第270回:金子玲介さん

作家の読書道 第270回:金子玲介さん

今年5月、第65回メフィスト賞を受賞した『死んだ山田と教室』を刊行するや話題を集め、鮮烈なデビューを飾った金子玲介さん。8月には第2作『死んだ石井の大群』、11月には第3作『死んだ木村を上演』を刊行と勢いにのっている。そんな金子さん、実は長く純文学の新人賞に応募していたのだとか。ではその読書遍歴と、エンタメに転向した経緯とは?

その8「自作とデビュー後の読書」 (8/8)

  • 死んだ山田と教室
  • 『死んだ山田と教室』
    金子 玲介
    講談社
    1,980円(税込)
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  • 死んだ石井の大群
  • 『死んだ石井の大群』
    金子 玲介
    講談社
    1,870円(税込)
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  • 死んだ木村を上演
  • 『死んだ木村を上演』
    金子 玲介
    講談社
    1,925円(税込)
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  • バトル・ロワイアル 上 幻冬舎文庫 た 18-1
  • 『バトル・ロワイアル 上 幻冬舎文庫 た 18-1』
    広春, 高見
    幻冬舎
    869円(税込)
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  • 神さまの言うとおり(1) (週刊少年マガジンコミックス)
  • 『神さまの言うとおり(1) (週刊少年マガジンコミックス)』
    金城宗幸,藤村緋二
    講談社
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  • 私は元気がありません
  • 『私は元気がありません』
    長井短
    朝日新聞出版
    1,760円(税込)
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  • ほどける骨折り球子
  • 『ほどける骨折り球子』
    長井 短
    河出書房新社
    1,870円(税込)
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  • 内緒にしといて
  • 『内緒にしといて』
    長井短
    晶文社
    1,760円(税込)
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――今年の5月に『死んだ山田と教室』、8月に『死んだ石井の大群』、11月に『死んだ木村を上演』と、ものすごい勢いで発表されていますね。

金子:メフィスト賞は近年、デビュー作の単行本の最後のページで次回作の予告を打っているんですよね。それで2作目を早めに仕上げなきゃという意識はあったんですけれど、なんとか3作目まで出せたので嬉しいです。けっこう頑張りました。
「山田」の受賞連絡をいただいたのが2023年の5月で、そこから2024年の5月刊行を目指して改稿するのと並行して、2冊目の予告が打てるように原稿を準備しましょうと言われたんです。それで最初に書いたのは、実は3冊目の「木村」のほうでした。そうしたら、「木村」は変則的なシチュエーションの青春劇というところが「山田」と近すぎるので3作目にしませんか、とご提案いただいて。「石井」のプロットはもう編集部に伝えてあったので、それを2作目にしましょうということになりました。

――『死んだ石井の大群』はデスゲームの話です。石井という名字を持つ人が333人集められ、何者かにデスゲームの開始を告げられる。並行して、その中の一人を捜そうとする探偵の話も進んでいく。確かに人がたくさん死にますが、これも最後まで読むと、ただただ人が死ぬだけの話ではないと分かる。

金子:せっかくエンタメ作家として世に出たからには、エンタメ全開みたいなものを書きたいと思いました。いずれ純文学みたいな作品も出させていただけたら嬉しいですけれど、少なくとも3年くらいはちゃんとエンタメ作家だと自信をもって言い張れるエンタメを書き続けないといけないと思ったんです。それでいろいろ考えた時、デスゲームって絶対に純文じゃないだろう、って(笑)。「イカゲーム」や『バトル・ロワイアル』、『神さまの言うとおり』が好きだったし、一回デスゲームものを書けば、「自分はエンタメ作家です」と名乗れるひとつの要素になると思いました。そこから、会話を多くしたいなと考え、何もない部屋で生き残りをかけた人たちが喋っている場面なんかが浮かびました。

――彼らはドッジボールや階段を使ったいくつかのゲームをさせられますが、そうしたゲームはどのように考えたのですか。

金子:作中でも言及していますが、「イカゲーム」や『神さまの言うとおり』のゲームも、昔の遊びを参考にしているんですよね。そもそもこの話は、斬新なゲームだと設定的におかしくなる。どこかで見たようなデスゲームでないといけないので、そこは、私の読書遍歴から自然と導き出されるものを書きました。「どこかで見たことのあるゲームを切り貼りしている」というご感想をいただくこともありますが、それはあえて意図したことです。

――3作目の『死んだ木村を上演』は、大学の演劇研究会の卒業生4人に脅迫状が届き、彼らはかつて合宿を行った温泉宿に集まります。過去、その宿で合宿中に、研究会のリーダー格だった木村が不審な死を遂げたんですよね。木村の死の真相を探るために、彼らは合宿時の出来事を芝居で再現していく。始めのカギカッコ(「)だけで続く文章があったりしますよね。誰かの声と声がかぶったことが分かる書き方ですね。

金子:木下古栗さんの小説に、閉じカギカッコだけが出てくる小説がたしかあったんです。地の文からスタートして、読んでいくと急に閉じカギカッコが出てきて、あ、これ誰かのセリフだったんだと分かる。あの逆がいけるんじゃないかなと思ったんです。
戯曲でも、セリフ被せの指示はよくあるんですよね。平田オリザさんの戯曲とかもそうなんですけれど、記号を使って、この台詞のはじめを食わせる、といった指示が書き込まれています。私は戯曲が好きでいろんな作品を読んでいるんですけれど、セリフ被せの指示をされている方はよくいます。だから小説でもやっていいじゃないかと思って。地の文で「誰々の言葉を遮った」とか書くであろうところに、戯曲的な手法を持ちこんでみようと思いました。最初のほうにちょっとずつ入れて、こういうルールだと分かってもらって、ラストの演出に気づいてもらおうという感じです。

――ああ、気づきました。

金子:純文の応募時代から、私の文章は演劇っぽい、ト書きっぽいと選評等でも指摘されてきました。良い意味で言ってくださる方もいますが、こんなの小説じゃない、というような、ネガティブなニュアンスのご感想もたまに目にするんです。自分ではそれは意識的にやっていることだったので、じゃあ一回、そうした文体を活かして、何かできないかなと考えながら書きました。

――3作品ともすごく面白くて、よく短期間で仕上げたなと思いました。

金子:ありがとうございます。2作目3作目を面白く読んでいただけるか、めちゃくちゃ不安だったんです。やっぱり13年間デビューできなかった人間なので、「山田」でメフィスト賞をいただけたけれど、その次も皆さんに面白く読んでいただけるクオリティのものがまた書けるのかという不安はすごくありました。でも「戦略として2作目3作目も早めに出しましょう」と言われたので、気合を入れました。どれも今年中に出せてよかったです。

――そのために会計事務所を辞められたとか。

金子:いったん辞めました。資格を持っているので、いつでもまた働けますし。やっぱりスタートダッシュが大事かなと思ったんです。最初のうちに、名前を知っていただくためにいっぱい本を出したくて、思い切って辞めました。ちょっと名前を知っていただけたら、少し速度を緩めてもいいかなと思っているんですけれど。

――最近はあまり読書する時間はないでしょうか。

金子:そうですね。でも、ちょこちょこは読んでいます。知り合いの作家さんの新刊なんかは読んでいるんですけれど、本屋さんにふらっと入ってジャケットを見て面白そうだなと思って買う、という余裕がなくなってしまって。そういう読書をまた取り戻したい気持ちがあります。

――最近面白かった本はありますか。

金子:純文学でいうと、長井短さんの小説。長井さんは俳優としてご活躍されているんですが、小説やエッセイも精力的に書かれていて。『私は元気がありません』『ほどける骨折り球子』という小説集や、『内緒にしといて』というエッセイ集を出されているんですけれど、文章に唯一無二の華があるというか。長井さんも舞城さん大好きらしいのですが、舞城さん文体のエッセンスを吸収したうえでオリジナリティ溢れる長井短さん文体を新たに構築されていて、すごいな、羨ましいな、と。あとは、児玉雨子さんの『##NANE##』。これは芥川賞候補にもなった作品ですが、文章の密度が異様に高くて、作中作の扱い方も絶妙で。芥川賞の選評では比喩がはまっていないんじゃないかという指摘もあったんですけれど、私は比喩がことごとく良いなと感じました。文節単位で定型を外そう、紋切り型を外そうという意識が行き届いていて、なのに可読性も高く、一文一文の練られ方が恐ろしいなと、同世代として驚嘆しました。
エンタメでいうと、メフィスト賞の先輩でもある潮谷験さんの『伯爵と三つの棺』。潮谷さんの第六作にあたる、フランス革命直後のヨーロッパの小国を舞台とした歴史ミステリなのですが、純粋な論理のみで犯人を導き出す過程が鮮やかで、最後の最後までどきどきしながら読み終えました。私は歴史モノに少し苦手意識があったのですが、その時代ならではの背景や小道具の説明が分かりやすく、くすっと笑えるような小ネタやテンポの良い情報開示にするすると手を引かれ、かじりつくように読みふけっていました。舞城さん、佐藤友哉さん、辻村深月さんといった大先輩はもちろんのこと、真下みことさん、五十嵐律人さん、潮谷さん、須藤古都離さんといった近年の先輩方も本当に面白い作品を次々と発表されていて、ものすごい賞をいただけたのだな、と震え上がっています。あと、関かおるさんの『みずもかえでも』。今年、「小説 野性時代新人賞」を受賞された作品です。主人公の繭生という女性が、落語の高座を撮る演芸写真家に憧れて見習いになるんですが、ある時、女性の落語家さんの高座を見て、あまりに情熱がほとばしっていて格好よくて、衝動的に無断で撮ってしまうんですよ。師匠から無断で写真を撮ってはいけないと言われていたのに。それでその仕事から逃げだして、ウェディングフォトの会社に勤めるんです。そうしたら数年後、その女性落語家さんの結婚式の写真を撮ることになって再会し、演芸写真への熱を取り戻していく。
関さんご自身は写真の仕事はしていなくて資料を集めて書いたらしいんですけど、演芸写真の仕事の様子もすごく面白かった。文章のリズムがひたすら心地よくて、いっさい緩みのない、ほとばしる熱みたいなものが全編に感じられるんです。結構たくさんキャラクターが出てくるんですけれど、どの人物もすこぶる魅力的で印象に残る。展開も見事で、ページをめくる手がずっと止まらなかったんですよね。関さんは今年デビューなので同期にあたるんですけれど、すごいな、困ったな、これは負けられないぞ、と思いました。

――戯曲もよく読まれるということで、好きな戯曲、おすすめの戯曲がありましたら教えてください。

金子:平田オリザさんの『東京ノート』がハヤカワ演劇文庫から出ているんですけれど、これははじめて読んだ時、戯曲という表現の面白さに度肝を抜かれました。平田オリザさんって、同時多発会話を書かれる方なんです。平田さん以前の演劇は、基本的に誰かが喋っている時は、他の人は喋っちゃいけなかったと思うんです。同時にセリフを言うと観客が聞き取れないから、ということで順番順番に喋っていたんですけれど、人って現実には同じタイミングで喋ることもあるし、7人くらいいたら、4人の会話と3人の会話に分かれたりするじゃないですか。平田さんはそれをそのまま提示しようという発想で書かれているんです。
『東京ノート』の戯曲は二段組になっているんですよね。上段と下段があって、会話が被っているところがあったりする。演奏記号みたいなもので「はけながら言う」とか「ここをかぶせる」みたいな指示もあって、楽譜のような美しさがあります。小津安二郎の「東京物語」が下地にあって、美術館のロビーで交わされる静かな会話を追うだけなんですけど、ほのかに浮かび上がる人間関係の切なさがどうしようもなく心を揺さぶってくるんです。筋書も形式的な美しさも堪能できるということで、あまり戯曲は読まないという方にぜひお薦めしたいです。

――今は執筆時間や1日のルーティンはどんな感じですか。

金子:「石井」と「木村」を書いた時は、朝9時くらいから書き始めて早くて夕方5時までやって、筆がのっていたら夜まで書いていたんですよね。今もできればそういう感じで書きたいんですけれど、ただ、「木村」と「石井」は、気合を入れて短距離走のペースで書いていたんですよ。あれをやり続けることはできないので、中距離走くらいのペースに落としたいです。書きたいテーマはいっぱいあるので、単純に体力の問題です。

――では、今後のご予定は。

金子:今、4作目をゆっくり書いています。次は「死んだ」シリーズから外れて、恋愛の連作短篇集にする予定です。恋愛というか、元カレ元カノが主題ですね。前々から、元恋人の存在って面白いと思っていたんです。昔の恋をずっと引きずっている人もいれば、もう終わったこととして割り切っている人もいるし、人生から抹消したい黒歴史だと感じている人、悪い別れ方をしてストーカー被害的な恐怖を味わう人もいる。かつてはお互いを一番大切にし合おうと了承を取った相手なのに、それが解消されるといろんな感情のグラデーションが生じるので、そこを書きたくて。「死んだ」三部作とはまた違った方法で、皆さまに「面白かった」と言っていただけるものが書けないかと、いろいろ模索しているところです。

(了)

  • ##NAME##
  • 『##NAME##』
    児玉雨子
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  • 伯爵と三つの棺
  • 『伯爵と三つの棺』
    潮谷 験
    講談社
    2,200円(税込)
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  • みずもかえでも
  • 『みずもかえでも』
    関 かおる
    KADOKAWA
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