
作家の読書道 第271回:坂崎かおるさん
2020年に短篇「リモート」で第1回かぐやSFコンテスト審査員特別賞を受賞後、数々の公募賞で受賞・入賞。2024年には短篇「ベルを鳴らして」が第77回日本推理作家協会賞短編部門受賞、『海岸通り』で芥川賞ノミネートと、小説のジャンルを越えて高評価され注目される坂崎かおるさん。実に多彩な作品を発表しているこの書き手は、どんな本を読んできたのか? 読書遍歴と執筆遍歴について、お話をおうかがいしました。
その3「いちばん本を読んだ高校時代」 (3/8)
――ちなみに部活は何をされていたのですか。
坂崎:高校は演劇部でした。演劇部がなかったので、演劇好きな子たちと集まって部活を立ち上げるというところからやりました。姉が演劇好きだったし、学校でも意外と周りに演劇好きの子たちがいたので。自分はそんなに演劇を観ていたわけではないんですけれど、小学生の時に音読が好きだったことの延長くらいの考えで参加しました。活動としては、1年目はそれほどでもなかったんですけれど、2年目に演劇に詳しい先生が顧問になってくれて、そこからすごく面白くなりました。成井豊さんのキャラメルボックスの高校演劇や、善人会議(現・扉座)の横内謙介さん脚本の「優しいと言えば、僕らはいつもわかりあえた。」という舞台がすごくいい脚本なんですが、そういうのを紹介してくれる先生だったんです。三島由紀夫の「近代能楽集」や野田秀樹さんの「贋作桜の森の満開の下」なども読みました。ただ、読書としては、演劇の脚本にはそこはまらなかったんです。なので脚本を読むのは高校演劇で止まってしまったので、もったいなかったかなと思います。
――高校時代、小説などは読まれていたわけですか。
坂崎:高校の時が一番 本を読んでいました。いわゆる世界文学全集みたいなものに載っている作家は全部読もうとしました。トルストイとかドストエフスキーとか、夏目漱石とか太宰治とか......。
ドストエフスキーは高校の時に一番はまって、全部読みました。最初は『罪と罰』だったのかな。背伸びをしたがる子だったので、難しそうなもの、長いものを読むことにステータスを感じるところがあったかもしれません。『罪と罰』を読んでこんなに面白い作家がいるのかと思って、『カラマーゾフの兄弟』とか『貧しき人びと』とか『白痴』とかを読んで...。いちばん好きだったのはなぜか『虐げられた人びと』ですね。やや短めということも含めて、私の中ではあれがいちばん読みやすかったです。主人公が狂言回しぽくてあまり話には関わってこないし、ドストエフスキーの中でも異質な作品であまり評価は高くないんですけれど、私はあの結末が結構好きです。友達にこれは読みやすいし面白いよ、と薦めたことも憶えています。
――ドストエフスキー以外の、今挙がった作家については。
坂崎:夏目漱石は高校の授業で『こころ』を読むんですが、その前から結構読んでいて、文章が読みやすくて好きでした。読んでいて引っかかりがないんですよね。会話形式の人間関係の書き方は漱石でほぼ完成されちゃって、それ以降の小説はそこの部分ではあまり進歩がないような気がしています。漱石は教養も段違いですし、今の作家は足元にも及ばない部分があるように感じます。
高校時代はそこまで思わなかったかもしれませんが、今だと漱石の小説は『明暗』がいちばん好きなんです。水村美苗さんが書かれた『続 明暗』はすごいなと思いました。漱石が生きていればああいう小説が書きたかったんだろうと思いました。
トルストイは『アンナ・カレーニナ』が好きでしたね。これも読みやすかった。なんか、読みやすいかそうでないかは自分の中で結構大きいかもしれません。『戦争と平和』はあまりピンとこなかったし『復活』は途中で挫折したけれど、『アンナ・カレーニナ』は素直に「これ面白いな」と思いました。
太宰治をはじめて読んだのは姉の本棚にあった『晩年』でした。それが面白かったので、高校時代にちくま文庫から出ている『太宰治全集』を「1」から全部読みました。すごく面白かったですね。太宰には「待つ」みたいな非常に短い作品もあれば、『斜陽』みたいな長めの作品もありますが、どれも面白かったです。崩壊を描くのがものすごく上手いなと思いました。大人になってから研究書を読んで「なんて奴だ」と思ったりもしましたが、やっぱり10代の頃に太宰を読めたのはよかったと思います。あの時期に読む意味のある作家ですよね。
――10代で読む、というお話で思い出しましたが、坂崎さんの短篇「イン・ザ・ヘブン」(『箱庭クロニクル』所収)にはサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』が出てきますよね。あれも10代で読むと刺さると言われている作品ですが、いつ読まれたのですか。
坂崎:『ライ麦畑でつかまえて』をちゃんと読んだのは、大学に入ってからなんですよ。それまではサリンジャーは全然、自分の中では引っかからなかった。高校の頃はロシアとかイギリスとか日本の文学を読んでいて、アメリカ文学はあまり読まなかったと思います。
――イギリス文学はどのあたりを?
坂崎:シェイクスピアが好きでした。『マクベス』や『ロミオとジュリエット』なんかはすごく好きでした。他には、オースティンの『高慢と偏見』とか、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』とか。あとはブロンテの『嵐が丘』ですね。あれは読んで「おおおおおっ」となりました。「イン・ザ・ヘブン」にも書きましたが、すごく衝撃を受けた記憶があります。なんかちょっと大舞台な感じのお話が好きかもしれません。
当時は別にロシア文学だとかイギリス文学だと意識して読んでいなかったですね。有名な題名の本から面白そうなものを選んでいただけだと思います。でも、読めないものは本当に読めなかった。よく分からなくてもとりあえず最後まで読むんですけれど、分からないまま終わったものも結構ありました。
アメリカ文学はあまり読まなかったと言いましたが、『風と共に去りぬ』は好きでした。あまりに好きだったので、時間が経ってから出た続篇の『スカーレット』も読みました。「広辞苑」くらいのサイズの本だったんですが、それをリュックに入れて、電車の中で広げて(笑)。あれはスカーレットが子供を産んで育てる話なんですよ。『風と共に去りぬ』とはまた違う話だなとは思いましたが、結構面白かったです。
あ、分厚い本で思い出しました。小学校の頃に『ソフィーの世界』が流行って、姉が寝る前に一章ずつ、難しい哲学のところは飛ばして、お話の部分だけ読んでくれました。それで著者のヨースタイン・ゴルデルを作家読みして、『カードミステリー』や『アドヴェント・カレンダー』といった他の作品も読みました。ゴルデルって児童文学作家としても面白い作品をいろいろ書いているのに、『ソフィーの世界』ばかりフィーチャーされている人ですよね。『カードミステリー』なんかはミステリー系であると同時に少年の成長譚みたいな感じですし、『鏡の中、神秘の国へ』は病気にかかった子供の名前に天使が現れる話で、すごく幻想的で、そこにちょっと哲学的な問いがある作品なんです。
そこから哲学のほうにも興味がわき、哲学系の本を読みたくなって、ずっと読んでいたのは池田晶子さんでした。
神戸の連続児童殺傷事件があった後で、少年犯罪のことや、「なぜ人を殺してはいけないのか」みたいなことが結構話題に上がっていた時期だったんです。広告で永井均さんと小泉義之さん共著の『なぜ人を殺してはいけないのか?』と言う本があると知って興味がわき、本屋に買いに行ったんですが、在庫がなかったんです。その時に、池田晶子さんの『さよならソクラテス』という本が目に留まったんですよね。ソクラテスが現代によみがえって対話するという内容なんですけれど、読んだらすごく面白くって。そこから池田さんの本はもちろん、ちょっと哲学よりの本も読もうと努力していた時期がありました。
なので、高校時代の自分の貸し出しカードにはキルケゴールとかヴィトゲンシュタインとかヘーゲルとかの本が書かれてあるんですが、全然内容を憶えていないので、途中で挫折したのかもしれません(笑)。唯一、プラトンは読めたんです。『ソクラテスの弁明』とか『国家』とかもそうですけれど、対話篇になっていて読みやすいこともあり、それは読めました。
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- 『なぜ人を殺してはいけないのか? (河出文庫)』
- 永井均,小泉義之
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