第261回: 宮島未奈さん

作家の読書道 第261回: 宮島未奈さん

2021年に「ありがとう西武大津店」で第20回女による女のためのR-18文学賞の大賞、読者賞、友近賞をトリプル受賞、同作を収録した『成瀬は天下を取りにいく』が現在16万5000部に達している宮島未奈さん。大注目作家の幼い頃からの読書遍歴、デビューに至るまでの経緯とは? その来し方や、R-18文学賞出身作家へのあふれる思いなど語ってくださいました。

その4「あの名作を読み筆をおく」 (4/7)

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  • 『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ (講談社文庫)』
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――大学卒業後は就職されたそうですが、仕事しながら小説家を目指そうという思いだったのでしょうか。

宮島:そこまで本気で小説家になりたいと思ってなかったんですね。私の第一期「小説家になりたい」期は9歳から24歳までで、小説家になりたいとは思っているけれど、具体的に努力したり動いたりはしていなかった時期です。純粋に、夢だったんです。一応書くけれど応募することもなく、友達に見せたりするくらいの楽しみ方でした。

――社会人になってから読書生活は変わりましたか。

宮島:卒業後は地元に戻りました。免許はあるけれどペーパードライバーで、図書館に自転車で行っていたんです。家から図書館まで4キロだったのでまあまあ距離はあるんですが、自転車で行けないことはない。本は2週間借りられるから、2週間ごとに図書館に行って、かごいっぱいに本を入れて帰ってきていました。
その頃はなぜか自己啓発本が好きでした。社会人になって、なんとなく、もっと仕事ができるようになりたいという向上心があったんです。勝間和代さんの本をすごく読んでいて、年収10倍になんてなるわけないじゃん、って思っていました。最近になってそういうことってあるんだなって思ったんですけれど。
小説も読んでいました。片道30分くらいの電車通勤の間によく読みました。その時に、三浦しをんさんの『風が強く吹いている』を読んだんです。ものすごく衝撃を受けました。「こんなに面白いもの、私は一生書けない」と思いました。で、それが100%の理由ではないけれど、「もう小説家は諦めよう」となりました。それくらい大きなインパクトがあったんです。

――大半が未経験者の大学陸上部が箱根駅伝を目指す話ですよね。もちろんものすごく面白い小説ですが、その時、宮島さんはどこをそこまで面白いと思ったのでしょうか。

宮島:なんか、読めたんですよね。長篇小説って途中でちょっと退屈するところがあったりすると思うんですけれど、『風が強く吹いている』はそういう瞬間がなかったんですよ、私にとって。勢いで最後まで読み通せたという意味で、すごいなと思いました。「公募ガイド」を見ていた頃から自分は長い小説が書けないと思っていたので、長篇でこんなに面白い小説を書く方との間にはもすごい差があるわけじゃないですか。これはもう無理だと諦めさせられたんです。

――そこまでが第一期「小説家になりたい」期だったわけですね。

宮島:はい。ほかにも小説はいろいろ読んでいました。豊島ミホさんの小説を熱心に読んでいたのもこの時期ですね。好きな豊島さん作品を訊かれるといつも『エバーグリーン』を最初に挙げています。『エバーグリーン』と『檸檬のころ』と『神田川デイズ』が三強です。

――豊島さん作品の魅力って、どこにあると思いますか。

宮島:私はいつも、「書けそうで書けない」って思うんです。豊島さんの文章はわりと平易なんですけれど、あの世界の切り取り方は豊島さんにしかできないって感じさせるんですよね。しかも私自身も地方出身なので、たとえば『エバーグリーン』の秋田のあぜ道のシーンなんかは一人称で感じられるんです。都会の人があのシーンを読んで思い浮かべる光景って、映画のような三人称のカメラで見た景色だと思うんですけれど、田舎で育った私は、「私は確かにそこに立っていた」って思える。だから、豊島さんの作品に関しては思い入れがめちゃくちゃあります。
あと、印象に残っているのは桜庭一樹さんの『私の男』。あれはもう心つかまれました。その世界に引きずり込まれるというか、ものすごく心に残った作品です。うん。
本谷有希子さんの小説も好きでしたね。『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』とか。姉妹の話ですが、お姉ちゃん面白すぎるんだよって思って。
それと、伊坂幸太郎さんもこの頃に読んでいたのかな。読んだ時期が曖昧なんですけれど、いちばん好きなのは『ゴールデンスランバー』。最近も読んで、やっぱり、主人公のお父さんがよかったですね。

――お話うかがっていると、好きな本は再読されることが多いんですね。

宮島:小説家になってからです。「あの本ってどういうふうに書かれていたのかな」と思って、若い頃に読んでインパクトが残っている本を読み返しているんです。万城目学さんの『鴨川ホルモー』も最近読み返して、「やっぱり面白い」となりました。

――読んだ本の記録はつけていますか。

宮島:当時からつけてます。本のタイトルと1行感想みたいなものですね。

――あと、やっぱり国内の現代作家を読むことが多かったのですか。

宮島:現代作家しか読まないですね。古い小説はぜんぜん分からなくて。海外の小説も読まないし、自分と年の近い国内の人ばかり読んでいます。渡辺淳一さんだけちょっと例外です。
他に挙げるなら、荻原浩さんの短篇集が好きでした。長篇だと『明日の記憶』を読んだのがこの頃だったはず。主人公が認知症になってしまう悲しい話だけれど、根底に流れる温かさ、明るさみたいなものがすごく好きでした。石田衣良さんの『娼年』もこの時期に読んで、いいなと思っていました。
ただ、社会人生活はこのあたりで終わります。3年くらいで終わるんです。2009年に結婚して、夫が関西だったので仕事を辞め、ついに大津に行きます。ここから私の大津篇が始まります(笑)。

――『成瀬は天下を取りにいく』の舞台ですね(笑)。ではその後、お仕事はされずに?

宮島:在宅や派遣でちょこちょこっと収入はありましたが、勤めてはいなかったですね。基本、主婦です。
小説の執筆は『風が強く吹いている』を読んで一旦筆をおきましたが、読書は続けていました。申し訳ないんですけれど、この頃も図書館で本を借りていました。正直いうと、家に本を置く場所がなくて。それに借りたほうがチャレンジできるんですよね。買った本が面白くなかったらショックだけれど、借りた本なら面白くなくても返せばいいだけなので、躊躇なく選べるし、数が読めるので。
それで、転機が訪れるのは2017年です。小説を書くことを再開するんです。

  • ゴールデンスランバー (新潮文庫)
  • 『ゴールデンスランバー (新潮文庫)』
    幸太郎, 伊坂
    新潮社
    1,034円(税込)
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