その1「あまり小説が読めない子どもだった」 (1/8)
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――いつもいちばん古い読書の記憶からおうかがいしております。
金子:小学生の頃は漫画をよく読んでいました。あんまり小説を読めない子どもだったんですよ。江戸川乱歩の「怪人二十面相」シリーズや「ハリー・ポッター」シリーズが流行っていて、学校の図書室にもあったんですけれど。「ハリー・ポッター」は、映画は楽しく拝見しましたが、本は結構分厚く感じて読めませんでした。
青い鳥文庫のはやみねかおるさんの作品や松原秀行さんの「パスワード」シリーズは読めた気がしますが、小学生の時の読書の記憶というとそれくらいです。基本は「ジャンプ」や「サンデー」、低学年の頃は「コロコロコミック」を中心に、少年漫画を読んでいました。
――どんな漫画が好きだったんですか。
金子:「少年サンデー」で連載されていた『金色のガッシュ!!』がいちばん好きでした。魔界の子どもたちが人間界に派遣されて人間とパートナーを組み、魔界の王を目指して闘う話です。大人になってからも何回も読み返していて、そのたびに号泣しています。他には『NARUTO』とか『BLEACH』とか『ボボボーボ・ボーボボ』とか、当時の「ジャンプ」の有名どころですね。「サンデー」では『うえきの法則』もすごく好きでした。主人公の植木くんがゴミを木に変える能力(ちから)を持っていて、他にも手ぬぐいを鉄に変える能力とか、何かを何かに変える能力を持っている中学生たちがいて、バトルロワイアル方式で最後の一人になるまで戦いが続いていくんです。わりと能力バトル系の漫画が好きだったといえますね。
――では、ゲームもお好きだったのでは?
金子:好きでした。小さい頃は「ポケモン」や「星のカービィ」や「スマブラ」といった、任天堂系のゲームを友達とよくやっていました。もうちょっと年齢が上になってからは、「逆転裁判」や「レイトン教授」シリーズも好きでした。
――金子さんは神奈川県のご出身でしたっけ。
金子:はい。神奈川の横浜市に生まれて、10歳の時に川崎市に移るんですけれど、基本的には神奈川県で20歳くらいまで育っています。
――ごきょうだいとゲームをしたりとかは。
金子:私は一人っ子でして。友達はそこそこいたので、友達とゲームをしたり、漫画の話をしたりしていました。
――小学校に入る前に、絵本を読んだりした記憶はありますか。
金子:読み聞かせをしてもらった気はするんですけれど、この絵本を読んだ、という記憶がなくて。『はらぺこあおむし』とかは読んだ気がしますけれど、絵本が好きだったというほどの熱はなかった気がします。一般的な程度だったと思います。
――学校の国語の授業は好きでしたか。
金子:それが、そこまで好きじゃなかったんですよ。高校2年生の時に授業で太宰治をやるまでは、国語にすごく苦手意識がありました。テストでも全然点数がとれない科目だったんです。国語だけは、90点とれる時もあれば70点くらいの時もあって、平均点に届かないこともありました。
文章を読むのも書くのも苦手だという意識がずっとありました。読書感想文とかも一応真面目に書いていたんですけれど、褒められたことがなかったです。高校受験の時も、小論文については「文章が拙い」みたいに塾の先生から言われていました。高校時代に小説を書き始めるまでは、自分は文章が下手な人間だと思っていました。
――好きな科目は何だったんですか。
金子:数学や英語、社会は好きでした。結構まんべんなく好きだったんですけれど、国語はちょっと苦手、という感じです。勉強が好きだったので、自分でいうのもなんですけれど、基本的にわりと全部できたんです。でも国語だけがよく分からないなという感じでした。
――教科書や課題図書は、読んでもあまり響かなかったですか。
金子:あんまり響かなくて。教科書でいろいろ読んだ気はするんです。ヘルマン・ヘッセの「少年の日の思い出」とか。
――蝶の標本を盗んでしまう少年の話ですよね。
金子:そうですそうです。あれの、「そうかそうか、つまりきみはそんなやつだったんだな」みたいなフレーズがクラスで流行ったんです。ただ、自分が読者として小説と一対一で向き合って「これすごく面白いじゃん」となったものはなかったです。
――小中学生時代、小説や漫画以外、たとえば図鑑やノンフィクションで読んでいたものってありますか。
金子:それを言っていただいて思い出したんですけれど、私、小学生の頃に「昆虫博士になりたい」って言っていました。それで昆虫の図鑑とか、『ファーブル昆虫記』を小学生向けに読みやすくした本なんかは読んでいました。昆虫熱は小学校時代の前半で冷めたんですけれど、動物も好きだったので『シートン動物記』も読んだ記憶があります。
――今振り返って、どんな子どもだったと思いますか。大人しかったのか、それとも...。
金子:大人しくはなかったかもしれません。小学生の頃って運動ができないとあんまりはしゃげないんですよね。特に男子は足が速い子とかドッジボールが強い子とか、運動ができる子の声が大きくなる環境だったりする。でも私は、全然運動ができなかったので結構卑屈ではあったんですけれど、とにかく喋るのは好きでした。小学校の教室にカーストがあったのか分からないですけれど、地味な子たちの中で私はよく喋っているほうだったと思います。
――冗談とかギャグとか言う感じですか。
金子:冗談もギャグも言っていたと思います。人を笑わせたい気持ちは小学生の時からあったので、ちょけたり、テレビで見たお笑い芸人さんの真似をしたり。私が小学生の時って「エンタの神様」が全盛だったので、真似しやすい芸人さんのネタを真似をするといったはしゃぎ方をしていました。
――まわりと比べて人一倍お笑いが好きだったのでしょうか。
金子:好きなほうだったと思います。テレビっ子でした。バラエティー番組黄金期で、テレビにかじりついて「笑う犬」シリーズとか「はねるのトびら」とか「めちゃイケ」とか、「エンタの神様」とか「爆笑オンエアバトル」といった番組を見ていました。ユニットコント番組やネタ番組が大好きでした。