第256回: 王谷晶さん

作家の読書道 第256回: 王谷晶さん

ノベライズやキャラクター文芸を発表した後、2018年に刊行した短篇集『完璧じゃない、あたしたち』で注目を集め、2020年刊行の『ババヤガの夜』は日本推理作家協会賞の長編部門の候補にも選出された王谷晶さん。本があふれる家で育ち、学校に行かずに読書にふけっていた王谷さんに影響を受けた作品とは? 20代のご本人いわくの「バカの季節」、作家デビューの経緯などのについてもおうかがいしました。

その7「新作と今後について」 (7/7)

  • カラダは私の何なんだ? (河出文庫 お 46-2)
  • 『カラダは私の何なんだ? (河出文庫 お 46-2)』
    王谷 晶
    河出書房新社
    847円(税込)
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――新作『君の六月は凍る』は表題作と、「ベイビー、イッツ・お東京さま」の二篇が収録されています。文体も内容もまったく違って、どちらも読み応えがありました。

王谷:「ベイビー、イッツ・お東京さま」のほうは、「私小説的なものはどうですか」と提案されたんですよね。書いたことがなかったし、面白いといえば面白い経験なので、書いてみてもいいかなと思って。

――そう、私小説的だなと思ったんですよ。バイト先にほんとにあんなおじさんたちがいたんですか。

王谷:だいたい小説に書いていることって自分の経験が滲み出てしまうので。いずれにせよ小説に書いていることのほうが、私の場合はマイルドです。バイト先で一緒だったおじさんたちとかが読みませんようにと思ってます。

――表題作は、「わたし」が「君」に語りかける形で、三十年前の二人の子供時代が語られていく。登場人物の名前はイニシャルで、プロフィールは曖昧です。

王谷:先にタイトルが唐突に浮かんだんです。悪くないタイトルだなと思って、じゃあどういう話だろうと逆算して考えていきました。語りかける感じのタイトルだから、そのままに二人称小説にしようと考えました。二人称小説というとやっぱり倉橋由美子の『暗い旅』で、倉橋作品というと人の名前をイニシャルだけで進めているものがあると思い当たりました。なのでストーリーとは別に、発想的なところで倉橋さんの影響を受けた話だと思います。
誰でも小説を読む時って、頭の中で無意識的にキャラクターシートを作っていると思うんです。作中の個別のプロフィールが曖昧だった場合、どんなふうに読まれるのかという好奇心もありました。なので、登場人物の性別はどんなふうにも読めるようにしました。どれが正解ということはまったくなく、感じたまま読んでもらえれば。

――わたしと君、さらにそれぞれのきょうだいの性別やセクシャリティは、読者によって受け取り方が違いそうですね。

王谷:読む人の家族関係によるのかもしれませんが、感想を聞くと男女の組み合わせがみんなバラバラなんですよ。本当にバラバラに感じてもらいたかったのでそこは成功したと言えるかもしれません。ただ、自分にはきょうだいがいないので、きょうだい関係を書く時は緊張しました。

――タイトルや冒頭の〈君の六月は凍った〉とは何のことだろうと思いつつ、これはもう、最後に胸にドーンときました。

王谷:タイトルを思いついた時、自分でも「凍る」ってなんだよって思って。そこからこの二人にどういうことがあったのかというのを考えまして。
タイトルが先に決まるのが、一番やりやすいんです。「これはタイトルに使えるのでは」というのがぽこっと浮かんだらネタ帳に書いて、話はあとから考える。タイトルが決まってるとだいたい話はすぐ浮かびます。
大変なのが固有名詞。人の名前を考えるのがすごく苦手で七転八倒しています。最近、ChatGTPに考えてもらえばいいじゃないかと思って、会社名とか人の名前を「考えて」って出したら、妙にセンスが90年代の中学生なんですよ(笑)。ヘンに耽美でキラキラした名前ばっかり出てきました。つきあい方が難しいですね。

――タイトルが決まると話が浮かぶなんて、王谷さんはお題を出したらなんでも書けそう。しかも、いろんなジャンルが書けますよね。

王谷:自分でもよくわからなくて。エンタメを書けたらと思うんですけれど、エンタメを意識すればするほど受けなくなる、というのが今までの自分のセオリーだったんです。じゃあ純文学かというと、そもそも純文学ってなんだよ、という。好き勝手にやらせてもらっているのは純文学かもしれません。なにを書いても怒られない。

――王谷さんの本を並べると、エッセイ集の『カラダは私の何なんだ?』も含めて、どれも装幀のテイストが違いますよね。

王谷:装幀は結構口を挟ませてもらっています。好きなデザイナーさんがたくさんいるので、もしも頼める機会があればと思ってリストに入れているんです。本は中身が大事といっても、手に取ってもらえなければしょうがないので、なんだかんだいってカバーは大事だなと思っています。『君の六月は凍る』はデザインも本当に格好よくしていただいて。

――装幀は水戸部功さんですね。

王谷:こういう話なので人物のイラストは使わないほうがいいよねという話になり、だったら水戸部さんにお願いしたいと言いました。テッド・チャンが好きなんですが、テッド・チャンといえばやっぱり水戸部さんの装幀なので、憧れがありました。完全にお任せでお願いしたんですけれど、私、灰色が一番好きな色なので、その灰色の本になってすごく嬉しいです。

――今後の刊行予定としては、さきほどちょっとおしゃった「小説すばる」の連載が次の単行本になるでしょうか。「令和元年生まれ ルリカ50歳」というタイトルからわかるように、近未来が舞台で、中年女性が主人公の話。

王谷:今、それの最終回を書いているところです。本にまとまるのは遅くても来年の春なのかな。それとは別に、男性主人公で、中年の危機みたいな感じの中篇も書いています。今、自分が中年の危機を感じているんですよね。いきなりジムに通いだしたり、タトゥーを入れたりして、自分でも「すげえわかりやすい中年の危機だな」と思ったので、書くことにしたんです(笑)。それもこの先、雑誌に掲載予定です。

(了)