第256回: 王谷晶さん

作家の読書道 第256回: 王谷晶さん

ノベライズやキャラクター文芸を発表した後、2018年に刊行した短篇集『完璧じゃない、あたしたち』で注目を集め、2020年刊行の『ババヤガの夜』は日本推理作家協会賞の長編部門の候補にも選出された王谷晶さん。本があふれる家で育ち、学校に行かずに読書にふけっていた王谷さんに影響を受けた作品とは? 20代のご本人いわくの「バカの季節」、作家デビューの経緯などのについてもおうかがいしました。

その2「11、12歳でオタクになる」 (2/7)

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  • 『占星術殺人事件 改訂完全版 (講談社文庫)』
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  • パルタイ・紅葉狩り 倉橋由美子短篇小説集 (講談社文芸文庫)
  • 『パルタイ・紅葉狩り 倉橋由美子短篇小説集 (講談社文芸文庫)』
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  • 無花果少年(ボーイ)と瓜売小僧(うりうりぼうや) (講談社文庫)
  • 『無花果少年(ボーイ)と瓜売小僧(うりうりぼうや) (講談社文庫)』
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  • 新装版 コインロッカー・ベイビーズ (講談社文庫)
  • 『新装版 コインロッカー・ベイビーズ (講談社文庫)』
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――小学校は半分以上行かなかったそうですが、中学校には通ったのですか。

王谷:卒業できるくらいは一応行きました。全然真面目な生徒ではなく、中学生時代もひたすら本を読んでいました。中学校に入ってから島田荘司さんの『占星術殺人事件』をはじめて読んで、そこから御手洗潔シリーズにすごくはまり、他には竹本健治さんを読み...。
倉橋由美子さんを読み始めたのもこのあたりかな。これは父親の蔵書でした。夏休みだったかに父の実家に遊びに行ったんですが、昔父が使っていた部屋に若い頃読んだ本がそのまま残っていて。そこに初期の『パルタイ』とか『聖少女』とかがあり、することもないから「読んでいいか」と訊いて読んだら、わからないところも多かったんですけれど、すごくツボに刺さったんです。そこからしばらく古書店や新刊書店をまわって手に入るだけ倉橋由美子さんの本を集めていました。
それから、高村薫さんがこの時期に話題になっていたので読み始めました。最初は母が『マークスの山』を買って、「面白いよ」と言って回してくれたんです。
あとは親の本棚にあった系では中島らものエッセイが何冊かあって、それでエッセイの面白さにはじめて触れました。中島らものエッセイはほぼ全部読んでいるんじゃないかな。
私は11、12歳くらいから本格的にオタクになり始めたんです。今、KADOKAWAにルビー文庫というBL小説のレーベルがあるんですが、当時はBL前夜で、そうした作品もスニーカー文庫から出ていたんですね。それらを読みはじめました。雑誌「JUNE」でも作品を連載していた尾鮭あさみさん、須和雪里さん、野村史子さんも書いていたのでよく読みました。いわゆるJUNE小説にはすごく影響を受けましたね。自分が求めているのはこういうものか、って。それでとにかく男性同士の恋愛の話が読みたくて、でも当時は今ほどBL本もなかったので、一般小説の中にそれっぽい描写がちょっとでもあると耳に挟んだらそれを読む、という感じでした。インターネットもまだなかったし、田舎なのでオタクの先輩もいないので、出版目録を見たりして、完全に勘と気合いで見つけていました(笑)。三島由紀夫からプラトンまで、1行でもそれっぽい描写があったら西村寿行も読みました。なんか、エロに目覚めた中学生と同じ感じでした。
海外ミステリーでもそういう作品があったんですよね。テリー・ホワイトの『真夜中の相棒』は旧版で出ている時に読み、しばらく刺さっていました。10代で読むと、あれは刺さります。テリー・ホワイトは文春文庫から何冊か出ていたので、全部集めて読みました。
それと、中学生の時に読んでよく憶えているのが、仁川高丸さんの『微熱狼少女』。

――懐かしい。レズビアンを公言する非常勤講師に惹かれていく女子高校生の話で、当時話題になりました。

王谷:ちょうど自分のセクシュアリティの自覚ができはじめた時期に出会いました。それまで漫画も好きだったんですけれど、少女漫画は全然わからなかったんです。キャラクターの心理がまったく読み取れなくて、少年漫画ばかり読んでいました。『微熱狼少女』を読んで、なぜ自分は少女漫画が読めないのか答えがわかった気がしました。要するに、男の子を好きになる女の子のことが全然わからなかったんですよね。今もわからないんですけれど。「だからだったのか」と回答を得た気持ちでした。
でも90年代のド田舎だったんで、隠しても地獄、ばれても地獄、みたいな。今振り返ればそれなりに「ひでえな」と思うようなこともありました。
中学生時代は今でいうクィア文学的なものを探して、やはり橋本治さんの『桃尻娘』や『無花果少年と瓜売小僧』なども読みました。ただ、今でもレズビアン文学って極端に少ないんですよね。探しに探しました。集英社文庫から出ていたローリー・キングの『捜査官ケイト』というシリーズは主人公がレズビアンで、それを祖父の書棚で見つけた時は嬉しかったです。

――高校時代の読書はいかがですか。

王谷:高校もなんとか受かって行きはしましたが、まったく真面目に授業を受けないで図書館で本を借りて帰って家で本を読む学生になってしまって。高校時代に一番乱読した気がするんですけれど、あまりにも端から端まで読み過ぎて憶えていないんです(笑)。
でも、村上龍さんと山田詠美さんにはまりまくる時期があったのは記憶しています。村上さんは最初、中学生の時に『コインロッカー・ベイビーズ』を読んで格好いいと思いました。いつか都会に出てやると思っているタイプの田舎者だったので、都会の香りがするものが眩しくて刺激的だったんです。それまで読んだことのなかったタイプの小説でしたし。山田詠美さんは恋愛をテーマにした小説が多くて、しかも男女の恋愛なんですけれど、他の男女の恋愛の小説とは違ってスポンと頭に入ってきて理解できたんです。

――山田詠美さんの恋愛小説なら男女の恋愛でも頭に入ってくる、というのが興味深い。

王谷:こうして挙げてみると、男性作家が多いですよね。ある意味不思議なんですけれど、どうしても男性作家の視点のほうが自分に近いような気がしてしまう。
いとうせいこうさんも『ノーライフキング』と『ワールズ・エンド・ガーデン』がすごく好きでした。『ノーライフキング』は面白すぎて、なんか気分が変になりそうだった(笑)。ビデオで観ましたが、映画版も良かったんですよね。『ワールズ・エンド・ガーデン』のほうはちょっとBL的な要素もあったりして。
あと、高校時代は大槻ケンヂさんですね。筋肉少女帯の音楽も好きですけれど、やっぱり小説やエッセイが刺さりました。それと沢木耕太郎さんの『深夜特急』が大好きでした。東海林さだおさんの「まるかじり」シリーズや、椎名誠さんのエッセイも好きでした。エッセイはめちゃめちゃ読みましたね。群ようこさんとか、田辺聖子さんとか。自分の好む作家の小説やエッセイを読んで、だんだん自分がメインストリームの人間じゃないことが明確になっていったように思います。この先、外れていくしかないんだなみたいな自覚がありました。

――ご自身で二次創作など文章を書いたりはされていたのですか。

王谷:小さな頃から自分でお話を作ることはしていたみたいです。落書きも絵ではなく、文字を書く子供でした。オタクになってからは二次創作にしろオリジナルにしろ、BLを書いていました。友達に読ませるくらいはしたと思うんですけれど、だいたい一人で書いていました。同人誌もそんなに出していないんですよ。高校の時に数冊出したくらい。漫画も描きましたが四コマのギャグ漫画でしたね。絵が本当に駄目なので、ギャグしか書けませんでした。どれも本当に、ただ趣味でやるだけでした。

――では、将来作家になろうと思ってはいなかった?

王谷:へんな話、10歳くらいの頃から、いずれ小説家とか作家になりたい、ではなくて、なってしまうんだろうな、みたいな気持ちがありました。将来の夢がいろいろあっても、最終的には小説家になってしまうんだろうな、という感覚です。
だから賞への投稿もあまりしたことがないんですよ。どうせそんなことをしなくてもなるんだから、みたいな気持ちがありました。完全におかしいですよね。いずれ小説家になるんだからそれまではフラフラしていようと思って本当にフラフラして、30歳過ぎて「やばいな」と思うことになるんですけれど(笑)。

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  • ワールズ・エンド・ガーデン: いとうせいこうレトロスペクティブ
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