第263回: 浅倉秋成さん

作家の読書道 第263回: 浅倉秋成さん

2012年に『ノワール・レヴナント』で第13回講談社BOX新人賞Powersを受賞しデビューして以来、特殊設定であれ現代社会が舞台のものであれ、緻密に構築した作品で読者を魅了し、『六人の嘘つきな大学生』で大ブレイクした浅倉秋成さん。小学生の時に小説から遠ざかる経験をした彼が、その後どうして作家になったのか。その過程や愛読書についておうかがいしました。

その2「勉強としての読書」 (2/7)

  • 20世紀少年 完全版 デジタル Ver.(1) (ビッグコミックス)
  • 『20世紀少年 完全版 デジタル Ver.(1) (ビッグコミックス)』
    浦沢直樹
    小学館
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  • MONSTER 完全版 (1) (ビッグコミックススペシャル)
  • 『MONSTER 完全版 (1) (ビッグコミックススペシャル)』
    浦沢 直樹
    小学館
    1,571円(税込)
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  • 14歳からの哲学 考えるための教科書
  • 『14歳からの哲学 考えるための教科書』
    池田 晶子
    トランスビュー
    1,178円(税込)
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  • 新装版 竜馬がゆく (1) (文春文庫) (文春文庫 し 1-67)
  • 『新装版 竜馬がゆく (1) (文春文庫) (文春文庫 し 1-67)』
    司馬 遼太郎
    文藝春秋
    825円(税込)
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  • ダ・ヴィンチ・コード(上) (角川文庫)
  • 『ダ・ヴィンチ・コード(上) (角川文庫)』
    ダン・ブラウン,越前 敏弥
    角川書店
    400円(税込)
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  • 資本論 第一巻 上 (ちくま学芸文庫 マ-52-1)
  • 『資本論 第一巻 上 (ちくま学芸文庫 マ-52-1)』
    カール・マルクス,今村 仁司,三島 憲一,鈴木 直
    筑摩書房
    1,870円(税込)
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――中学生時代は。

浅倉:野球部で忙しかったので、漫画も読んだのは『20世紀少年』とか『MONSTER』くらいでした。うちの野球部は県内でいちばんきつい練習をしているんじゃないかというほどで、毎日3キロ走って、金曜日は10キロ走ってました。走ってばかりで野球の練習はあまりしていないから、単にイニングの後半になってもバテない下手な奴らでした。
中学でも朝の読書時間があって、それで親が買ってきてくれた池田晶子さんの『14歳からの哲学 考えるための教科書』を読みました。いまだに内容を思い出して「なるほどな」と思うことがあります。哲学入門のような内容で、「自分ってなんだろう」という問いかけがあったんですよ。「この身体です」といっても、それは「自分」じゃなくて「自分の身体だよね」とか。つきつめていくと「自分」というのは概念で、どこにも存在しないということが語られていく。それを読んで、「世界ってすげえ。ものを考えるって楽しいぞ」と学んだ気がします。理屈っぽさにも拍車がかかりました。

――浅倉さんの小説はとてもロジカルに構築されていますが、子供時代から理屈っぽいというか、ロジカルなものが好きだったのですか。

浅倉:ロジカルモンスターです(笑)。ただ残念ながら、周囲はロジックよりもノリのほうが大事なんですよ。たとえば、ローマ字を習った時に、長音はアルファベットの上に符号を書くと教わったんですよね。「Ō」みたいに。でも「甲子園」を「KOSHIEN」と書いても間違いじゃないですよね。そう書いた奴がいた時に、みんなして「これじゃコシエンじゃん」って馬鹿にして笑うんです。そこで「それも間違いじゃないよ」と言うと、「なんだ面白くないな」となる。だからロジカルモンスターは好かれないです。そうした理屈が通じない世界がすごく嫌だったので、大人になって理屈が通るようになったのはすごく嬉しいです。

――国語の授業は好きでした?

浅倉:苦手意識はないけれど好きでもなかったです。中学生の頃は「これは勉強なのか」と疑問を感じていました。というのも定期試験が、物語の内容について問題を出されて、読み返して答えるみたいな内容だったんです。「山」と訊かれて「川」と答える合言葉のようなもので、これで学力が上がるの? と思っていました。
 作文は正直、苦戦しませんでした。一応みんなに合わせて「嫌だなー」と言っていましたが、なんならいちばんラクでした。中学生の頃はジャンボのせいで面白いことが正義、みたいな空気があったんですけれど、3年生の時に「中学の思い出」みたいなもの書くとなった時に、僕は「ここに文豪がおるやんけ」というボケで笑わせるために、やたら小難しい言葉を使って書いたんです。「我々は~であった」みたいな文体で。ろくすっぽ本を読んでいないのに、そういう文章は書けました。いまだにジャンボがその文章のことを言ってくれます。

――中学生の時、ジャンボさんが面白いことが正義、みたいな空気を作っていたんですか。

浅倉:あいつは中学生でもう180㎝くらいあったんです。その身長で周囲に「面白いこと言えよ」と圧をかけてくるんです。みんな何かやらざるをえなくて、それぞれ持ち芸みたいなものを作って、度胸だけはつきました。ジャンボはダウンタウンさんが好きだったので、教室で「ガキの使いやあらへんで!」みたいな空気を作りたかったんですよね。
なおかつ、あいつは「女とつるむ奴なんて信じられねえ」とか言うんです。みんな女の子にアタックする勇気がないから、そう言われて助かったんです。そのために女の子から告白されても断わらざるを得ない奴もいました。ジャンボもモテるはずなのに、言い出したのは自分だから好きな子とつきあえなくて、男子全員不幸になりました。

――浅倉さんもお笑いは好きでしたか。

浅倉:大好きでしたね。その頃からM-1はビッグコンテンツでしたし。ただ、テレビは好きだったんですが、部活が忙しかったからあまり見られませんでした。

――高校時代は、本を読みましたか。

浅倉:しっかり読んだ作品があります。大学入試を日本史で受けようと思い、勉強のつもりで『竜馬がゆく』全8巻を読みました。父親が買ってきたので俺も読んでみようかなと思ったんだったかな。今思うと、多分にフィクションが含まれているあれを歴史の教材としてよかったのかっていう。でも楽しく読みました。
あとはしいていえば、『ダ・ヴィンチ・コード』です。映画の予告編で「モナ・リザ」の絵に光を当てると文字が浮かび上がるシーンがあったんですよ。実際は絵の前にアクリル板か何かがあって、そこに文字が書かれていたんですけれど、僕は馬鹿だったので「モナ・リザ」に直接文字が書かれていると勘違いしたんです。「これはやばい。すごいことが書かれてある本に違いない」と思って読んだら全然違いました。まあ、面白かったですけれど。振り返ってみると、当時の僕は、学術の延長として物語を手に入れようとしていたフシがありますね。

――それは、当時の読書指導とか読書推奨の影響もあったのでは。本を読むと教養が増すとか、想像力がつくといった利点が謳われていたりして...。

浅倉:おっしゃる通りな気がします。少なからず本を読め読めいう大人の教え方に影響を受けた部分はありますね。いまだに憶えているのは、中学生の教師が北欧かどこかの国を挙げて「その国で一番偉い人って知ってる?」「王様でもない。大統領でもない。(得意げな口調で)本を一番読んでいる人が一番偉いんだよ」と言ったんですよ。そんなの嘘なのに。
その頃、僕にとって本は「良薬は口に苦し」、みたいなものでした。「苦しさに挑め」みたいな感覚で、面白くない本にこそ価値があると思っていたんです。読んでいる間、どの瞬間を切り取っても辛くて苦しいけれど、それが自分の筋肉になるはずだと思っていました。ジム通いと同じ感覚ですね。それで背伸びして『竜馬がゆく』や『14歳からの哲学』を読んだので、少なからず筋肉にはなりましたけれど。もしもその頃に「東野圭吾さんの本を読んだらいいんじゃないか」って言ってくれる人がいたら、全然違ったと思う。でもそうではなく、教師は『資本論』みたいなものを読むべきだ、みたいな空気を出していました。だから読書は面白くないけれどやらなきゃいけないものでした。
だから、読書好きな人に対するコンプレックスはすさまじいものがありました。「人と関わるのが苦手でずっと図書室にいました」みたいなことを言う人が格好よく見えて仕方がなかった。小学生の時、図書室に「今月の貸し出し数」のランキングが貼りだされていたんですけれど、ひとつ上にものすごく本を借りている女の子がいて、とんでもない羨望の眼差しを送ってました。

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