第251回: 永井紗耶子さん

作家の読書道 第251回: 永井紗耶子さん

『商う狼 江戸商人 杉本茂十郎』で新田次郎文学賞などを受賞、2022年は『女人入眼』が直木賞の候補作になるなど、時代・歴史小説で活躍する永井紗耶子さん。聞けば小学校低学年の頃にはもう歴史にハマっていたのだとか。研究熱心な永井さんは、どんな本を読んできたのか。こちらの知識欲を刺激しまくるお話、リモートでおうかがいしました。

その8「自作について」 (8/8)

  • 福を届けよ: 日本橋紙問屋商い心得 (小学館文庫)
  • 『福を届けよ: 日本橋紙問屋商い心得 (小学館文庫)』
    永井 紗耶子
    小学館
    781円(税込)
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――小説のほうは、幅広い時代、題材を選んでいますよね。

永井:その時気になったものを選んではいるんです。たとえば『横濱王』で原三渓を書いたのは、「GQ」の取材がきっかけです。取材でお会いした方が、益田鈍翁という、三井の大番頭だった明治時代の茶人が好きだと言っていて、気になって調べている時に、益田鈍翁を含めた三大数寄者のうちのひとり、原三渓は三渓園を作った人なんだと思って。同じ頃に茶道に関する本も読んでいたので興味を持ちました。
 それで、小学館の方かから「横浜の人を書いてみませんか」と言われた時に、真っ先に浮かんだのが原三渓でした。
『商う狼 江戸商人 杉本茂十郎』に関しては、遠山金四郎を調べていた時に「杉本茂十郎の失脚」という一文を見かけて、商人なのに失脚ってどういうことだろう、とずっと気になっていて。それとは別に、「GQ」で100年以上続いている老舗を取材するなかで、江戸商人の話がすごく面白かったのでいつか書いてみたいと思っていました。私の2作目の『旅立ち寿ぎ申し候』(文庫版は『福を届けよ 日本橋紙問屋商い心得』に改題)も幕末商人の話なんですけれど、商人の歴史自体にすごく興味がありました。それで新潮社さんからお話をいただいた時に、杉本茂十郎を書きたいという話をして、「やりましょう」ということになりました。でも商人は裕福なので、町人の人情味ある物語にするのはちょっと違うし、武士道の話とも違う。石門心学という学問を学びつつ、商人の描かれた方を考えていきました。歌舞伎や読本、落語に当たったり、落語家さんに話を訊きにいったりもしました。その時に商人の所作に教えていただいんですが、商人は肩ひじ張らず、むしろ肩を落として、どちらかというと当時の女の人のような振る舞いで、腰は低いけれども堂々としている、という感じで、「なるほど」と思いました。

――そして直木賞の候補にもなった『女人入眼』は、過去の資料を使ったという。

永井:もともと遠山金四郎の話でデビューできなかったらこれを書こうと思っていたんです。その時点でもう誰を視点人物にするかももう決まっていたんですよね。大江広元の娘を視点人物にすれば、大江の政治の手腕もわかるし、京都の入内にまつわる色々も見えてくるだろう、と。そこまで決めていたので、あまり悩まずにスタートが切れました。

――新作の『木挽町のあだ討ち』はどこに出発点があったのですか。木挽町の芝居小屋のそばで、若者が父親を殺めた男を斬ってあだ討ちを成し遂げたことが評判になる。2年後に木挽町にある人物がやってきて、あだ討ちを目撃した芝居小屋の裏方たちに話を聞いて回る。木戸芸者や殺陣の指南者、衣装係など各章で語り手が交替し、やがて意外な事実が見えてくる、という内容です。

永井:そもそもあだ討ちってなんだろう、とは思っていて。大学を卒業したばかりの頃、野田秀樹さんが中村勘三郎さんとやった「研辰の討たれ」というお芝居を観に行ったんですね。それもいわゆる仇討ちものだったんですけれど、野田さんも「あだ討ちとはなんぞや」と思って書かれた印象があって。
 たとえば曽我兄弟のあだ討ちを題材にした話ってたくさんあるし、あちこち行くたびに、「ここもそうなのか」と思うくらい、曽我兄弟関連の史跡がある。でも、私の中では、あだ討ちに対してひっかかりがありました。それで、どういうあだ討ちの物語なら自分の中で腑に落ちるのか考えていました。
 デビューしてちょっと経った頃に、「日経エンタテインメント!」で市川染五郎さん、今の松本幸四郎さんの、歌舞伎についての初心者講座の連載を担当させていただくことになったんです。歌舞伎の演目について松羽目物だったらこう、世話物だったらこう、といった解釈をうかがって。その最後にこんぴら歌舞伎に行ったんですね。江戸時代と同じ採寸で作られたものが残っている芝居小屋で、芝居終わりに追加インタビューがあったので楽屋裏を訪ねて、みなさんお忙しく動き回っているのを見つつお話をうかがったんですが、その時に奈落を見せていただいたんです。実際に人力で動く奈落で、これは面白いなと思っていました。
 新潮社の方が、私が江戸ものを書く時にちょいちょい歌舞伎のシーンを入れるので、「お好きなら歌舞伎の話を書きますか」と言ってくださって、「だったらやってみたいことがあるんです」と話し、自分があだ討ちに対して引っかかっていたものを、歌舞伎の裏方の人たちと絡めて書こうと思いました。そうすれば、健康誌で教えていただいた殺陣師の身体の動きのことなども入れ込めるし(笑)。それと、私は歴史ものの一人称小説がすごく好きなんですね。〈申し上げます。申し上げます。旦那さま。〉ではじまる『駈込み訴え』もそうだし、田辺聖子さんの『むかし・あけぼの』もそうだし。ああいう感じで書いていけたら楽しいだろうな、と思いました。

――一人一人の口調が全部違うのがすごく面白かったです。それに目撃者それぞれの人生模様も語られますが、それぞれがこれまでにどんな思いや決意、気づきがあったのかがわかって、もうどの章にも心動かされました。

永井:ありがとうございます。下北の小劇場の芝居みたいな感じで、一人ずつスポットライトが当たって人生を語る、みたいなことを考えていました。
 それぞれの人生については、勝手に喋ってもらったというか。自分の経験でいうと、インタビューって、こちらが予想した通りに喋ってもらってもつまらないんですよね。自分にとって面白いインタビューって、予想外の話が出てくる時かなと思っていて、だからこの小説でも、大まかな設定だけ決め、「はい、喋って」とテレコを回し始める感覚で書いていきました。時代ものや芝居に関しては自分の中にダウンロードされているデータベースがあるので、そのどこに関わってきた人なのかは勝手に決めてもらう感じでした。自分でも「あなたそんな人生だったの」と思うようだったらこの作品は成功だな、と。そうしたら「ああそうか、幇間だったのか」とか「え、浅間山?」などとなり、自分の予想の範囲を越えると、そこでまた調べ直したりして。小道具の久蔵さんにも喋ってもらう予定だったんですけれど、全然喋らないので奥さんに話してもらう、ということもありました。

――目撃者の一人、戯作者の篠田金治さんは実在の人物ですよね。言及される演目も実際にあるものですし。

永井:篠田金治だけは一応、実在ですね。詳細があまりわかっていない人なので私の創作も入っていますが、年齢や、並木五瓶の弟子で上方で修業をしていたというプロフィールは彼をモデルにしています。他にも役者さんに関しては実在の人を入れていますね。衣裳部屋のほたるさんなんかは完全に架空の人物ですけれど。
 その当時になにが演じられたのかなどは、早稲田の演劇博物館のデータベースが素晴らしくて、何月何日に何がやっていたかもぱっと出てくるので、それを使わせてもらいました。それに関する浮世絵も出てくるので、衣装までわかるんです。
 国会図書館のデータベースも最近は素晴らしくてですね、あれが中学生の頃にあったら、私はもうパソコンの前から離れずオタク道をさらに極めていた可能性があります(笑)。

――一人一人の物語も面白かったんですが、それだけで終わらず、あだ討ちの背景はもちろん、聞き手は誰なのかという謎があって。謎解き的な要素については、いろんなミステリを読まれてきたと知って納得しました。

永井:そうですね、ミステリに関しては小説や映画、ドラマも大好きでしたし。あとは事件もののノンフィクションも読んでいましたね。それと、ブラカドイでミステリ系の方々とお会いすることもあって...。

――ブラカドイって、門井慶喜さんの案内で近代建築を巡る集まりのことですよね。

永井:そうです。コロナ禍になってここ2年ほどできていないんですけれど、近代建築を見ながら門井さんの説明を聞いて「おおーっ」とか言って、楽しいんです。ミステリを書く方たちとご一緒すると、みなさんが突然、「あそこだったら死体をどう隠すか」とか喋り出すんですよ。「あそこが入口で、ここは人目につくけれど、この時間だったら監視カメラがきっとこうで」みたいな推理妄想をワクワクしながら聞いています。お店に入った時も、「さっきの店員さんは今どんな心境であるか」みたいなキャラクター設定が始まったりするので、いつも聞きながら勉強させてもらっています。

――最近は読書というと、資料読みが多いのでしょうか。

永井:やっぱり資料が多いですね。小説は、同じ時代ものを書いている方だと影響を受けてしまうので、ジャンルが違う作品を読むことが多いかもしれません。私は上橋菜穂子さんがすごく好きで、『精霊の守り人』シリーズをずっと読んでいたりします。それと、森見登美彦さんも好きですし。でもやっぱりいちばん読んでいるのは資料ですね。

――一日のルーティンは。

永井:一応、10時始業、18時終業みたいな気持ちではいますけれど、ずれこんで夜も仕事していたり、朝だらだらしたりすることもあります。だいたい、夜はちゃんと寝ようと思っています。

――先ほど、永井さんの後ろをめっちゃ大きな犬が通っていってびっくりしたのですが、毎日あの子の散歩もされているのですか。

永井:はい、グレートピレニーズです。あの大きな子を連れて朝1時間、昼1時間、散歩しています。ちょうどいいタイミングで、「はよ散歩いかんかい」って感じで寄ってきて、パソコン打ってる腕を鼻でブンと持ち上げるので、「はいはいわかった」って。
 散歩中にあの子に駄々をこねられると、抱っこして連れて帰ることができないので路上で懸命に説得してます。「そっちまで行くと疲れちゃうでしょ?」「駄目だって言ったよね?」「また今度ね」とか言い続けると、すっごく不貞腐れた顔をしながらようやく帰ってくれるんです。
 なので、馳星周さんのブログを読んで、犬のしつけを学んで来ました。というか「馳さんがこれだけ甘やかしているからうちもいいよね」って、馳さんの犬育てを基準にしています(笑)。
 馳さんの小説はハードボイルドなものを読んできたので、初めてブログ「ワルテルとソーラと小説家」を見た時は、驚きました。女の子のワンちゃんの話なんかは女の子口調でずっと書いてらっしゃるので、「あの馳さんが!」と思って、他の作品とのギャップに惹かれてしまって。あのブログは本にしてほしいです。
馳さんがお書きになっている犬の作品も買うんですけれど、『走ろうぜ、マージ』は、いまだに読めてないんですよ。絶対に泣いちゃうので。

――さて、いま産経新聞で連載がはじまったところだそうですが。

永井:「きらん風月」という小説で、実在した栗杖亭鬼卵(りつじょうていきらん)という戯作者を通じて見えてくる、上方と江戸と東海道の文化史みたいな感じの話ですね。鬼卵はちょっと変わった人で、東海道の宿場町で煙草屋をやっていて、60歳を過ぎてからものすごい量の読本を書いて、それが歌舞伎になったりしているんです。全国的にはあまり知られていない人ですけれど、母方の実家がある静岡では知っている人は知っている。せっかく全国紙で連載をやらせてもらえるのだから、彼があちこちいろんな場所を移動したことも含めて書けたらいいなと思って。
 鬼卵は人生の序盤には上方にいるんですが、当時上方には上田秋成や円山応挙がいて、すごく文化的に豊かだったんです。と同時に、天明の飢饉や、言論統制にあたる寛政の改革もあったりといろいろあったんですよね。
 なので今、大阪弁で四苦八苦しています。それに文人墨客っていわれる人たちの生活って、武士とも商人とも町人とも違った独特の暮らしぶりなので、これもまた大変で。「なんで私これ書こうと思ったんだ」と言いながら、しばらくこれと付き合っていきます(笑)。

――他に刊行予定などありましたら教えてください。

永井:3月22日に角川文庫から『とわの文様』という文庫オリジナルの新刊が出ます。呉服屋の兄妹を主人公に、着物の模様にまつわるエピソードが入った短編集です。衣装や浮世絵を見るのが好きなので、楽しみながら書かせていただいています。私が好きだったシリーズもの作品たちのように、楽しんでいただけたら嬉しいなあと...。シリーズ化したらいいなあ、と思っています。

(了)