第276回:松浦理英子さん

作家の読書道 第276回:松浦理英子さん

大学在学中に「葬儀の日」で文學界新人賞を受賞しデビュー、寡作ながらも『親指Pの修業時代』で女流文学賞、『犬身』で読売文学賞、『最愛の子ども』で泉鏡花文学賞、『ヒカリ文集』で野間文芸賞を受賞など、毎作品が高く評価されている松浦理英子さん。深い洞察力で独自の作品世界を生み出す作家は、どんな作品を読み、なにを感じてきたのか。読書遍歴や自作についての思いなどおうかがいしました。

その2「物語を書き始める」 (2/7)

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――本の情報を共有するようなごきょうだいはいらっしゃったのですか。

松浦:二つ上に姉がいて、姉も読書好きだったので、親が買って来た本を二人で読んでいました。お互い漫画が好きだったので情報交換もしました。ただ、文字の本は小学生高学年くらいになるとお互い好みが食い違ってきたし、その頃にはもう私の方がマニアックな本好きになっていましたね。

――どんな漫画を読まれていたのですか。

松浦:その時々の人気漫画です。少年漫画のほうを熱心に読みました。藤子不二雄も赤塚不二夫もちばてつやも楳図かずおも好きでしたが、貝塚ひろしの将棋漫画『あばれ王将』なども忘れがたいです。少女漫画は小学生の頃は、お姫さまの話とか、自意識に悩む話とか、恋愛ものが多かったのであまり好みではなかったです。と言いつつ、それなりに読んではいます。西谷祥子の『レモンとサクランボ』や水野英子『ファイヤー!』の単行本は今も大事に持っていますし。中学生になる頃からは少女漫画も大好きになって、いわゆる24年組、大島弓子、山岸凉子、萩尾望都といった人たちの漫画を読んでいました。

――学校の国語の授業は好きでしたか。

松浦:好きという意識はなかったですが、苦痛でもありませんでした。ただ文章を書く宿題は好きだったかもしれない。最初に自分で書いた物語は、小学校1年生の時に「教科書に載っているこの話の続きを考えてみましょう」という宿題で書いたものです。先生としては教科書に載っている話をもとに、そこからどういうことが起こったかとか、登場人物たちがどういう気持ちになったのかを書いてほしかったんだと思うんです。私はそういうことも書いたけれど、まったく関係ない独自のストーリーを付け足して、嬉々としてノートに何ページも書いていました。先生も最初はすごく褒めてくれたんですけれど、だんだんうんざりしていったんじゃないでしょうか。

――どういう話だったのですか。

松浦:犬とか鶏とか、小動物が出てくる話でした。だから、私は本を読み始めた時期と書き始めた時期がそんなに離れていないんですよ。でも『つづり方兄妹―野上丹治・洋子・房雄作品集』という、作文が天才的に上手い三兄妹の本を読んで、自分はこれほど上手くはないなと思っていました。

――その後も、授業とは別に自分で物語を書いたりしていたのですか。

松浦:物語も書きましたし、漫画家にもなりたかったので、漫画的なものを描いていました。

――どんな話を書かれていたのでしょう。

松浦:あまりにもくだらないからあんまり言いたくないんですけれど...。たとえば、主人公が非常に小さくなって、周りの世界が巨大に見えてしまう話とか。でもそれは書き進めないまま終わった気がします。あとは、不良の男の子がみんなにのろまのろまと馬鹿にされている警官と友情を結ぶ話。最初は主人公もお巡りさんを馬鹿にしているんだけれど、お巡りさんの優しさに触れて友情を結ぶという。

――すごくよさそう...。

松浦:いやいや、よくないんです。うっかり人に話して馬鹿にされたことがあるんです。「なにそれ、やおい?」って。別にやおいではなかったんですけれど。

――漫画家になりたかったとのことですが、小説家は意識しなかったのですか。

松浦:いや、ずっと自分は小説家になるだろうなと思っていました。漫画とかほかのことは趣味のようなもので本質は小説家だと。デビュー作を書く頃には漫画では描けないような表現を小説でしようという意識もありました。そもそも漫画家は絵が上手くならなかったからなりようがなかったんですけど。

――振り返ってみて、どういう子どもだったと思いますか。大人しかったのか、それとも...。

松浦:愛媛県人はみんな大人しかったんですけれど、私はわりと活発なほうだったかな。幼稚園の時にいじめられていて、小学校に入ってもこのままではいじめられるから活発に振る舞おう、と思って。

――そう思って振る舞えるものなんですか。

松浦:もともと無邪気で明るい部分が自分の中にあるのにいじめられていただけだから、いじめがなくなれば活発に振る舞えたんです。でも本質は陰キャのオタクでした。

――その後はどんな本を読まれていたのでしょうか。

松浦:小学校の中学年くらいからはヘルマン・ヘッセなんかも読んでいましたね。なぜヘッセの小説はこんなに男性同士の距離が近いんだろうと思いつつ、楽しく受け入れていました。いちばん好きだったのは『デミアン』かな。あれは成長の過程で誰もが一度は通るタイプの本なので、あまり読み返すことはなかったんですけれど。
小学校高学年になると、SFも読みました。本格的なSFファンほどの愛し方はしていないと思いますが、わりとSFは好きでした。ハインラインの『大宇宙の少年』は講談社の世界文学の全集に入っていたものを読みましたね(『世界の名作図書館』第34巻)。親と本屋に行って本を買ってもらえることになって、「これがいい」って言ったんじゃなかったかな。これは中学になってからだと思いますが、スタニスワフ・レムの『泰平ヨンの航星日記』もハヤカワ・SF・シリーズの単行本で読みました。

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