第263回: 浅倉秋成さん

作家の読書道 第263回: 浅倉秋成さん

2012年に『ノワール・レヴナント』で第13回講談社BOX新人賞Powersを受賞しデビューして以来、特殊設定であれ現代社会が舞台のものであれ、緻密に構築した作品で読者を魅了し、『六人の嘘つきな大学生』で大ブレイクした浅倉秋成さん。小学生の時に小説から遠ざかる経験をした彼が、その後どうして作家になったのか。その過程や愛読書についておうかがいしました。

その6「心を刺してくれた本」 (6/7)

  • 新装版 殺戮にいたる病 (講談社文庫)
  • 『新装版 殺戮にいたる病 (講談社文庫)』
    我孫子 武丸
    講談社
    770円(税込)
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  • 占星術殺人事件 改訂完全版 (講談社文庫)
  • 『占星術殺人事件 改訂完全版 (講談社文庫)』
    島田 荘司
    講談社
    990円(税込)
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  • 葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫 う 20-1)
  • 『葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫 う 20-1)』
    歌野 晶午
    文藝春秋
    825円(税込)
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  • イニシエーション・ラブ (文春文庫)
  • 『イニシエーション・ラブ (文春文庫)』
    乾 くるみ
    文藝春秋
    452円(税込)
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  • シャーロック・ホームズの冒険 (新潮文庫)
  • 『シャーロック・ホームズの冒険 (新潮文庫)』
    コナン ドイル,Doyle,Arthur Conan,謙, 延原
    新潮社
    605円(税込)
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  • ロートレック荘事件 (新潮文庫)
  • 『ロートレック荘事件 (新潮文庫)』
    康隆, 筒井
    新潮社
    693円(税込)
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  • ブラバン(新潮文庫)
  • 『ブラバン(新潮文庫)』
    津原泰水
    新潮社
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――辞めてからの生活は。

浅倉:最初はやる気に満ち満ちていましたね。4駅くらい離れたところに図書館があるので毎日そこにこもろうと思って、定期券買いましたからね。家でやりゃいいのに(笑)。
 でも初代の担当さんがすぐ異動して別の方になり、その方は一生懸命やってくださったんですけれど微妙に互いの波長が噛み合わなかったりして。うまくいかない部分もあってどんどんと気分はダウナーになっていきました。
でも他社さんからも声をかけていただいていたんです。東京創元社さんとKADOKAWAさんで、その両方から「ミステリを書きませんか」って言われたんです。そこでようやく、ちゃんとミステリを読もうと思いまして。東野圭吾さんは読んでいましたけれど、「ミステリを読んでいる」という感じじゃなかったので、そこから勉強する日々が始まりました。

――どんなミステリを読んだのですか。

浅倉:ようやく綾辻行人さんの館シリーズを読み、我孫子武丸さんの『殺戮にいたる病』を読み、島田荘司さんの『占星術殺人事件』を読み。歌野正午さんの『葉桜の季節に君を想うということ』とか乾くるみさんの『イニシエーション・ラブ』とか『シャーロック・ホームズの冒険』とか。ミステリ初心者が「これでだけは読んでおけ」と言われるものばかりです。みなさんがもっと早く出会って夢中になるようなものを、僕は作家になってはじめて読みました。
 そのなかで、筒井康隆さんの『ロートレック荘事件』に撃たれました。なにかが反転する喜びもさることながら、自分の価値観を揺さぶられる感覚がすごかった。この得難い体験のために読書ってものがあるのかもしれないと思うくらいでした。いろんなミステリがあるなかで、トリックが素晴らしいものもあるけれど、それ以上に僕の心を刺してくれたのが『ロートレック荘事件』でした。ああいうふうに、心を刺しに来てほしいんですよね。「女の子だと思っていたら男の子でした、どう?」というだけの話だと冷めてしまったりすることもあるじゃないですか。トリックで驚かせるだけではなくて、物語として面白いものが読みたいんです。

――浅倉さんのミステリも驚かせるだけでなく、真相が分かった時に物語全体のテーマ性みたいなものが浮かび上がりますよね。

浅倉: 毎回、どんでん返しを仕掛ける時は、それがどんでん返しである意味が必要だと思っています。「この人、実は怖いでしょ?」みたいな、「ええ、怖いですね」としか思えないだけの結末になってしまうともったいない気がしてしまうんです。真相が分かった結果、読者がどう思うか、までをやるのが小説なんじゃないかって思っています。東野さんの作品がこんなにも世の中に受け入れられているのだって、やっぱり人間の情緒や普遍的な悩みみたいなものに対してちゃんとひっかかるものを書いていらっしゃるからだと思うし。

――他に撃たれた作品ってありますか。

浅倉:「人生ベスト1を挙げてください」って訊かれることってありますよね。そんなの決められるわけがないんですけれど、僕はいつも津原泰水さんの『ブラバン』って答えることにしています。すごく好きです。まず、文章を読んでいるだけで面白い。たぶん、僕はあの作品を読んだから『九度目の十八歳を迎えた君と』を書いたんです。過去と現在が交互に出てきて、青春の時の何かしらが今の自分に影響を与えているという、過去と現在の地続きな感じはあの作品の影響だと思います。いまだにどこか追い求めている瞬間があって、「なんか文章がのらないな」と思った時は、『ブラバン』を読み返します。自分の文体とは違うんですけれど、「ああ、そう、このリズムだよ」と思ったりして。自分が今書いているものと同じようなジャンルにいる人よりも、ちょっと離れたところにいる人の作品のほうが読んでいるかもしれないですね。

――小説以外では。

浅倉:結構哲学書に人生を変えてもらっている気がします。たしか社会人になってからだと思うんですけれど、法事か何かで家族で車で移動している時に、車の中でなんとなくニーチェの『ツァラトゥストラはこう言った』を読んだんですよ。青臭いですけれど、すごいことが書いてあると思って震えました。自分が一生懸命、こうなのかな、ああなのかなと考えを積み上げていたことを、100年前にとっくに考えている人がいたんだとぎょっとした感覚だったんですかね。
たとえば、なんで人を殺しちゃいけないのかと問われたら、たいていの人は「自分が殺されたら嫌でしょ」とか「失われた命は戻らないからだよ」という答えに逃げがちですよね。でもそれって真理ではない。だって「じゃあ自殺したい人なら殺してもいいの」となってしまうから。「命は尊いものだ」といっても、自分たちは日々動物を食べているし。ニーチェの結論は、人を殺した場合それ相応の罰を受ける、それでもなお殺したいなら殺すべきっていう。こんな明快な回答はない、これまで聞かされていた回答は道徳的には正しいけれど真理ではなかった、と思いました。
みんなが正しいと信じているものって必ずしも真理じゃないんだ、と教えてくれた感じがありました。新刊の『家族解散まで千キロメートル』でもそういうことを書いていますけれど。
他にもアドラー関連を読んだり、カントの定言命法とか仮言命法のようなちょっと古臭い知識を得るのが面白かった。そうした哲学系の本を何冊か読んでいくと、自分の人生がちょっと変わる瞬間が来るんです。それが楽しかった。最近はあまり読めていないですけれど、人生訓はわりとそういう本からもらったりしています。僕の中では、その延長として『ロートレック荘事件』があったんですよね。根っこの部分に近いものを与えてくれた本です。

――哲学系以外のノンフィクションは読みますか。

浅倉:新書は好きですね。こういうデータがありますと示してくれる内容のものとか、心理学の本とか。僕は心理学って文系の学問だと思って専攻しましたが、実はめちゃくちゃ統計学なんですよね。あの理屈っぽさは理系のところがあると思う。そうした本が好きです。
僕はノンフィクションを読んで「打ちのめされました」「感動しました」ということに抵抗があるんです。難病になった人の話を読んで"感動する"のって、ちょっと下品な気がするというか。亡くなった子供について「縄跳びが好きだった〇〇ちゃん」とか書いて煽っているのを読むと、そのエピソード要るのかなって思う。甲子園で肘がボロボロになるまで投げて優勝した人のノンフィクションを読むと、感動したとか言っている場合か、早く肘治してやれよ、と思う。
「お涙頂戴の小説はくだらない」という人がいるのも分かるし、その気持ちは否定しないけれど、僕はそうした話を小説で消費するのって健全だと思うんです。ノンフィクションで泣こうとしているよりは。

――読む本はどのように選んでいますか。

浅倉:最近は、まず話題のものを読もう、となりますね。比較的最近だと、宇佐見りんさんの『推し燃ゆ』、結城真一郎さんの『#真相をお話しします』、夕木春央さんの『方舟』とか。そういう本は、なぜ売れているのか分析的に読んでしまうんですけれど。知り合いの作家さんの本は応援する気持ちが強いから素直に楽しく読めます。織守きょうやさんとか、岩城裕明さんとか、藍内友紀さんとか、澤村伊智さんとか。
ただ、あまりに面白そうで読んだら打ちのめされるから怖くて読めない本ってあるんですよね。僕、結構、呉勝浩さんや小川哲さんの小説は買ったのに面白そうすぎて読めないんです。伊坂幸太郎さんみたいにデビュー前から読んでいた人なら気にせず読めるのに。この間仕事の合間を縫ってようやく『ホワイトラビット』を読んだんですけれど、「すげー楽しい!」と思いました。

  • 九度目の十八歳を迎えた君と (創元推理文庫)
  • 『九度目の十八歳を迎えた君と (創元推理文庫)』
    浅倉 秋成
    東京創元社
    814円(税込)
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  • ツァラトゥストラはこう言った (講談社学術文庫)
  • 『ツァラトゥストラはこう言った (講談社学術文庫)』
    フリードリヒ・ニーチェ,森 一郎
    講談社
    2,200円(税込)
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