第279回:櫻田智也さん

作家の読書道 第279回:櫻田智也さん

2013年に「サーチライトと誘蛾灯」で第10回ミステリーズ!新人賞を受賞しデビューした櫻田智也さん。昆虫好きのとぼけた青年、魞沢泉が活躍する連作集第二弾『蟬かえる』で第74回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)と第21本格ミステリ大賞を受賞、初長編となる警察小説『失われた貌』では手練れのような語り口と怒濤の伏線回収を披露。物語を読んでもピンとこない子どもだったという櫻田さんは、どんな作品に惹かれてきたのか。その読書遍歴や好きな作品への思いをたっぷり教えてもらいました。

その2「大人気シリーズを読み漁る」 (2/8)

  • 発信人は死者 (徳間文庫 に 1-131 十津川警部シリーズ)
  • 『発信人は死者 (徳間文庫 に 1-131 十津川警部シリーズ)』
    西村京太郎
    徳間書店
    781円(税込)
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  • 血ぞめの試走車 (集英社文庫)
  • 『血ぞめの試走車 (集英社文庫)』
    西村京太郎
    集英社
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  • 左文字進探偵事務所 ゼロ計画を阻止せよ (徳間文庫)
  • 『左文字進探偵事務所 ゼロ計画を阻止せよ (徳間文庫)』
    西村京太郎
    徳間書店
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  • 終着駅殺人事件: ミリオンセラー・シリーズ (光文社文庫 に 1-108)
  • 『終着駅殺人事件: ミリオンセラー・シリーズ (光文社文庫 に 1-108)』
    西村 京太郎
    光文社
    814円(税込)
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  • 本陣殺人事件 1
  • 『本陣殺人事件 1』
    横溝正史,長尾文子,長尾文子
    秋田書店
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  • 名探偵・金田一耕助シリーズ 悪魔が来りて笛を吹く (あすかコミックスDX)
  • 『名探偵・金田一耕助シリーズ 悪魔が来りて笛を吹く (あすかコミックスDX)』
    JET,横溝 正史
    KADOKAWA
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  • 殺人鬼 (角川文庫)
  • 『殺人鬼 (角川文庫)』
    横溝 正史
    KADOKAWA
    565円(税込)
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――中学は地元の中学に進まれたのですか。

櫻田:はい。函館の中学校に行っていました。

――文章を読むことに慣れてからは、読書にも変化がありましたか。

櫻田:そうですね。テレビ発ではありますけれど、当時2時間のサスペンスドラマが流行っていて、よく西村京太郎さんのトラベルミステリーを放送していたんですね。それをいつも見ていたところ、祖父母の家に西村京太郎と横溝正史の文庫本が大量にあることに気づいたんですよ。へえと思って西村京太郎さんの文庫本を読み始めたのが、たしか中学時代でした。だから、いちばん最初に読んだ推理小説というと西村京太郎さんだと思います。十津川警部がドラマとは全然違うのでびっくりした記憶があります。ただ、祖父母の家にはトラベルミステリー以前の初期の作品や、左文字進という探偵のシリーズのほうが多くて、僕は最初にそっちのほうにはまりました。タイトルもちょっと格好いいというか。『発信人は死者』とか『血ぞめの試走車』とか。他にも『華麗なる誘拐』とか『ゼロ計画を阻止せよ』といった、今でいうと劇場版「相棒」みたいなスケール感の小説がありました。推理小説としても普通の小説としても面白く読んだのは西村さんが最初じゃないかなと思うんですね。
もちろんトラベルミステリーも結構な冊数を読んで、いまだに僕の中で好きなミステリーというと十津川警部ものが浮かびます。「終着駅」と書いて「ターミナル」と読ませる『終着駅殺人事件』という、寝台特急に乗った同級生たちが一人、また一人と殺されていく話があるんです。僕はその頃、ミステリーというのは犯人が分かってトリックが分かったらおしまい、というふうに思っていたんですけれど、この『終着駅殺人事件』はその先に、なんでこんな事件を起こしたのかという、いわゆる動機の謎があって。そういうタイプのものを読んだのがはじめてで、すごくびっくりしたんです。それがまた切ない動機で、読んだ後にしばし呆然としちゃって。だから西村さんの中で一冊選ぶとすると、この『終着駅殺人事件』になりますね。
西村さんから派生して、内田康夫さんもよく読みました。家の中で回し読みするくらいだったので、たぶん読んだ冊数ではいまだに内田さんがいちばん多いんじゃないかという気がします。ミステリーを読むというより、とにかく浅見光彦見たさに読んでいる感じでした。

――祖父母のおうちにあった横溝正史も読まれたのですか。

櫻田:当時読みましたが、その頃はまだ、横溝の長篇の面白さがよく分からなくて。たぶん、僕が西村京太郎的なものを期待して読んだからだと思います。『本陣殺人事件』や『悪魔が来りて笛を吹く』なんかを読みましたが、あまりピンときませんでした。横溝は短篇集のほうが好きでした。「百日紅の下にて」という短篇がすごく好きでしたね(角川文庫『殺人鬼』などに収録)。横溝は短篇のほうが面白いなという印象は大学時代まで続きました。中学時代に『獄門島』を読んでいたら、また印象が違ったと思うんですけれど。

――ミステリー以外は読みましたか。

櫻田:高校生になってから、清水義範さんをよく読みました。高校に受かったらパソコンを買ってくれと親に言っていて、受かったので富士通のFM TOWNSという機種を買ってもらったんです。それで「Oh!FM TOWNS」などのパソコン雑誌を読むようになったのですが、そのどれかの雑誌に、清水義範さんと弟さんが交代で書くエッセイの連載があったんです。弟さんは作家ではないと思うんですけれど、僕は最初に弟さんのエッセイを読んで、すごく面白いと思って連載を読むようになりました。その後お兄さんの清水義範さんが作家だと知り、この人の書いたものを読んでみたいなと思い『永遠のジャック&ベティ』という短篇集を買って読んだんです。それで僕、はじめて文字を読んで大笑いするという経験をして。もう大好きになって、清水義範さんの小説を買い集めました。
たぶん同じ頃に、中島らもさんの『超老伝-カポエラをする人』を読んだんです。中島らもさんに興味があったというよりは、なぜかその頃、カポエラという格闘技に興味を持ったんですね。カポエラってなんだろうと思っていた時にこのタイトルの本を見つけて手に取って読んだら、これがまた面白くて、清水義範さんに続いて小説で爆笑するという経験をして。それで中島らもさんの本もがーっと買い集めました。当時読んだのはエッセイが主でした。僕の高校時代の読書は、推理小説というよりは、清水義範さんと中島らもさんの本でした。

――中高生時代、部活やバンド活動など、なにか打ち込んだり夢中になったりしたものってありましたか。

櫻田:中学校では、全然素人だったんですけれど剣道部に入りました。なにか部活に入らなきゃいけないけれど毎日はしんどいなと思って、週3しか練習がなかった剣道部にしたんです。僕は勉強でもなんでも、最初は嫌だなと思ってもやり始めると好きになっちゃうタイプなので、下手なりに真剣にやっていました。家に帰ってきたあとも素振りをしたりして。
高校に入ってからは、ずっと音楽をやりたかったんですけれど、ついぞやりませんでした。当時トレンディドラマが流行っていて、「ひとつ屋根の下」というドラマの主題歌が財津和夫さんの「サボテンの花」だったんです。それを聴いてからは財津さんのバンド、チューリップ一筋の音楽人生、みたいな。今でもずっとチューリップが好きです。
それでバンドをやってみたいと思うようになりました。大学に進学して寮に入ると楽器をやってる人たちがいたんですけれど、そういうところで「僕もやりたい」とは言い出せなくて、一人で埼玉の浦和から週一回、銀座の山野楽器に通ってピアノのレッスンを受ける、ということを数年やってました。大学には管弦楽や吹奏楽の人が練習できるように開放された場所があって、そこのピアノが自由に弾けたので、夜な夜な大学に出掛けていっては次のレッスンのための練習をしていました。でもついぞ、バンドというものをやることはなく終わってしまいました。

――チューリップにそこまで惹かれたのは、どうしてだったのでしょう。

櫻田:チューリップの音楽の世界観が、僕がものを書く上の最初の土台になっている気がします。詞がどうとかいうことではなくて、たとえば、大ヒットした「心の旅」は明るいメロディーなんですけれど別れの歌ですし、「青春の影」は哀切なメロディーのバラードだけれど、男女が結ばれる歌だったりする。悲しいものを悲しいまま歌わない、みたいなところがすごく格好いいなと思ったんです。僕はわりと自分の小説でもそれを狙っているというか。つらいものをつらいフォーマットで届けたくない気持ちがあります。悲しいものものを悲しいままで届けたくないから、ちょっとは明るいメロディーにのせたいなっていう。

――ああ、櫻田さんの魞沢のシリーズは、ユーモアを交えながらも最後切なさが迫って来る短篇が多いですよね。

櫻田:財津和夫さんを聴いた時に格好いいなと思ったことを、自分も小説で出せたらいいなという気持ちがあるんです。

  • 獄門島 (角川文庫)
  • 『獄門島 (角川文庫)』
    横溝 正史
    角川書店(角川グループパブリッシング)
    616円(税込)
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