
作家の読書道 第251回: 永井紗耶子さん
『商う狼 江戸商人 杉本茂十郎』で新田次郎文学賞などを受賞、2022年は『女人入眼』が直木賞の候補作になるなど、時代・歴史小説で活躍する永井紗耶子さん。聞けば小学校低学年の頃にはもう歴史にハマっていたのだとか。研究熱心な永井さんは、どんな本を読んできたのか。こちらの知識欲を刺激しまくるお話、リモートでおうかがいしました。
その1「歴史好きの始まり」 (1/8)
――いちばん古い読書の記憶を教えてください。
永井:私は一人っ子でしたが、家の本棚に絵本がいっぱい入っていて、そこから選んで親に渡して読んでもらっていました。両親そろって本好きな子にしようと思っていたようで、おもちゃ屋さんよりも本屋さんによく連れていかれていました。本に関しては「欲しい」といえば結構買ってもらっていました。
――どんな本を選んだか憶えていますか。
永井:ビジュアルに弱い子供だったので、綺麗なものが好きだったと思います。『おどる12人のおひめさま』という、絵が特徴的な絵本があったことは憶えています。それと『眠れる森の美女』などディズニー系の絵本はそろっていました。
インパクトがあったのは『みにくいおひめさま』。不自由なく贅沢に暮らしているけれど、美しさだけが足りないというお姫さまの話で、それがすごく自分の中にひっかかっていました。心の美しさが大事、という話だったと思います。
それと、通っていた幼稚園がミッション系だったので、聖書系の絵本もたくさん読みました。幼稚園に図書室があって、寄贈された本がいろいろあったんです。幼稚園の頃はそんな感じでした。ほっとくと本を読んでいる子供でした。
――自分でお話を作ったりはしましたか。
永井:たぶん、最初の物語を書いたのが小学1年生の時なんですよ。犬が好きすぎて、自分の家のコリー犬が主人公の話を書きました。それを小学生の作文コンクールに応募したら、優秀作を集めた本に載ったんです。そうなると親戚とかに「将来は作家だね」とか言われるもんだから、たぶんそれでその気になって今まできちゃったと思うんです(笑)。
――犬が好きだったんですね。
永井:はい。なので犬の本もたくさん読んでいました。犬が戦争に連れていかれる話を読んでは号泣して読書感想文を書いたりしていました。『狼王ロボ』にも号泣しましたね。
当時、父の会社が八重洲ブックセンターのそばにあって、土曜日にはそこに連れていかれ、好きな本を選んでいいよと言われて。そうすると犬の絵のものに惹かれてしまうんですよね。『狼王ロボ』もそれでドハマりし、犬の図鑑とかにも夢中になり、犬種について非常に詳しくなったという。
――漫画も読みましたか。
永井:ちょうど朝日小学生新聞で『落第忍者乱太郎』の連載が始まって、すごく好きで読んでいました。アニメ「忍たま乱太郎」の原作です。漫画は「ジャンプ系」も読んでいました。
学習漫画も好きでした。日本の歴史や百人一首の漫画を読むのが面白くてしょうがなくて、それでなぜか一時期、卑弥呼にハマったんですよね。卑弥呼に関する漫画ばかり3、4冊読んでいました。卑弥呼は史実が分からないので、たぶん、ファンタジーを読むような気持ちだったと思います。
そのあたりから私の歴史好きが始まっていると思います。小学校3、4年生の頃から講談社の火の鳥伝記文庫という、子供向けの偉人伝の文庫を読み始め、歴史網羅シーズンが始まりました。戦国オタクがスタートして三傑を読み、紫式部と清少納言を読んで平安時代にもハマり出し...。
それと、ポプラ社の古典文学全集ですね(と、モニター越しに本を見せる)。最初は、表紙の火焔太鼓の絵に惹かれました。
――今見せてくださっているのは『義経記』ですね。
永井:他に『平家物語』とか『源氏物語』とか『竹取・落窪物語』とか『今昔物語』とかもあって、もう全部欲しくなっちゃって。このシリーズを読んで、平家にハマりました。
――大河ドラマなども御覧になっていたのですか。
永井:最初に見たのはたぶん『独眼竜正宗』です。それから新田次郎さん原作の『武田信玄』があって、『春日局』があって。ものすごく好きでした。その頃は年末になると12時間くらいぶっ通しで時代劇が放送されていたんですよね。静岡に住んでいる母方の祖父が戦国好きで、年末に祖父の家に行くと母たちは忙しいので、おじいちゃんと孫はテレビの前に座ってて、みたいに言われて一緒に時代劇を見ていました。「おじいちゃんは三傑だと誰が好き?」「秀吉が好き」「なんで?」と、ずっと質問攻めにしていました。静岡だと史跡もあるのでいろいろ話してくれました。
同級生でも1人2人は戦国好きな子がいるので、そういう子とずっと「古い国の名前」ゲームみたいなことをしていました。
という感じなので、時々インタビューで、「なぜ時代小説を好きになったんですか」と訊かれても、ハマった年齢が早すぎて、ぜんぜんわからないんですよ。歴史もの全体にファンタジー感があったのかもしれません。今とはぜんぜん装束も暮らしも違うということに憧れたのか、なんかワクワクしちゃったんですよね。
――古典や時代もの以外の児童文学などは読みましたか。
永井:児童向けに書かれたシャーロック・ホームズや『ああ無情』などは読んだのを憶えています。『ああ無情』は当時、東宝さんがミュージカル「レ・ミゼラブル」の上演をはじめたタイミングで、それを観に行ってなおさらハマりました。他には、『ドリトル先生』のシリーズや『エルマーのぼうけん』なんかも読んでいました。
それと、星座にハマったんですよね。といっても眺めるが好きだったのではなく、星座のストーリーに興味がいったんです。それで、ギリシア神話がわかりやすく書かれた本を読んでいました。
――アニメとか、映画などは。
永井:高学年の頃に『機動警察パトレイバー』が始まって、漫画もアニメも観ていました。『らんま1/2』とかも。
映画はちょうど、角川映画が全盛期で、薬師丸ひろ子さんが出ていた「里見八犬伝」とか。
「天と地と」が公開されたのは中学生に入ってからだったかな。あれは戦国好きにはたまらない豪華な映画で、川中島の合戦の陣形が赤と黒にわかれるのが壮観で。観て自分の中ですごく盛り上がっていて、海音寺潮五郎さんの原作も買って読みました。
時代もの以外の映画も観ていましたよ。「E.T.」とかも観たし、「天空の城ラピュタ」も公開された時に観ましたし。祖父母の家に行くと結構一人でほっとかれるんですが、近所の小さな田舎の映画館で古い映画をいくつも上映しているので、てくてく歩いていって「オズの魔法使い」などを観ていました。その時に観た「ヤング・シャーロック/ピラミッドの謎」が私にとってディープインパクトで、ホームズを読み返し、ホームズの推理の穴埋めをしていく推理ゲームみたいな本も読みました。そこからルパンのシリーズも読みました。
――国語の授業は好きでしたか。
永井:嫌いじゃなかったと思います。結局、書くことは好きだったので、読書感想文もワクワクしながら書いて市や区のコンクールで賞状をもらったりしていました。
ただ、中学受験のための勉強もしていたんですけれど、出題に使われるのは説明文のほうが回答しやすいな、と思っていました。出題された物語が面白いとつい没頭して「もっとゆっくり読みたい」と思うし、抜粋だけだと続きが読みたくなるし。
――振り返ってみて、ご自身ではどんな子供だったと思いますか。
永井:面倒くさい子だったと思うし、口が達者だったんだろうなとは思います。よく喋ってた。どちらかというと、斜に構えて大人ぶりたい子だったんだろうなとは思うんです。
――教室ではリーダーっぽい感じだったり?
永井:そういうほうだったと思います。先生に「とりあえず永井さんいてくれたらまとまるから大丈夫」みたいなことを言われた記憶があるので。
小学校高学年くらいの時に、親戚が何人か立て続けにがんになったりして、親もその看病で忙しかったんです。私も受験があって、一人で行動しなくちゃいけないことが多くて、「しっかりしなきゃ」という気持ちがありました。それが結果として、大人ぶりたい気持ちになっていたのかな、とは思います。
――プロフィールには「神奈川県出身」とありますが、どのあたりでしょう。
永井:海の見えない横浜市で、比較的普通の住宅街ですね。一時期その学区が荒れていて、それもあって親が中学受験をさせようと思ったみたいです。