第251回: 永井紗耶子さん

作家の読書道 第251回: 永井紗耶子さん

『商う狼 江戸商人 杉本茂十郎』で新田次郎文学賞などを受賞、2022年は『女人入眼』が直木賞の候補作になるなど、時代・歴史小説で活躍する永井紗耶子さん。聞けば小学校低学年の頃にはもう歴史にハマっていたのだとか。研究熱心な永井さんは、どんな本を読んできたのか。こちらの知識欲を刺激しまくるお話、リモートでおうかがいしました。

その2「一人宗教戦争」 (2/8)

――そして、私立の中学校に進学したのですか。

永井:そうです。私立のミッション系の女子校に進んだら、環境がガラッと変わったんです。それまでは「おいこらてめえ」みたいなお兄さんお姉さんがいたところから、急に「ごきげんよう」みたいなアナザーワールドに来ちゃって。どう振る舞ったらいいのかわからなくなりました。
 今の私の人生を作っているのは中学時代だと思います。強気な小学生が中学校に入ってカルチャーギャップが激しすぎてどうしたらいいかわからなくなった結果、反抗期がおかしな形で出て、私の一人宗教戦争が始まったんです。

――一人宗教戦争(笑)。

永井:学校の校則などは基本的に聖書をベースにしていたし、シスターも多い学校だったので、なんでも「聖書では」みたいなことを言われるんです。それで、なにか不服があった時に「でもそれって、聖書においてはこうだから間違っていませんか」と、聖書をベースに反論する試みですね。そのためには聖書を読まなければならないとなって、もう必死で読みました。

――新約聖書も旧約聖書も?

永井:そうです。学校から分厚いものが一人に一冊配られるので、とにかくそれを読むんですが、翻訳文が綺麗だったりして。ちょっと古語が混じっていて言葉が綺麗だし、旧約聖書にいたってはファンタジー的な要素もあるので面白く読みました。
 それと、ギュスターヴ・ドレという画家が挿絵を書いた『聖書』も買ってもらって。私が持っているのは1991年にJICC出版局から刊行された本です(と、モニター越しに本を見せる)

――わあ、挿絵が格好いい。

永井:全編にわたり素晴らしい絵が入っているんですよ。これを、とりあえず1日1ページ必ず読むと決めました。これだと楽しく絵を眺めながら読めますし。ノアの箱舟とかカナンとか、モーセの十戒だとかソドムトゴモラとか、ほぼほぼ網羅してくれているので、これと学校で配られた分厚い本を、合わせ読みしていました。
 そうすると、西洋系の映画や文学について理解が増すんですよね。「ああ、この人聖書のこれに対してこれを言いたかったんだな」などと、聖書の思想に対するスタンスがわかってくる。そういう意味で、聖書を読んだことはすごくよかったなと思っています。
あと、こういうのも読みました(と、本を見せる)。

――おお、岩波文庫の『ブッダのことば』、中村元訳。

永井:要は反抗したいから、「ここには信教の自由があるはずだ、ならば私はこっちを読む」って言って(笑)。そしたら先生が遠藤周作の『沈黙』を読めと言ってくるので、『沈黙』を読んだ返す刀で太宰治の『駈込み訴え』を読みました。ユダが独白する『駈込み訴え』はすごく好きですね。
 ミッション系の学校とはいえ、聖書に対して斜に構えていても、それはそれで「あなたの考えをちゃんと持っていてよろしいんじゃないですか」「むしろあなたほど聖書を読んでいる人はいないと思いますよ」という感じでした。「よくここまで読みましたね。ある意味理想的な学生です」って、生徒の意志や考えを尊重してくれていたなあ、と、思います。

  • ブッダの真理のことば・感興のことば (岩波文庫)
  • 『ブッダの真理のことば・感興のことば (岩波文庫)』
    元, 中村
    岩波書店
    1,111円(税込)
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