第270回:金子玲介さん

作家の読書道 第270回:金子玲介さん

今年5月、第65回メフィスト賞を受賞した『死んだ山田と教室』を刊行するや話題を集め、鮮烈なデビューを飾った金子玲介さん。8月には第2作『死んだ石井の大群』、11月には第3作『死んだ木村を上演』を刊行と勢いにのっている。そんな金子さん、実は長く純文学の新人賞に応募していたのだとか。ではその読書遍歴と、エンタメに転向した経緯とは?

その7「エンタメに転向してミステリを学ぶ」 (7/8)

  • ミステリーの書き方 (幻冬舎文庫)
  • 『ミステリーの書き方 (幻冬舎文庫)』
    日本推理作家協会
    幻冬舎
    1,012円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • 書きたい人のためのミステリ入門 (新潮新書)
  • 『書きたい人のためのミステリ入門 (新潮新書)』
    新井 久幸
    新潮社
    836円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • 江戸川乱歩全集 第27巻 続・幻影城 (光文社文庫)
  • 『江戸川乱歩全集 第27巻 続・幻影城 (光文社文庫)』
    江戸川 乱歩
    光文社
    1,047円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • 死んだ山田と教室
  • 『死んだ山田と教室』
    金子 玲介
    講談社
    1,980円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • 爪と目 (新潮文庫)
  • 『爪と目 (新潮文庫)』
    藤野 可織
    新潮社
    473円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • おはなしして子ちゃん
  • 『おはなしして子ちゃん』
    藤野 可織
    講談社
    2,146円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • ファイナルガール (角川文庫)
  • 『ファイナルガール (角川文庫)』
    藤野 可織
    KADOKAWA
    836円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS

――エンタメに転向しようと思い立ってミステリの勉強を始めたとのことですが、どういう勉強だったのですか。

金子:同じ書名になるんですけれど、日本推理作家協会が出している幻冬舎文庫の『ミステリーの書き方』や、アメリカ探偵作家クラブが出している講談社文庫の『ミステリーの書き方』、新潮社の編集者、新井久幸さんの『書きたい人のためのミステリ入門』を読んだりとか。江戸川乱歩の評論集『続・幻影城』の中に、「類別トリック集成」というのがあるんですよね。古今東西のトリックがまとめられているので、それを読んだりしました。
それと、これまで古典のミステリを読めていなかったので、アガサ・クリスティーとかを読むようにもなりました。新本格も読めていなかったので、綾辻行人さん、有栖川有栖さんも読んでみたらすごく面白くて。そういう勉強を1年くらいしてから、自分なりの長篇を初めて書いてメフィスト賞に応募したら、座談会(他の賞でいえば最終候補)に残していただけたので、これはいけるかも、と思いました。

――その時はどんなミステリを書かれたのですか。

金子:「クイーンと殺人とアリス」という、謎解きアイドルのオーディション合宿中に殺人事件が発生する孤島ミステリです。エンタメに転向するとなった時、純文をエンタメナイズドしたような小説を書いて、転向しました、と言うのはちょっと嫌だったんですよね。純文っぽいエンタメとか、エンタメっぽい純文ってあるじゃないですか。読者としてはそういうの大好きですし、そこを目指せばコストをかけずに転向できるかもとは思ったんですけれど、もう純文で落とされ続けて心が折れ切っているから、そういうものではなく、ガチガチのエンタメをやらないと立ち直れない気がしました。それで仕上げたのが450枚くらいの孤島ミステリだったんですが、書き上げた時に思ったのは、こういうものを何本も書くのはしんどいな、ということでした。
いろんなミステリを読んで面白かったし、自分で書きあげた時も達成感はあったんです。でも、もう少し人間寄りのものも書きたいなと思い、それで書いたのが『死んだ山田と教室』でした。結果的にこれでメフィスト賞をいただけたので、自分にはこれぐらいの塩梅がちょうどいいのかなと思いました。

――メフィスト賞に応募したのは、やはり舞城さんや佐藤さんの出身の賞だからですか。

金子:そうですね。エンタメに転向してみないかと言われてどの賞にするかは考えたんです。小説すばる新人賞や「小説 野性時代新人賞」だったら、文章に重きを置いたエンタメが通ったりするのかな、とか。でもやっぱり、舞城さんや佐藤さんに憧れていた高校時代を経ているので、メフィスト賞がとれたら最高だなって。一回メフィスト賞に本気でチャレンジしてみないと、私の高校時代が報われない気がしました。そうしたら拾っていただけたので、こんなに嬉しいことはないです。

――『死んだ山田と教室』は、クラスの人気者だった山田が交通事故で亡くなり、教室が沈痛な空気に包まれていると、山田の声がする。なんと彼は教室のスピーカーに転生していた――という話です。すばる文学賞に応募した「ファンファーレ」も、一人の少女が死んだ後、彼女に関係した人たちの会話で構成される内容だったそうですが、誰かが死んだ後というモチーフに、書きたいものがあるのですか。

金子:そうですね。高校生の頃に親しかった人が二十六歳で亡くなった、ということがあったりして。その人は高校生の頃よく「死にたい」って言っていたんです。でも、二十代になって、病気で亡くなったんですよ。あんなに死にたがっていた人が、結局自殺ではなく病気で亡くなってしまったということに、死にたさと生きたさの、なんともいえない感じを、ずっと引きずっていて。
他にも、自分と同世代でずっと大好きな「赤い公園」というバンドの津野米咲さんや、私が舞城さんを知るキッカケとなった漫画を描いた青山景さんが若くして亡くなったりしたんです。それと、ナカゴーという劇団を主宰していた鎌田順也さんが病気で亡くなってしまわれて。それまでいちばん好きな劇団を訊かれたらナカゴーと答えていたくらいなのに、もう鎌田さん演出の舞台は観られないと思ったら、うわーってなって。人って簡単に亡くなってしまうんだなって、人生の節々で感じてきました。
私も作家としてデビューさせていただけて、ずっと書き続けたいとは思うんですけれど、いつ交通事故や病気で死ぬか分かりませんよね。ちょっと死にたい、みたいな気持ちも分からなくはないし。なので生と死っていうのは、気づいたら考えているものではあったんです。デビュー後に、「死んだ」三部作という形で、自分が今思っている生と死というものを作品として残すことができたのは、とてもありがたいです。

――確かに「死んだ」三部作は、どれもエンタメ的な設定でありながら、だんだん生と死という深いテーマが見えてきますよね。それにしても、『死んだ山田と教室』では、山田が幽霊になって現れるのではなく、スピーカーになるという発想が本当に面白くて。

金子:ありがとうございます。そういう奇想的な部分は英米の短篇などの影響を受けている気がします。ああ、大事な作家の名前を挙げていませんでした。私、藤野可織さんが大好きなんです。『爪と目』がめちゃめちゃ面白かったし、『おはなしして子ちゃん』とか『ファイナルガール』とか『ドレス』といった短篇集も大好きです。藤野さんは英米っぽい奇想を書く方だと思うんです。とんでもないことが起こっているのに、それが自然に日常に溶け込んでいる書き方をされますよね。たぶん、その影響が『死んだ山田と教室』にもあります。
あと、古谷田奈月さんの「無限の玄」(『無限の玄/風下の朱』所収)も、人が何度も蘇る話で、ああいう、突飛な設定を日常に落とし込んだ形で展開する小説には影響を受けていると思います。

――「山田」の男子高校生たちのおバカなお喋りなど、金子さんの作品は会話が面白いんですが、それはやはり戯曲で会話を書いてきたからなんでしょうね。

金子: そうですね。現代口語演劇って、最終的にシリアスなところに着地するにしても、観客をくすっと笑わせる部分があるので、その影響が大きいと思います。
戯曲では、平田オリザさんが日本の現代口語演劇のひとつのシーンを築かれたと思うんです。もともと演劇ってセリフ回しが大げさだったんですよね。野田秀樹さんとかナイロン100℃とか大人計画とかの、小劇場ブーム全盛期の流れを引く演劇って、舞台ならではの、パッションがほとばしるような感じがあると思うんですけれど、平田オリザさんが日常的な静かな演劇を流行らせたんですよね。ひとつの家庭の食卓で交わされるリアルな会話がただただ続くだけなのに、なぜか観客が受け取るものがものすごく多い、というような演劇です。その影響下にあるような劇団が、サンプル、ままごと、ハイバイ、ロロあたりだと思います。ロロは作品によってはファンタジックな設定を織り交ぜたりするんですけれど、教室や廊下など校舎の一風景を切り取った〈いつ高〉シリーズがものすごく好きで。そうした現代口語演劇の文法というものを、私の小説でも参考にさせていただきたいという気持ちがあります。
それに、小説の中の会話はもっと面白くあるべきなんじゃないかとはずっと思っていました。私の性格によるのかもしれないですけれど、友達と喋っている時って小説の会話文よりももっと笑っているよな、と感じてきたので、自分が会話を書く時も、現実みたいに笑えるものを書きたいなというのがあります。

  • ドレス (河出文庫 ふ 18-2)
  • 『ドレス (河出文庫 ふ 18-2)』
    藤野 可織
    河出書房新社
    935円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • 無限の玄/風下の朱 (単行本)
  • 『無限の玄/風下の朱 (単行本)』
    古谷田 奈月
    筑摩書房
    1,525円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS

» その8「自作とデビュー後の読書」へ