その1「学齢期前に自分で読んでいた」 (1/7)
――いちばん古い読書の記憶を教えてください。
王谷:絵本だと思います。ジル・バークレムという作者の『野ばらの村のものがたり』という、ねずみが人間のように服を着て村を作って暮らしている設定の、絵がすごくきれいな絵本があって。そのシリーズのセットが家にありました。たぶん祖父が自分のために買ってくれたんじゃないかと思います。
親が言うには私は字が読めるようになるのと、喋るようになるのが異常にはやかったらしいです。散文で読んだものでいちばん古い記憶にあるのは『星の王子さま』なんですが、それを学齢期前に読んでいました。
うちは両親が若い頃、書店をやっていたんです。当時はISBNもないですし、書店を辞めた後は在庫をそのまま持って引っ越したらしいです。なので、家の納戸に小さな書店ほどの在庫がありました。ほとんどが大人向けの本ですけれど。うちの親は共働きで、私はひとりっこだったので本だけ与えられてほっとかれていました。なので、本に囲まれていました。
――ご両親が書店をやっていたのは王谷さんが生まれる前ですか。
王谷:生まれる直前までくらいですね。東京の大塚で店をやっていて、田舎暮らしがしたいといってそこを畳み、まだ日本に余裕のある時代だったので1年2年くらい国内をプラプラして、それから栃木県に定住して、という。
――以前、王谷さんのご両親は木工のデザインをされているとおうかがいしましたが。
王谷:親父は書店を畳んだ後、しばらく職業訓練所みたいなところで木工を修業したんです。今もまだ現役で職人をやっています。職業でいうと木工家になるのかな。家具を作ったり工芸をやったりしています。母親はやるつもりはなかったけれど、親父に来た仕事がキャパオーバーする量だったので、力のない女の人でもできる仕事からやってみないかと言われ、そうしているうちに仕事になっちゃった、みたいな。
両親は田舎暮らしやロハス系の走りみたいな世代なんです。親の周りにいる大人は、たいていヒッピーあがりみたいなタイプで、マジの吟遊詩人とか、マジのヨガマスターとかばっかり。スーツを着た人なんて、修学旅行でよその場所に行くまでほぼほぼ目にしたことがなかった気がします。
家に田舎暮らしの本やセルフビルドといった、当時のライフスタイルブックみたいなものがたくさんありました。全篇カラーで写真も綺麗だったので、そういうものも読んでいました。農業本でもハーブの育て方が載っていたりしたし、今でいうと「クウネル」の走りみたいなムックもたくさんありました。母親がレシピ本を集めるのが好きで、相当処分したのに今でも数百冊単位で家にあって、小さい頃はそれも絵本がわりに読んでいました。そうしたら子供向けのレシピ本も買ってくれるようになって。『こどものりょうりえほん』という何年か前に復刊したシリーズを読んで自分でも料理していました。
――セルフビルドの本も家にあったとのことですが、ではご自宅は...。
王谷:セルフビルドです。土地の開墾から地面の基礎から、赤ちゃん抱っこしながら二人でやったそうです。まだ三十代だったので体力が有り余っていたようです。ただ、建てるのにすごく時間がかかって、高校生くらいまでは別の借家に住んでいました。家はいまだに完成していないんですけれど。
――えっ、どんだけ時間かかっているんですか。よっぽど込み入った設計なんでしょうか。
王谷:構造をわかってないと床を踏み外したりするような、忍者屋敷のようなタイプの家です。親父は今70半ばなんで、完成するのかっていう。
――小学校に入ってからの読書生活は。
王谷:そういう家の子だったし他所から来た子だったのでめちゃめちゃ浮いて、学校では速攻でハブられました。なので小学校は半分以上行っていないんです。登校拒否したら親も「別にいいよ」と言って、家でずっと本を読んでいました。今は地方にもフリースクールなどがあるんでしょうけれど、当時は田舎にそういうものがなかったんです。特に勉強をした記憶がないので、いまだに書けない漢字がたくさんあります。
――どんな本を読んでいたんですか。
王谷:いわゆる児童文学的な本ですね。ローラ・インガルス・ワイルダーの『大草原の小さな家』は自分の暮らしている環境にちょっと近いものがあってすごく好きでした。うちは親もむちゃくちゃだし家にテレビもないし、他の子供と生活環境が違ったので、ローラの暮らしのほうが親近感がわいたんです。普通の家に暮らしている子供の話を読むと、疎外感がありました。同じ不自由な暮らしなら『大草原の小さな家』みたいな暮らしのほうがよかったな、と思いながら読んでいました(笑)。
同じ理由で『長くつ下のピッピ』も好きでした。いろいろ手作りしたり、木の上でピクニックをしたり、そういうのがよかった。
――王谷さん一家の暮らしもやはり、手作りというか、アウトドアな感じでしたか。
王谷:生活がアウトドアなんで、娯楽としてのアウトドアがよくわかってないです。高校生の頃、まだ完成していないけれどそろそろ引っ越そうかということになり、水道も通ってない建設途中の家に越したんです。カセットコンロに寝袋で、電気は通っていたのか工場のライトみたいな明かりで、情報手段はラジオで。トイレがまだなくて、庭が広かったので穴を掘ってしていました。で、2、3日に1回、近所の町営の温泉みたいなところに行く。今思えば、花の女子高校生になんてことをさせてたんだっていう(笑)。小さい頃からそういうことが普通だったので、疑問に思っていませんでした。
――本は与えてくれたんですね。
王谷:お金がないなりに本だけは買ってくれました。特に岩波少年文庫はいろいろ買ってもらいました。『ムギと王さま』、『クローディアの秘密』、お決まりで『はてしない物語』と『ナルニア国ものがたり』。そういったスタンダードなところは読みました。
他によく読んだのは推理小説ですね。きっかけは仙台にいた祖父がすごく推理小説が好きだったことです。祖父の家の二階はもう全部、本で、もちろん大人の本ばかりだったんですが、その影響を受けました。赤川次郎さんから読み始め、親の本棚にあったホームズ、ディクスン・カー、エラリイ・クイーンを読み...。途中でなぜか江戸川乱歩の怪奇幻想の方面に行ってしまい、そこからずるずると筒井康隆方面にいき...。
江戸川乱歩は黒い表紙の文庫のシリーズを読みました。筒井康隆は最初に読んだのが、母親の車のダッシュボードにあった『心理学・社怪学』ですね。今ジャケットが変わっていますが、講談社文庫の古い、不気味な表紙のほうでした。それを目ざとく見つけて読んだんですけれど、あれって結構大人の世界じゃないですか。親に見つかって「まだ早い」と言われました。でも一度読んで知ってしまってからにはやめられなくて、親の本棚をあさってどんどん筒井康隆を読みました。小説は怖いものとか、不気味なものに惹かれるようになりました。
他に、よく憶えているのは角川文庫の『怪奇と幻想』という海外短篇のアンソロジーのシリーズです。たぶん今はもう絶版です。表紙がおどろおどろしくて、その怖さに惹かれました。中身はわりと難しいんですけれど一生懸命読みましたね。私は今も短篇集がすごく好きなんですけれど、これが原点かもしれません。東京創元推理文庫の『怪奇小説傑作集』という海外短篇のアンソロジーもあって、これもやっぱりおどろおどろしい雰囲気が好きで浸って読んでいました。
中学校にあがる前くらいの時期に田中芳樹さんの『創竜伝』や『アルスラーン戦記』を読んでからは、日本の国内現代ファンタジーも読むようになりました。栗本薫先生の『グイン・サーガ』シリーズとか菊地秀行さんの『風の名はアムネジア』、『吸血鬼ハンターD』シリーズとか。それは一番影響を受けているかもしれない。
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- 『創竜伝1超能力四兄弟』
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- 『グイン・サーガ1 豹頭の仮面』
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- 『吸血鬼ハンター(1) 吸血鬼ハンター“D”』
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