
作家の読書道 第271回:坂崎かおるさん
2020年に短篇「リモート」で第1回かぐやSFコンテスト審査員特別賞を受賞後、数々の公募賞で受賞・入賞。2024年には短篇「ベルを鳴らして」が第77回日本推理作家協会賞短編部門受賞、『海岸通り』で芥川賞ノミネートと、小説のジャンルを越えて高評価され注目される坂崎かおるさん。実に多彩な作品を発表しているこの書き手は、どんな本を読んできたのか? 読書遍歴と執筆遍歴について、お話をおうかがいしました。
その8「最近面白かった小説、自作について」 (8/8)
――フィクションでここ最近面白かったものはありますか。
坂崎:人に薦められて読んだ『夜の潜水艦』。中国の陳春成という作家の短篇集で、幻想的な作品集です。表題作は冒頭に〈一九六六年のある寒い夜、ボルヘスは汽船の甲板に立ち、〉...とあるように、1966年から始まって、最後は2166年までいくんです。短いなかで時代が一気に飛んでいくところが面白かった。いちばん好きだった「李茵(リ・イン)の湖」は、〈僕〉と李茵という名前の女性の話で、李茵が昔行ったという、湖のある公園の写真があって、この写真の場所はどこなのか探す、という話でした。どの話も、現実に即しながらやや幻想的に処理されていて、そこがすごくよかったです。マジックリアリズムといっていいのか分かりませんが、そんな雰囲気の短篇集です。
あとはやっぱり、ルシア・ベルリンはすごい作家ですよね。本当に素晴らしいと思います。自分が小説を書き始めてから読んだなかでは、ピカイチで影響を受けた作家です。『掃除婦のための手引き書』と『すべての月、すべての年』と、『楽園の夕べ』の3作品が出ていますよね。自分の経験に基づいた短篇を書く人ですが『掃除婦のための手引き書』はややフィクション的で、最新作の『楽園の夕べ』はもっと自分のことが強めに出ている印象でした。ただ、どれをとってもやっぱり文章に本当に無駄がなくて、がっちりつかまれます。それはもちろん、岸本佐知子さんの翻訳によるところも大きいと思います。読者を捕まえられるくらい一文一文が強い作家がいるというのは、素晴らしいなと思います。
あとは、滝口悠生さんの『水平線』も面白かったです。戦時の硫黄島の話と現代の話が分かちがたく書かれているんですよね。誰だったかが「分かりやすさから一番遠い小説で、分かりやすさとは違うところの価値で書かれている」と評していましたが、まさにその通りだなと思って。時代が自由自在に行き来するんですけれど、そこがなんというか、とても良くて。こんなふうに自由自在に書ける人はそんなにいないと思うし、これは素晴らしい小説だなと思います。
――別のお仕事をしながら執筆されているのに、どんどん作品を発表されていますよね。最初の短篇集『嘘つき姫』を出した時にはもう短篇もいっぱい溜まっていたと思うんですけれど、どれを収録するか、どのように選ばれたのですか。
坂崎:最初に出す作品集であるし、エンタメ的に読者にちょっと驚いてくれるもの、坂崎かおるはこんな作家なんだよ、というところを見せられるもの、ということで選んだかなと思います。編集さんと私で収録したいものの齟齬はあまりなかったですね。お互い考えていることは一緒だったと思います。
――確かに『嘘つき姫』はどれも舞台も切り口も読み味も異なっていて、「こんなになんでも書ける新人作家がいるのか!」と思いました。
坂崎:自分ではあまり手を変えてやろうとは思っていなくて。さきほど言ったように、『チャイニーズ・タイプライター』を読んで面白かったからこれで書こう、みたいな感じで、自分が興味あることがうまくマッチして書く場合が多いんです。そうすると、私はいろんなところに興味が散らばっちゃうタイプなので、結果的にいろんな舞台、いろんな切り口の話になるのかな、と思います。
――書く時にこれは幻想だとかミステリだとかSFだといったジャンルも意識されていないわけですよね。
坂崎:あんまり気にしていないですね。アイデアを思いついた時、たとえば「ニューヨークの魔女」だったら、魔女と電気椅子だからどうしてもSFかファンタジーよりになるだろうな、とは思いますし、「あーちゃんはかあいそうでかあいい」(『嘘つき姫』所収)だったら、SFにも何にもならないだろうとは思いながら書きましたが、最初から「SFを書こう」とか、そういう感じではないです。
――どの媒体から依頼されたものかで変わりますか。
坂崎:多少スパイスは変えます。たとえば「文學界」から依頼を受けて『海岸通り』を書いた時は、純文学の雑誌であることは少しは意識していました。だからといって筋やキャラクターを変えることはないんですが、文体とかはちょっと意識するかもしれないです。
――『海岸通り』は、どのような依頼だったのですか。
坂崎:「文學界」ではその前に、幻想短篇共作みたいな特集があった時に寄稿したんです。それを『水都眩光 幻想短篇アンソロジー』にまとめる時に、「長いものも書きませんか」という依頼を受けたんだったんじゃないかな...。
――『海岸通り』は海辺の老人ホーム「雲母園」で派遣の清掃員として働くクズミが主人公です。「雲母園」の庭にある偽のバス停で来ることのないバスを待つ入居者のサトウさんや、ウガンダ出身の同僚、マリアさんとの関わり合いが描かれていく。最初の発想はどこにあったのですか。
坂崎:以前、偽物のバス停がある老人ホームの話を30枚くらいの短篇で書いていたんです。それを何かの文学賞に送ったら一次にも通らなかったんですが、設定は悪くないんじゃないかと思っていました。それで書き直したのが『海岸通り』なんですが、偽のバス停と老人ホーム以外はまったく違う話になっています。
――それが今年、芥川賞の候補になって。今年はその前に、「ベルを鳴らして」で日本推理作家協会賞短編部門を受賞されましたね。
坂崎:芥川賞は自分から遠いものだと思っていたので意外でしたが、『海岸通り』は純文学の雑誌に載ったので、分かるといえば分かるんです。でも、「ベルを鳴らして」はなにひとつミステリだと考えずに書いたので、本当にびっくりしました(笑)。
――その「ベルを鳴らして」も収録されているのが最新短篇集『箱庭クロニクル』。こちらは書き下ろしもあるし、ある程度一冊の本にまとめることを想定しながら書いたのですか。どの短篇も女性二人組が出てくる話になっていますよね。
坂崎:「ベルを鳴らして」が「小説現代」に掲載されたのが去年で、その頃から作品集にできたらいいですね、みたいな話はしていたと思います。でも、そこまで意識していなくて、わりと好きに書いていったらこうなったという感じです。ただ、たしかに書き下ろしの二篇については編集部から「女性主人公で」という注文はあったかも。
――前に、『嘘つき姫』はコミットできない人たちの話で、『箱庭クロニクル』はいろんなことに参加して自分で決定を下していく人たちの話、という対比ができたように思うとおっしゃっていましたが、それも自然とそうなったのですか。
坂崎:『箱庭クロニクル』に入れた「イン・ザ・ヘブン」や「渦とコリオリ」などは「ベルを鳴らして」を送る前にはもう書いていたと思うので、その時点ではそこまで考えていなかったんです。でも、「あたたかくもやわらかくもないそれ」を書いたあたりから、中心になれない人たちの話を書くのもいいけれど、もうちょっと希望を書いていこう、みたいな感触が自分の中であったように思います。
『嘘つき姫』はある意味、狂言回し的な人たちが多い印象でしたが、もうちょっと主人公たちがいろんなことに参加していくと、彼女たちにとっていい世界...いい世界か分からないですけれど、少なくとも「うん、生きてもいいかな」という世界が見えてくるんじゃないかな、という感触を持ちながら書いていました。
――ご自身が読む側の時は、暗い結末や喪失が描かれる作品もお好きな印象ですが、書く側としてはまた違う思いがありますか。
坂崎:そうですね。たとえば児童文学では、小川未明のほかに安房直子も好きなんですけれど、安房直子も失われる物語を書きますよね。『きつねの窓』も結局染めた指を洗ってしまうし、「夕日の国」(『なくしてしまった魔法の時間』所収)でも女の子がどこかへ行ってしまうという喪失を描くんですけれど、でも喪失の書き方がすごくいいんですよね。ちょっとだけ希望が残るというか。
円があるとすると、円の半分を取られたはずなのに、ちょっと欠片が残っているみたいな感じというか。
――ああ、坂崎さんがお書きになっているのも、まさにそういう感じですよね。
坂崎:そうかもしれないですね。何かを失うことと何かを与えることはよく似ていて、失われて欠けた部分に別のものが入ってきたり、失われた部分が理想的にどこかに受け渡されたり、ということはよくあると思うので。もしかしたら自分は、喪失のどの部分を描くかに興味があるのかもしれません。なので、『嘘つき姫』の作品では喪失自体を書いたけれど、『箱庭クロニクル』に入れた作品では喪失を埋める部分にフォーカスしているのかなと思います。
――今お忙しいと思いますが、執筆時間はいつ確保していますか。
坂崎:基本的に朝書いています。夜10時に寝て朝4時に起きて、ばーっと書いてご飯を作って仕事に行くんですけれど、それがうまくいく時もあれば、うまくいかない時もあります(笑)。仕事がいろいろ重なった時は大変でした。
――やっぱり筆は速いですよね?「渦とコリオリ」は数時間で書き上げたと聞いていますし。
坂崎:速いと思っていたんですけれど、最近そうでもないのかなって思いつつ...。書き始めると速いんですけれど、それまでのアイドリングが長すぎると最近感じています。アイドリングというのは資料を読み込む時間とか、頭の中で話を成立させるまでの時間のことですね。
ただ、いつでもどこでも書けるのは結構強みだと思っています。作家の方で、1時間とか2時間以上の時間がとれないと書けないという人もいると思うんですけれど、私は10分くらいあればとりあえずそこで書けるだけ書いちゃうんです。
――今後のご予定は。
坂崎:今月出たアンソロジーの『メロディアス 異形コレクションLVⅢ』に一篇寄稿しました。監修の井上雅彦先生が「面白い」と言ってくれたので、面白いと思います(笑)。あとは、祥伝社の「小説NON」1月号から連載が始まります。それは連作短編に近い長篇になる予定です。修学旅行に行けなかった人たちが、修学旅行風の旅行の企画に応募して参加するんだけれどちょっと変な感じ......というのが一話目です。
はじめての連載です。最初は連載ではなく短篇を1本寄稿する予定だったんですが、「こういう企画を考えているんです」と話したら、面白いんじゃないかと言ってもらえて。
――どういう展開になるのか楽しみです。
坂崎:ちょっと予定通りにいかない気がしているので、私も楽しみです(笑)。
(了)