第251回: 永井紗耶子さん

作家の読書道 第251回: 永井紗耶子さん

『商う狼 江戸商人 杉本茂十郎』で新田次郎文学賞などを受賞、2022年は『女人入眼』が直木賞の候補作になるなど、時代・歴史小説で活躍する永井紗耶子さん。聞けば小学校低学年の頃にはもう歴史にハマっていたのだとか。研究熱心な永井さんは、どんな本を読んできたのか。こちらの知識欲を刺激しまくるお話、リモートでおうかがいしました。

その5「学生時代の読書と研究」 (5/8)

――大学はどの学部に進学されたのでしょう。進学して、小説執筆を再開したのですか。

永井:文学部に行きました。大学に入ったら書くぞ、と思っていたのに、自由な女子校の世界から世俗に戻ったので、遊んでしまって。
 でもやっぱり、だんだんまた書きたくなりました。大学の図書館に資料が山のようにあって感動したんです。ただ、集中して書く時間がないというか、上手にやりくりできなくて。どこまで人付き合いをしたらいいのかわからなくなりました。それで、3か月くらい籠ることにしました。友人たちには「大丈夫か」ってすごく心配されたんですけれど。それでまた書くようになり、同時にちょっと違うジャンルの小説も読むようになりました。というのも、時代小説が対象の新人賞が極端に少なかったので、違うジャンルに応募することも考えないといけないと思ったんです。それでミステリやホラーや純文学を読み始めました。それまでもちょこちょこ読んではいたんですけれど。

――どんな作品を読んだのですか。

永井:坂東眞砂子さんの『死国』は、民俗学の話でもあるので私的にはそこがツボでした。鈴木光司さんの『リング』や『らせん』も当時流行っていたので読みましたが、結局私がホラーを読みはじめたのは、昔話とか民俗学に通じる、因果みたいなものが描かれているところが好きだったからですね。なにか得体のしれないものに対する畏怖みたいなテーマはすごく好きでした。
 東野圭吾さんを読み始めたのもこの頃です。『悪意』を読み、動機はそこにあるのかと驚いて、やっぱりミステリは面白いなと思って。
 宮部みゆきさんだと『火車』。カード破産の話ですね。私は当時あまり現代社会の闇みたいなものをよく知らなくて、『火車』を読んで、現代ものは現代ものでこういう面白さがあるのか、すごいなと思って。ちゃんと新聞読もうと思ったんです(笑)。

――さきほど大学の図書館が素晴らしかったとおっしゃっていましたが、永井さんは慶應義塾大学ですよね。日吉と三田、どちらの図書館ですか。

永井:三田の図書館です。家庭教師をしてくれた方が慶應の院生で、図書館の院生が入れる部屋に連れていってもらったんですよ。そこにある本は貸出禁止なんですけれど、私が今まで必死で探していたような原典資料本が大量にあったので、ウハウハした気分になりました。
 ただ、このまま歴史小説にこだわっていたら、小説家になれないかもしれないと思っていたので、歴史ものを書きながらも、試しに純文学を書いたりしていたんです。そしたら、家庭教師をしてくれた方のお父さんが作家さんで、その方のご紹介で編集者さんに会うことができたんです。新潮社の方でした。「とりあえず読ませてくれる?」と言われて手元にあったものをいくつか送った後で、家庭教師の方と私とその方の3人で会う機会があったんですが、「明らかに時代もののほうが熱量がある。そういうことって読み手はわかるから、無理してジャンルを変える必要はないですよ」って。
その後、デビューする前にたまたまお会いした時も「書いてる? 頑張ってね」って言ってくださったんです。私がデビューして新潮社さんではじめてお仕事させていただいた時はもう定年退職されていましたが、デビューのことは喜んで下さっていたそうです。
 ただ、学生の頃の話に戻すと、その方にそう言っていただいた後もまだ迷いはあって、現代小説を読もうプロジェクトは進行していました。

――ところで、専攻は何を選んだのですか。

永井:人間関係学系の社会心理学のゼミに入りました。国文や歴史も見に行ったんですけれど、人間とは何かみたいな根源的なところを学んでおけばジャンル問わず絶対に活かせると考えました。
 ゼミでは、消費社会の神話と構造、というのを研究していました。資本主義経済社会に対して斜に構えて社会不適合になりそうなテーマですけれど(笑)、面白かったですね。

――ゼミの影響で読んだ本はありましたか。

永井: 評論文を読むことにもハマりだしました。当時の社会学は西洋の学問をベースにしていて、自分たちを評価する神様がいる社会の構造について論じられている気がして、なにか違和感があったんですよね。日本の社会について解析するのに今の社会学は合っているんだろうか、みたいな感覚がありました。結果、日本の文化ってなんだろうとなり、梅原猛さんの『日本文化論』や、宗教学者の山折哲雄さんの本や、講談社学術文庫や現代新書などを読み漁りました。
 あと、大学内のメディアコミュニケーション研究所にも所属して、マスコミ研究のゼミにも入っていました。映画にみるジャーナリズムということで、映画のなかで社会問題をどの視点からどのように切り取っているかを研究したり、新聞の見出し記事を全部並べて、同じニュースに対してどの新聞社がどういう角度でどんな見出しをつけて切り込んでいるのかを調べたりして。
 そうしているうちに在学中はデビューできず、就職するに至るんです。

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