
作家の読書道 第271回:坂崎かおるさん
2020年に短篇「リモート」で第1回かぐやSFコンテスト審査員特別賞を受賞後、数々の公募賞で受賞・入賞。2024年には短篇「ベルを鳴らして」が第77回日本推理作家協会賞短編部門受賞、『海岸通り』で芥川賞ノミネートと、小説のジャンルを越えて高評価され注目される坂崎かおるさん。実に多彩な作品を発表しているこの書き手は、どんな本を読んできたのか? 読書遍歴と執筆遍歴について、お話をおうかがいしました。
その4「大学時代の名作読書」 (4/8)
――中高一貫の学校に通い、大学は外に出たわけですか。
坂崎:はい。教育系の大学に行って、国語を専門にやりました。国語の教員になりたかったというよりも、文学が好きだったので国語を選んだんだと思います。
――では、大学生時代の読書生活はどんな感じだったのでしょう。
坂崎:大学時代もそれなりに読んではいたんですけれど、何を読んだかと訊かれるとぱっと出てこなくて...。ただ、言語学とか文化人類学とかの授業を選択したらすごく楽しくて、それ関係の本は結構読みました。柳田國男とか折口信夫とか。私は坂口安吾が卒論だったんですが、卒論もそういうものとちょっと絡めたものを書いたかなと思います。
――どんな卒論だったのですか。
坂崎:坂口安吾の『桜の森の満開の下』を象徴論的、文化人類学的な桜の意味合いを取り込みながら論じる、みたいな。たとえば「桜」の語源は「神様が座る場所」だということとか。そういう話が謎解きみたいで面白くて好きだったんですね。
言語学はソシュールとかも読みましたが難しいものは途中で断念しましたし、そんなに語れないですけれど、すごく好きではあります。
大学では文学研究などの研究の仕方を教えてくれたんですよね。それと、坂口安吾をやるとその前後の作家を俯瞰することになるので、どういう作家を読むといいのかとか、そのあたりの調べ方は大学の後半に学びました。「国文学」といった雑誌を借りてきて読んだりもしました。
――では、その頃に戦前・戦中・戦後くらいの作家もわりとあたったのですか。
坂崎:安吾を読み、太宰を読み...。「第三の新人」はそんなに読んでいないんですけれど、研究をする上で読まなければいけないものは読みました。遠藤周作は好きでよく読んだんですけれど、安岡章太郎や吉行淳之介はそこまではまらなかったです。
遠藤周作は、最初に読んだのがたぶん『深い河(ディープ・リバー)』でした。たしか家族に薦められたんだと思います。『沈黙』、『わたしが・棄てた・女』、『海と毒薬』とか『女の一生』といった有名どころは読みました。遠藤作品は結構読んだつもりなんですけれど、著作がものすごくあるので、そこまでは読めていないかもしれません。
――なぜ遠藤周作にはまったのでしょうか。
坂崎:読みやすさはあった気がします。当時の自分に合っていた、というのもある。それと、エンタメ寄りというか、そういう読み方ができるので、当時の自分には面白かったんじゃないかなと思います。あくまで当時の感覚なので、いま読み返したら全然違うかもしれません。
小島信夫も好きでしたね。『アメリカン・スクール』とか『抱擁家族』が好きでした。この人も何か、普通の話っぽいように思えて全然普通ではない話を書くというか。
この時期に読んだものは、趣味の読書というよりは、研究的な意味合いで読んだものが多かったです。現代文学を考える時に通らなきゃいけない道みたいな感じでした。高校生の時の読書に比べて読んだ本があまり記憶にないのは、そういうところがあったからかもしれません。でも、大学でよかったのは、いろんな先生がいて、いろんなものを紹介してもらえたことです
――他に、授業で取り上げられて面白かった作家や作品はありますか。
坂崎:たしか児童文学の先生だったと思いますが、授業で小川未明を取り上げたんです。取り上げた作品が「野ばら」で、以前読んだことはあったんですが、「あれ、こんな話だったっけ」と思って。誰も何も得ない話ですよね。結局、野ばらは枯れるし、青年はおそらく死んだし、老人は故郷に帰るし。でもあまりネガティブに感じない。現代的に言うとエモいって感じなんでしょうけれど、なにかこちらの琴線に触れる書き方をしていて、こんな作家だったのかと思いました。
――さきほど『ライ麦畑でつかまえて』をちゃんと読んだのは大学生の時だとおっしゃっていましたが。
坂崎:ああ、そうでした。たしか、村上春樹訳の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』が出て話題になった時期です。私は天邪鬼なので、元からあった訳書の『ライ麦畑でつかまえて』を読みました。
その頃は、あとはカフカを読んで面白いなって思っていました。最初に読んだのが『城』ですごく面白くて、次に『アメリカ』(現在は『失踪者』のタイトルで邦訳がある)で、『審判』を含めた孤独三部作がすごく面白くて。
カフカは考察しがいのある作家だと思うのでカフカ論みたいなものを読んだりもしました。また読みたいと思っているのに題名がどうしても思い出せないのが、『城』を数学的に見るって本ですね。
――カフカの『城』は、城に向かっているのに永遠にたどり着けない話じゃないですか。それを数学的に読むというのは、どういう...。
坂崎:たしか、無限の話とか、「アキレスと亀」みたいな話と絡めていたと思うんです。私は数学ができないのであまり理解できなかったんですけれど、すごく面白いなと思ったんですよね。でも、タイトルがどうしても分からなくて。
――ところで創作活動は続けていたのですか。
坂崎:高校生の頃は、中高生向けのなんとかコンクールみたいなところに応募して、賞をもらったことがあります。でもその程度でした。大学に入ってからもちょこちょこ書いていたんですけれど、大学生になるとさすがに周囲に読ませるのは恥ずかしいと思い、その頃は一人で黙々と書いていました。
公募にも送った記憶があります。ダ・ヴィンチ文学賞とか。でも思い返すと、とりあえず書けたのでどこかの賞に送るという感じでした。当時は何も分かっていなくて、五大文学賞も知らず、そういうところに送ったことはありませんでした。
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