
作家の読書道 第271回:坂崎かおるさん
2020年に短篇「リモート」で第1回かぐやSFコンテスト審査員特別賞を受賞後、数々の公募賞で受賞・入賞。2024年には短篇「ベルを鳴らして」が第77回日本推理作家協会賞短編部門受賞、『海岸通り』で芥川賞ノミネートと、小説のジャンルを越えて高評価され注目される坂崎かおるさん。実に多彩な作品を発表しているこの書き手は、どんな本を読んできたのか? 読書遍歴と執筆遍歴について、お話をおうかがいしました。
その1「作家読みをする子供だった」 (1/8)
――いつもいちばん古い読書の記憶からおうかがいしています。
坂崎:正確にはいちばん古い読書ではないのですが、そう訊かれて最初に思い出すのは『シートン動物記』です。家に子供向けの伝記などのシリーズがあって、そのなかに『シートン動物記』もあったんです。子供の頃はそれを繰り返し読んでいました。『シートン動物記』って、基本的に悲劇的なんですよね。「オオカミ王ロボ」なんて、連れ合いのために戻ってきて、殺されてしまうという結末ですよね。そういうものに惹かれるところがありました。読んだのは小学校の低学年ですが、『シートン動物記』だけはその後もずっと、実家を出るまで自分の本棚に置いていた記憶があります。
――小学校に上がる前に絵本を読んだ記憶はありますか。
坂崎:うちの両親はともに本が好きだったので、小さい頃も結構読んでもらっていたんじゃないかと思うんですが、あまり憶えていないんです。
母が毎週、図書館から本を限度冊いっぱいに借りてきてくれたんです。一週間でそれを全部読み、母がまた新しい本を借りてくる、というのを繰り返していました。だから、一週間で10冊ほど読んでいたと思います。
ずっと本を読んでいる子供だったと思います。姉も本が好きで、家族みんなが本好きだったので、その影響があったのかなと思います。
――読む本は児童書からノンフィクションまでいろいろなジャンルを?
坂崎:小学校低学年の頃はやっぱり児童文学系が好きでした。寺村輝夫の『ぼくは王さま』シリーズとか、『ルドルフとイッパイアッテナ』シリーズといった、いわゆる日本の児童書の有名どころは結構読んでいた気がします。
学校の図書室も利用していましたが、市内の図書館のほうが蔵書がいいので、そちらをメインに利用していました。
――学校の国語の授業は好きでしたか。
坂崎:国語は好きだったと思います。特に音読が好きでした。2年生の時に音読が上手いということで友達に読んであげたのを憶えています。2年生くらいの子って、たいてい音読する時は大きな声で棒読みなんですよね。それを私は役者っぽくというか、抑揚をつけて読んでいる感じだったと思います。
――作文や読書感想文はどうでしたか。
坂崎:何かの賞を獲ったことはないんですけれど、作文はすごく好きで、よく書いていました。昔から書くのが好きな子供でした。
――授業以外でも何か書いたりとか?
坂崎:日記をつけていました。今でも取ってあるんですけれど、3年生くらいの夏休みなんかは毎日ちゃんとつけていて、今読み返すと面白いんですよ。水着視点の今日の一日、みたいなものを書いているんです。もしかしたら何かの本を読んでこういう書き方もあるんだと知って真似したのかもしれません。日記は高校生くらいになるまで、毎日ではないけれど、ちょこちょこ書いていました。
――今振り返ってみると、どんな子供だったと思いますか。活発だったのか、それとも...。
坂崎:すごく活発というわけではなかったです。ただ、怪我をよくする子でした。頭から落ちて何針も縫ったり、自転車のチェーンに巻き込まれて足を何針が縫ったり...。整形外科の先生に、「君は隣に住んだほうがいいね」と言われるくらいでした。なので読書も好きでしたが、外でもよく遊んでいました。
――ご出身って東京でしたっけ。
坂崎:そうです。静かな住宅街で、あまり特筆すべきところはない街です。図書館もすぐ近くにあったわけではないんですが、自転車で行けなくはない場所にありました。
――自分で図書館に通うようになってからは、どのように本を選んでいたのですか。
坂崎:私は作家読みができる子だったので、たとえば『ルドルフとイッパイアッテナ』を読んだら、斉藤洋さんが書く本って面白いんだと思って、斉藤さんの本をずっと読んでいました。『ぽっぺん先生』シリーズも好きだったので、シリーズを読み終えたら著者の舟崎克彦さんの他の本を読んでいったりしました。それは、図書館が児童書を著者名で分けて置いていたからできたことですね。児童書って図書館によってはタイトル順に置かれていることがありますが、そこは作家読みがしやすい図書館だったんです。
三田村信行さんも好きでした。『おとうさんがいっぱい』という本を小学生の間ずっと繰り返し読んでいました。イラストが佐々木マキさんで、ひとことで言うと怪奇幻想的な内容でした。表題作の「おとうさんがいっぱい」は、ある日家に帰ったらお父さんが増えていて、どのお父さんが本当のお父さんなのかと、お父さん同士が争って、結局主人公が適当にくじ引きで決めるんです。ラストには今度は子供が増える、つまり自分が増えるんですよね。選ぶ側から選ばれる側になるという逆転が起きるんです。他には、たとえば「僕は五階で」という話は、自分の部屋から出ようとすると、また自分の部屋に繋がっちゃって、抜け出せなくなるという話。結構後味の悪い話が多かったです。でも気持ち悪いとかおどろおどろしいという感じではなく、やや幻想的な処理で異界との繫がりが描かれる作品集だったと思います。それだけ好きなんだから買えばいいのに、なぜか買わずに図書館で何回も借りていました。
――怪奇っぽいものもお好きだったんですね。
坂崎:そうですね。もしかするとハッピーな児童書にはそこまで惹かれない子供だったかもしれません。「みんな仲良しでよかったね」という感じで終わる話は、ちょっと子供騙しぽく感じるというか。ひねくれた子供だったかもしれません。
作家読みの他に、テーマ縛りみたいな感じで読むこともありました。小学校高学年の頃に舟崎克彦さんの『ピカソ君の探偵帳』のシリーズを読んでから、ミステリっぽいものをずっと読んでいた時期がありました。ピカソ君はちょっと変わった主人公で、見た目は小学生なんだけれど本当は23歳で、病気を抱えて発作を止める注射を打っていて、ホームズを崇拝している人なんですよ。『ぽっぺん先生』も主人公が大学の助教授のおじさんで、いかにもおじさんっぽいぼやきをしていたし、舟崎克彦は児童文学児童文学していないものが得意な作家だったんだなと思います。
漫画の『名探偵コナン』も私が小学生の頃に連載がスタートして、アニメも始まっているんですよね。そういうこともあってミステリって面白いんだな、となったんだと思います。図書館で、それこそシャーロック・ホームズとか、アガサ・クリスティーとかを借りていました。それと、『こちらマガーク探偵団』のシリーズが好きでした。もう少し昔のものだと、ミステリとは言い難いのかもしれないけれど、アーサー・ランサムの『六人の探偵たち』も面白く読みました。
――作家読みとかテーマ読みとかができるなんて、計画的に行動するのが得意な子供だったのでしょうか。
坂崎:いえ、無計画なんです(笑)。ぱっと思いついたらそれだけをずっとやるという感じでした。
――読書日記はつけていましたか。
坂崎:当時も今もつけていません。何度か読書日記をつけようと試みた形跡はあるんですけれど、成功したことがなくて。まめな性格じゃないんです。本は読むけれど、読んだらすぐに次、次、次、という感じでした。
――読書以外で夢中になったことってありましたか。
坂崎:あんまり思い出せないですね。習字だけはずっと習っていましたけど。あとはガンダムのプラモデルくらいで、お小遣いはそれに消えていました(笑)。