの王国』も講座がきっかけで読みましたが、カンボジアについて、外からじゃなくて中から書く小川さんはすごいなと圧倒されました。この2作は日本SF大賞の受賞作でもあるのですが、その翌年の受賞作である山尾悠子さんの『飛ぶ孔雀』も文章とイメージの力にうっとりしました。小川さんは、『嘘と正典』の表題作も好きです。歴史改変SFとしても見事なのですが、市井の個人の高潔さが書かれているところが。

――講座はどのような内容で、どんな課題が出るのですか。

櫻木:毎月いろんな作家と編集者の方が講師として来てくださって、作家の方が出したテーマであらすじを提出するんです。そこから作家と編集者と大森さんが「このあらすじの小説を読んでみたい」と選んだ3つだけが実際に小説を書いて審査してもらえるというシステムです。
 私があらすじを選んでもらったのは2回だけで、それぞれ宮内悠介さんと円城塔さんが講師だった時でした。お二人ともSFも純文学も書かれている作家ですよね。いろんな方が来てくださったから選んでいただけたと思うんです。SFって懐が深いなと思うと同時に、小説は読む人によってまったく評価が違うんだなとも思いました。それが小説の魅力なんですよね。

――その後、第1回ゲンロンSF新人賞最終候補作となった「わたしのクリスタル」を「夏光結晶」に改題、同作を含めた短篇集『うつくしい繭』が2018年に刊行されてデビューされますね。

櫻木:私は第1期生だったんですけれど、私の同期には、小川哲さんが天才だと言っている高木ケイくんという人がいて、その時に受賞したのはその高木くんなんです。高木くんは寡作だし自分でアピールしないんですけれど、本当に素晴らしい書き手なんです。高木くんの作品は『Sci-Fire』という講座生有志の同人誌や、大森望さん編集の『ベストSF 2022』などに入っています。第2席はすでに新潮新人賞も獲られていて、いま現在は「破滅派」という出版社も立ち上げておられる高橋文樹さん。私は3番目で何の賞にも入っていませんでした。ただ、編集者投票というのがあって、そこで1位だったんですね。その時いらしたのが講談社の編集者の方だったんですが、その方は私が「うつくしい繭」の実作を出して選ばれた時にもいらしていたんです。「うつくしい繭」の時は、父が余命宣告を受けて福岡に帰ったりして、ちゃんと最後まで書き切れていないものを出してしまったんです。ずっと「あなたの書くものはSFじゃない」と言われ続け、はじめて選んでもらえたのに。それは後悔していたんですけれど、その編集者の方も気にしてくださっていて、「最後まで書いたものを読みたいから一回書いてみてくれませんか」と声をかけてくださったんです。それで最後まで書いて見ていただいたら、「これ本にしたいと思います」と言ってくださいました。
 父はその間に亡くなってしまったんです。父も文学が好きで、若い頃は自分も小説を書きたいと思っていた人だから、私のことは応援してくれていたし、もし本の刊行を知ったらいちばん喜んでくれたと思います。

――作品集『うつくしい繭』は東ティモールやラオス、南インド、九州・南西諸島など各地を舞台にされていますよね。そこにSF要素が入ってくる。いろんな国を書くという意図が最初からあったのですか。

櫻木:まったくなくて。やっぱり自分のことってよく分からないものだなと思うんですが、最初、SFを書いてもずっと落とされていた時に、他の受講生の子たちが「せっかく海外に住んでいたんだから、そういうところから書いてみたら」って言ってくれたんです。それで書くようになりました。
 自分は、みんなそんなに海外のことに興味ないでしょ、と思っていたんですよね。東さんにも、私が「フランス人のパートナーがまた海外赴任するんだけれど、一緒に行くかSF創作講座を受け続けるか迷っている」と相談したら、「これからデビューして仕事をしていきたいんだったら東京にいたほうがいいでしょ」と言われましたし。そうだよねと思って「じゃあ離婚します」っていって離婚したんですよね私。

――え。元夫の方についていくより、創作を続けたい気持ちのほうが強かったのでしょうか。

櫻木:今だったら両方できるかもしれないんですけれど、その時は一人でやってみたい気持ちがあったんだと思います。彼は素晴らしい人で、いろんな経験をさせてもらいました。周囲からは「本当に素敵な方ですね」と言われていました。なので、離婚すると言ったら親にも友達にも「どうして」ってすごく言われました。母には「優しさって人間にとっていちばん大事なことよ」と言われました。「彼にはそれがある」と。でも、その時はよく分かっていなかった。自分が幼かったんだと思います。
 その後、一人で日本で生きるって大変すぎると学んでいきました。みんなが言っていたように彼が稀有な人だったんだということも分かりました。自分に分かっていないことがたくさんありました。最初から分かっている人も多いと思うのですが、私はそうやって実際にぶつからないと分からないから、一人になってようやく得心したんです。そしてそれを知ることは私に必要なことだったんだなって思います。

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