第270回:金子玲介さん

作家の読書道 第270回:金子玲介さん

今年5月、第65回メフィスト賞を受賞した『死んだ山田と教室』を刊行するや話題を集め、鮮烈なデビューを飾った金子玲介さん。8月には第2作『死んだ石井の大群』、11月には第3作『死んだ木村を上演』を刊行と勢いにのっている。そんな金子さん、実は長く純文学の新人賞に応募していたのだとか。ではその読書遍歴と、エンタメに転向した経緯とは?

その5「演劇にもはまる」 (5/8)

  • 百年の孤独 (新潮文庫 カ 24-2)
  • 『百年の孤独 (新潮文庫 カ 24-2)』
    ガブリエル・ガルシア=マルケス
    新潮社
    2,680円(税込)
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  • マジック・フォー・ビギナーズ (ハヤカワepi文庫 リ 1-1)
  • 『マジック・フォー・ビギナーズ (ハヤカワepi文庫 リ 1-1)』
    ケリー・リンク,柴田 元幸
    早川書房
    1,100円(税込)
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  • 白猫、黒犬
  • 『白猫、黒犬』
    ケリー・リンク,金子 ゆき子
    集英社
    2,970円(税込)
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  • 死んだ木村を上演
  • 『死んだ木村を上演』
    金子 玲介
    講談社
    1,925円(税込)
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  • 腑抜けども、悲しみの愛を見せろ (講談社文庫 も 48-1)
  • 『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ (講談社文庫 も 48-1)』
    本谷 有希子
    講談社
    493円(税込)
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  • 生きてるだけで、愛。 (新潮文庫)
  • 『生きてるだけで、愛。 (新潮文庫)』
    有希子, 本谷
    新潮社
    440円(税込)
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  • あの子の考えることは変 (講談社文庫 も 48-3)
  • 『あの子の考えることは変 (講談社文庫 も 48-3)』
    本谷 有希子
    講談社
    471円(税込)
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  • ぬるい毒 (新潮文庫)
  • 『ぬるい毒 (新潮文庫)』
    本谷 有希子
    新潮社
    440円(税込)
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――高2で小説を書き始めたということでしたが、新人賞への応募も始めたのですか。

金子:そうですね。地方の文学賞など、短篇が応募できるところにはいろいろ送り始めました。ちょっと長めの小説が書けるようになってからは、ダ・ヴィンチ文学賞や文藝賞などにも送りました。ただ、一切予選を通過しなかったんです。自分は小説を書くのは好きだけどプロの作家になる才能はないと思いました。それで、大学に入るちょっと前から公認会計士の資格の学校に通い始めていました。

――最初のうちは純文学系もエンタメ系もいろいろ書かれていたわけですね。

金子:そうですね。ジャンルよりも、とりあえず規定枚数が30枚の賞とかを選んでいました。あまりジャンルにこだわらず送っていたんですけれど、大学1年の時に群像新人文学賞で最終のひとつ前までいったことで、自分は純文学の人間なのかなと勘違いしてドツボにはまります。純文ばかり書くようになって、そこから7,8年の苦労が待っているんです(笑)。

――高校時代から公認会計士になろうと思ったのはどうしてだったんですか。

金子:私が高校2、3年だった2010年とか11年の頃って、ニュースで就職氷河期のことがずっと言われていたんですね。私はメンタルがそんなに強くないという自己認識があって、就活に耐えられる気がしなかったんです。これは大学生になるのが怖いな、どうしようかなと思って、なにか資格を取れば就活しなくてすむと考えたんですよ。
私の父が、公認会計士なんです。自分で事務所を持っているのではなく、大きな会計事務所に勤務していました。資格もいろいろあるなかで、会計士なら勉強を頑張れば在学中に資格が取れると言われて、じゃあ目指そう、と。就職氷河期への恐怖から会計士の勉強を始めました。

――在学中に合格されたのですか。

金子:大学3年の時に。周囲でも在学中に会計士資格を取っていた人は多かったですね。付属上がりの学生って、大学受験をしていないから、大学に入学した段階で勉強の余力があるというか。1年生の時から資格の勉強を始める友達もそれなりにいたので、私もそこに乗っかりました。

――学部はどちらですか。文学部に行こうとは思いませんでしたか。

金子:商学部です。高校から大学に上がる時に、小説が好きだったから文学部か商学部か最後まで迷ったんです。でも、資格の学校の先生に相談したら、「商学部なら会計士の勉強と授業の勉強が被るから、試験勉強も楽だし、余った時間で小説を書けるよ」と言われたんです。「なんなら文学部の授業は潜れるから」って。それと、資格の学校が日吉にあったんです。慶應は文学部の学生は1年目は日吉ですが、2年からキャンパスが三田になるんですね。商学部だと2年まで日吉なので、資格の学校に通うのも楽だったんです。それで商学部を選んで、文学部の授業に潜りまくりました。3年になって三田に通うようになってからですが、文学や演劇の授業にめっちゃ潜っていました。

――大学生時代も、新人賞への投稿を続けていたのですか。

金子:大学1年生の時に群像新人文学賞に応募したんです。メタ構造がウロボロス状になっていく、太宰治の「猿面冠者」や舞城さんの諸作品を自分なりに換骨奪胎させたような実験小説でした。結果が出たのは2年生の春で、それがはじめて二次を通過したんです。当時は一次、二次、最終という選考過程だったので、最終のひとつ前までいったということで、結構自信になりました。ただ、そこから会計士の試験勉強が忙しくなり、1年くらい書けない時期がありました。

――演劇がお好きだそうですが、きっかけは何かあったのですか。

金子:私は高校生の時に合唱部だったんですが、ひとつ上の先輩に演劇好きの人がいて、自分たちの定期演奏会の音楽劇をその人の脚本でやったりしていたんです。その先輩に、高校生は学割もあって安いからということで、演劇に連れていってもらって、演劇って面白いなと思っていました。それと並行して、舞城王太郎さんや佐藤友哉さんきっかけで現代文学を漁っていた時に、劇作家が書いた小説に多く行き当たったんですよ。2011年から2012年くらいの時期って、岡田利規さん、前田司郎さん、本谷有希子さん、戌井昭人さんといった、劇作家で純文学を書いて注目される方がたくさんいたんです。そうした方たちの小説や戯曲を読んだら面白くて、その方たちの演劇も観るようになりました。

――劇場に通っていたんですか。

金子:東京芸術劇場のシアターイーストとか、神奈川芸術劇場、こまばアゴラ劇場、王子小劇場、下北の各小劇場などに通っていましたね。ロロ、ハイバイ、ままごと、サンプル、範宙遊泳、ナカゴーあたりが特に好きで。

――ご自身で脚本を書こうとか、演劇に携わりたいとは思いませんでしたか。

金子:思っていたんですよ。一応、高校3年生のとき、合唱部の定期演奏会で音楽劇の脚本を担当したこともあって。大学で演劇サークルに入ってもよかったんですけれど、とにかく小説を書きたいというのと会計士の試験に受かりたいというのがあって、文芸サークルに所属しながらダブルスクールするのでキャパがいっぱいになり、演劇サークルに入る余裕はなくて。ただ、小説を書く合間に、上演のあてがないまま戯曲は書いていました。最初は、コントくらいのサイズの戯曲を趣味で書いていたんですけれど、私が大学3年生の時に北海道戯曲賞の第1回の募集があって、そこではじめて1時間以上の尺の戯曲を書いて送りました。一次も通らなかったんですけれど、自分ではすごく面白い脚本だと思ったし、デビュー前の町屋良平さんに「戯曲を書いたので読んでください」とお願いして読んでもらったら「すごく面白い」と言ってもらって、このままボツにするのはもったいない気がして。それで、その戯曲を小説に書き換えたんです。それを文藝賞に送ったら、はじめて最終候補まで残りました。

――どういう話だったのですか。

金子:北海道戯曲賞だから北海道の話がいいかと思いました。北海道の大学の河童研究会を舞台にした群像劇です。河童研究会といっても一応、オカルトを幅広く取り扱うサークルという設定で、男女5人の大学生が出てきて、姉が殺人犯なんだよね、とか仲良くもないのにいきなり打ち明けてくるやつがいたり、誰が本当のことを言っているかずっと分からない、みたいな。もともと戯曲なので、描写を足していって正攻法で小説に書き換えてもつまらないんじゃないかと思い、いっそト書きの書法をまんま活かすことにして、心理描写の一切ない、200枚くらいの中編にして文藝賞に送ったら最終に残りました。結局落ちてしまったんですけれど、小説家としてデビューできる道もあるのかなと、そこから具体的に考え始めた感じです。
最終選考では、保坂和志さんだけがめちゃめちゃ褒めてくださったんです。これは小説なのかコントなのか演劇なのか分からないけれど、既存の小説でないことだけは確かだ、みたいな論調でした。他の選考委員の方は、小説としては弱い、という雰囲気でした。その時に受賞されたのが、山下絋加さんと畠山丑雄さんです。それが2015年、私が大学4年生の夏ですね。

――大学時代の読書で印象に残っているものは。

金子:大学に入学してすぐ文芸サークルに入ったんです。そこの先輩たちに海外文学をまともに読んだことがないと言ったら、いろいろ教えてくれました。
ガルシア=マルケスの『百年の孤独』に衝撃を受けたり、ボルヘスやプイグといったラテンアメリカ文学を読んで面白いなと思ったり、英米の奇想の短篇集を読んだりして。そのなかで一番はまったのが、『マジック・フォー・ビギナーズ』のケリー・リンクですね。語りの魔力があるというか、惹きつけて離さないものがありますよね。
ケリー・リンクはサークルの先輩ではなく大滝瓶太さんから薦められたんです。大滝さんとも、当時から作家志望者のネットのコミュニティで交流があったので。

――ケリー・リンクはこの記事が出る頃には、『白猫、黒犬』という新刊も出ていますよね。

金子:そうなんですよ。新刊が出ると聞いて、超嬉しいなと思ったんですよね。絶対に買わなきゃと思っています。

――劇作家の方が書かれた小説で好きだったものはありますか。

金子:本谷有希子さんが特に大好きです。私の3作目の『死んだ木村を上演』は本谷さんの深い影響のもとに成り立っている小説だと思います。
本谷さんはもともと演劇をやられていて、そこから小説を書き始めた方ですけれど、初期の小説作品には演劇そのものの熱量を感じるというか。舞台で、気持ちがほとばしったままに人と人が言葉を闘わせ合うような、とんでもない熱量のダイアローグを展開させてきた方で、初期の小説にはその感じがものすごく活きているんですよね。あの火花が散るダイアローグを読書体験として摂取できることがすごく面白くて、新鮮で、大好きなんです。『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』とか『生きてるだけで、愛。』とか『あの子の考えることは変』とか『ぬるい毒』とか。
もうどうなってもいいから全部言ってしまおう、相手を傷つけてもいいし自分も傷ついてもいいから、思ったこと全部吐き出そうみたいな、本谷さんの作品にある熱を、私も『死んだ木村を上演』で書いてみたいと思いました。

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