
作家の読書道 第271回:坂崎かおるさん
2020年に短篇「リモート」で第1回かぐやSFコンテスト審査員特別賞を受賞後、数々の公募賞で受賞・入賞。2024年には短篇「ベルを鳴らして」が第77回日本推理作家協会賞短編部門受賞、『海岸通り』で芥川賞ノミネートと、小説のジャンルを越えて高評価され注目される坂崎かおるさん。実に多彩な作品を発表しているこの書き手は、どんな本を読んできたのか? 読書遍歴と執筆遍歴について、お話をおうかがいしました。
その7「面白かったノンフィクション」 (7/8)
――坂崎さんはプロットを作らずに書くそうですが、ワンアイデアあれば短いものなら書ける感じですか。
坂崎:短いものは、何かアイデアがあって、それを膨らませていくパターンが多いので、そういう書き方が好きなんだと思います。たとえば「ニューヨークの魔女」(『嘘つき姫』所収)だったら「魔女」と「電気椅子」というように、ふたつのものを組み合わせて書くのも得意だと思います。
――「ニューヨークの魔女」は魔女裁判の話です。電気椅子のことや19世紀後半のニューヨークの魔女狩りのことなど、なにか文献にあたったのですか。
坂崎:私は、なにか面白いエピソードを読んでアイデアが浮かぶことが多いです。「ニューヨークの魔女」は、『処刑電流』という人文系の本がきっかけですね。当時の電気椅子処刑の様子や、エジソンとウェスティングハウス・エレクトリック・コーポレーションとの間にどんな争いがあったかのか、みたいな話が書かれていて、すごく面白くて。それで電気椅子系の話が書けるんじゃないかと思ったんです。私は調べることがすごく好きなんですが、電気椅子のことを調べるうちにニューヨーク州での魔女裁判の記述を英語のサイトで見つけたんです。だったら当時のニューヨークを舞台にして、電気椅子をそこに結び付けて書けそうだな、という感じで話を膨らませていったんだと思います。
――『処刑電流』はたまたま読んだのですか。
坂崎:たまたまだったかな...。なにか気になると結構調べるんです。たしかSNSで、昔の人は電線を怖がっていた、みたいな風刺画っぽいものを見かけたんです。19世紀の絵だったのかな。当時の人々にとって電線は見慣れないもので触ると感電すると思われていた、知らないものを怖がるのは今も昔も同じだよね、みたいな文脈で使われていたんです。ちょうどコロナの頃だったので、その文脈だったんだと思います。ただ、ちょっと変だなと思って、その絵がどういう由来で書かれのか気になって調べる途中で、その本に出合ったんです。結局そのイラスト自体は、当時は工事が適当なので、本当に垂れている電線に触れて感電しちゃう人がいたので、知らないものを怖がっている風刺画ではなかった。意図が逆に汲み取られていました。
そんなふうに、何か気になったら本とかで調べるのが好きなんです。
――「ベルを鳴らして」(『箱庭クロニクル』所収)も、トーマス・S・マラニーの『チャイニーズ・タイプライター 漢字と技術の近代史』というノンフィクションを読んだのがきっかけだったそうですね。
坂崎:これもたしかネットで見かけて読んだら、すごく面白かったんです。それで短篇を書いてみよう、となりました。
気になったことを調べるのは前からやっていましたが、小説を書くようになってからは何かが気になった時にあたる文献の幅を広げるようになったとは思います。やっぱり、すごく小説のアイデアのもとになります。そもそもノンフィクション系の本は非常に面白いですし。
――他に、最近読んで面白かったノンフィクションはありますか。
坂崎:いっぱいあります。カル・フリンという人の『人間がいなくなった後の自然』は、もともと人間が住んでいたけれど、戦争や公害や原発事故があって人が住めなくなった土地のことが書かれた本なんですね。面白いのが、人が住めなくなってその土地が死んでいくかというとそうでもなくて、環境に合わせた形で植物が変化したりする。でも語り口が冷静なので、「だから自然はすごい」という話にはならないんです。そういうなかでもいろんな問題があって、環境破壊と言われるものの別の側面を見せてくれる内容でした。
たとえはスコットランドのスウォナ島は、昔は人が住んで牛を牧畜していたんですが、何十年も放棄されて、牛同士が交配して野生の形に戻ってきている。それとは別に、牛を野生の牛に戻そうという団体が古くからあって、それはナチスの頃に純血主義の人たちにも利用されたようなんですが、そういう団体のことも絡んでくる。スウォナ島の野生に近い牛を本当の野生に牛に戻そうというプロジェクトもあったりして、それを著者は結構批判的に見ているんです。そういうところから、自然な状態って一体何なのかと考えさせられる内容で非常に面白かったですね。
多川精一さんの『戦争のグラフィズム』も面白かったです。これは自分が次に書こうと思っている小説にも関わる題材なんですけれど。昔あった「FRONT」という雑誌に携わっていた人が回顧録的に書いたものです。戦時中この雑誌には軍の後ろ盾があって、カラー印刷で超豪華に作ってあるんですよね。面白いのは、携わっているのはある意味リベラルな部分が多い人たちで、特高に目をつけられているような人もいるんです。でも雑誌の内容は右翼的なんです。写真も加工して、戦車が一台のところを十台にしたりするというアンビバレントな組織で、それが非常に面白かったですね。
マシュー・ホンゴルツ・ヘトリングの『リバタリアンが社会実験してみた町の話』も面白かった。自由主義のリバタリアンたちだけが集まるニューハンプシャーの町があって、そこにクマが現れるんだけれども駆除せずにいたら大変なことになる、という話です。