第279回:櫻田智也さん

作家の読書道 第279回:櫻田智也さん

2013年に「サーチライトと誘蛾灯」で第10回ミステリーズ!新人賞を受賞しデビューした櫻田智也さん。昆虫好きのとぼけた青年、魞沢泉が活躍する連作集第二弾『蟬かえる』で第74回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)と第21本格ミステリ大賞を受賞、初長編となる警察小説『失われた貌』では手練れのような語り口と怒濤の伏線回収を披露。物語を読んでもピンとこない子どもだったという櫻田さんは、どんな作品に惹かれてきたのか。その読書遍歴や好きな作品への思いをたっぷり教えてもらいました。

その5「自分にとっての二大巨頭作家」 (5/8)

  • 文庫版 絡新婦の理 (講談社文庫 き 39-5)
  • 『文庫版 絡新婦の理 (講談社文庫 き 39-5)』
    京極 夏彦
    講談社
    1,870円(税込)
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  • 文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫 き 39-1)
  • 『文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫 き 39-1)』
    京極 夏彦
    講談社
    1,012円(税込)
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  • 哲学者の密室 (創元推理文庫)
  • 『哲学者の密室 (創元推理文庫)』
    笠井 潔
    東京創元社
    1,980円(税込)
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  • バイバイ、エンジェル (創元推理文庫) (創元推理文庫 M か 2-1)
  • 『バイバイ、エンジェル (創元推理文庫) (創元推理文庫 M か 2-1)』
    笠井潔
    東京創元社
    880円(税込)
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  • サマー・アポカリプス (創元推理文庫)
  • 『サマー・アポカリプス (創元推理文庫)』
    笠井 潔
    東京創元社
    1,210円(税込)
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  • 薔薇の女 (創元推理文庫)
  • 『薔薇の女 (創元推理文庫)』
    笠井 潔
    東京創元社
    946円(税込)
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  • 黒死館殺人事件 (河出文庫 お 18-1)
  • 『黒死館殺人事件 (河出文庫 お 18-1)』
    小栗 虫太郎
    河出書房新社
    650円(税込)
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――国内ものは講談社文庫が多かったのですか。

櫻田:途中で、講談社ノベルスというものがあるぞと気づいたんですよね。大学の生協に京極夏彦さんの『絡新婦の理』が入荷したんですよ。なんかやたら分厚い本が入荷したなと思って。それが講談社ノベルスで、どうやら新本格の一派ぽいなと思い、例によって順番にこだわらないタイプなので買って読んだらこれは面白い、となって。それで遡ってシリーズ第一弾の『姑獲鳥の夏』から読んで、自分は結構分厚い本も読めるなと思って。
それで、今度は笠井潔さんの『哲学者の密室』を読んだんです。とんでもなく分厚い本があるじゃないかと思い、またシリーズの順番を無視して読んだら面白くて。その後、創元推理文庫で初期の『バイバイ、エンジェル』、『サマー・アポカリプス』、『薔薇の女』が徐々に復刊されたので、それらも読みました。
あとは分厚い本でいうと、誰もが通る『黒死館殺人事件』、『ドグラ・マグラ』、『虚無への供物』、『匣の中の失楽』も、「分厚い本?よこしない」という感じで(笑)、読み漁っていました。
あとは、平石貴樹さん。『笑ってジグソー、殺してパズル』とか、『だれもがポオを愛していた』などが創元推理文庫で復刊されていたので結構読みました。たしか新本格の作家たちが、影響を受けた作品として言及していたからだと思います。笠井さんや平石さんといった、日本の新本格以前の作家さんが書くロジカルな推理小説を経たことで、手がかりのばらまき方とか、ロジックの組み立て方といった古典的な手法みたいなものを知り、そこから海外の古典の手法に対する理解も深まったし、面白さが分かったように感じます。そういう意味で、笠井潔さんの著作は印象深いですね。「なるほど」というところを教えてもらいました。
それから、泡坂妻夫さんと連城三紀彦さん。僕が知った頃はおふたりの初期の作品は手に入りづらくて古本屋で探すことが多かったんですけれど、創元推理文庫に入ったりハルキ文庫で復刊されたりしはじめたんですよね。好きな作家の本を古本でなく定価で買える喜びで買いあさりました。泡坂さんの『亜愛一郎の狼狽』とか『乱れからくり』とか、連城さんの『変調二人羽織』とか『夜よ鼠たちのために』とか。そういった、新本格以前の作家にはまっていきました。

――櫻田さんは以前からよく泡坂さんの「亜愛一郎」のシリーズに言及されていますよね。泡坂さんは作風が幅広いですが、このシリーズがとりわけお好きなのですか。

櫻田:そうですね。『亜愛一郎の狼狽』が泡坂さんの作品で最初に読んだ本で、それまで泡坂さんの名前も「亜愛一郎」というシリーズも知らなかったんですよ。チェスタトンの本を全部読み終わっちゃった時に、なにか他にそれっぽいものがないかなと書店で棚を見ていた時に、『亜愛一郎の狼狽』というタイトルが目に入ったんです。「冒険」とかではなく「狼狽」というタイトルの付け方に、ちょっとブラウン神父っぽいのかな、と思いました。ブラウン神父も、『ブラウン神父の不信』とか『ブラウン神父の醜聞』といった、あまりいい表現ではないタイトルがついているんですよね。それで『亜愛一郎の狼狽』というタイトルの背表紙が見えた時に、創元推理文庫だし、面白いミステリーなのかもしれないなと思って。これが大当たりでした。当時は創元推理文庫で続刊の『亜愛一郎の転倒』と『亜愛一郎の逃亡』はまだ復刊していなかったので、「狼狽」を読んだ後は『乱れからくり』などの他の出版社が出している泡坂さんの作品にいったんですけれど。
『亜愛一郎の狼狽』は本当にショックを受けたというか、なにかとんでもないものを読んだなと思いました。

――それは、探偵役となる亜愛一郎のキャラクターとか、各短篇で亜愛一郎でなく違う人物が視点人物になって展開していくところとかでしょうか。

櫻田:そうなんですよね。ブラウン神父の「青い十字架」で僕が感動したポイントが、亜愛一郎シリーズではもっと明白になっていたんです。視点人物が、最初は亜愛一郎をちょっと馬鹿にしてるんですよね。亜を見て、最初は二枚目だと思うけれど、彼の振る舞いを見ているうちに、どうもこいつはそんな優れた人間じゃないぞ、と思うようになる。話が進んで、最後に亜が推理を披露することで、まあ簡単にいうと視点人物は彼のことを見直すわけですよね。
面白いなと思ったのは、普通は名探偵のところに謎を解くヒントが集まって、それを手がかりに名探偵が謎を解くパターンが多いけれど、亜のシリーズの場合は、亜が知っている情報の他に、語り手しか知らない情報があるんですよね。亜が推理を披露することで、語り手は自分が持っていた情報の意味に気づく。亜は少ない手がかりで1から10まで推理を飛躍させますが、その間を語り手が持っている情報が埋めてくれるんですよ。それで語り手も読者も「ああ、そういうことか」と納得が得られ、亜に対する印象も変わる。そういう語り手の成長みたいなものが、短い話のなかに見えてくるところが構造としてすごく上手で、斬新だと思いました。作り方が見事すぎて、僕も短篇を書く時はそれを目指している感じです。

――亜愛一郎という名前からしてふざける感じだけれど、高度なことをやっているという。泡坂さんはヨギ ガンジーのようなユーモアたっぷりのシリーズでも超絶技巧をやってますよね。

櫻田:そうですよね。あのシリーズも本当にミステリーとしてのクオリティが高くて。僕はもう信者的になっちゃってるんで、泡坂さんについてはもう何を読んでも面白いと感じる体質になっているんですけれど。

――連城三紀彦さんはいかがですか。

櫻田:泡坂さんと同じ「幻影城」という雑誌の出身だということで、連城三紀彦さんも読み始めたんです。こっちはこっちでとんでもないっていう。どの短篇を読んでも、どの長篇を読んでも、もう驚くばかりで。なので泡坂さんと連城さんは僕の中では二大巨頭のようになっています。
古典的な推理小説って、たとえばこの人は几帳面な人間ですとなったら、それが基準になるというか。簡単に言うと、パズルとして、「几帳面なあの人がこんなことをしたはずはない」とか「几帳面な人間だからこうするはずだ」みたいなステレオタイプに基づいた推理があると思うんです。でも連城さんは、人間の多面性というのをすごく上手く推理に使うんですよね。泡坂さんは逆に極端な志向しか持たない人間を作ってミステリーの材料にしているところがある。このおふたりは、それぞれベクトルは違うけれど、古典的なミステリーのパズルの中での人間の描き方をもう一歩発展させたと思いますね。人間の考え方をパズルに使うのであればこういうふうにしなきゃ駄目でしょう、みたいなふたつのパターンを見せてもらったような気がします。
そういう意味で、連城さんは文学的かなと思います。宮本輝さんとかを読むと連城さんと近いなと思うんですよね。宮本さんも、人の多面性というか、ころころものの考え方が変わっていく様子を描いて、それが人間でしょう? みたいな感じで物語を転がしていくところがある。そこに謎解きというものを加えたのが、連城さんの作品のような感じもしていて。

――宮本輝さんもよく読まれたのですか。

櫻田:若い頃に読んだ時はあまりピンとこなかったんです。まあ当時は何にもピンとこない子どもだったんですけれど。ただある時、たぶんもう社会人になっていたと思いますけれど、帰省したら実家に宮本さんの『蛍川』があって。「蛍川」と「泥の川」の2編が収録されていました。帰りになにか読むものがないかなと思ったら妹の書棚にあったので、ちょっと拝借したんです。薄い本だというのが選んだ理由だったんですけれど、薄いからもう一度読んでみるかと思って、読んだらすごく腑に落ちて。
その後、『錦繍』とか『幻の光』といった初期のものから、『優駿』のような大長編まで、一時期宮本さんの作品をすごく読みました。特に『優駿』はそうだったんですけれど、宮本さんの作品って、さっき言ったような人間の多面性とか、考えの脆さみたいなものが描かれているんですよね。若い頃の自分は、考えがころころ変わるところに「なんじゃこりゃ」と思ったと思うんです。でも大人になってから読むと、「分かるぞ」と。「人間ってそういうもんだろう」と。人の多面性を受け入れねばならないよね、みたいな考えになっていたので、それが響いたんです。
僕は短篇の新人賞を受賞してから、単行本が出るまでに4年くらいかかっているんです。その間、なかなかうまいものが書けなかった。ミステリーとしてのアイデアも弱いけれど物語としても弱いところをどう作ったらいいのか考えていた時に、わりと読み返していたのが宮本輝さんなんです。読むと自分が書けていないからこそ、宮本さんの書けている部分がよく見えてくる。「物語を書くってこういうことか」みたいなものが自分の中に入ってきたんです。なので自分が今の書き方のスタイルになる上で、宮本輝さんは大きい存在だったのかなと思ったりもします。

――自分では書けていない部分というのは、具体的にどういう部分ですか。

櫻田:ものすごく基本的なところです。たとえば、語り手の感情をストレートな表現で書いちゃおしまいだよ、というのは当然ですけれど、じゃあどう伝えたらいいの? みたいな部分ですね。何かに託す書き方というか、つまりは描写ってことなんですけれど、そういう部分がとても参考になりました。

  • ドグラ・マグラ(上) (角川文庫 緑 366-3)
  • 『ドグラ・マグラ(上) (角川文庫 緑 366-3)』
    夢野 久作
    KADOKAWA
    572円(税込)
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  • 新装版 虚無への供物(上) (講談社文庫 な 3-7)
  • 『新装版 虚無への供物(上) (講談社文庫 な 3-7)』
    中井 英夫
    講談社
    880円(税込)
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  • 新装版 匣の中の失楽 (講談社文庫 た 27-4)
  • 『新装版 匣の中の失楽 (講談社文庫 た 27-4)』
    竹本 健治
    講談社
    1,595円(税込)
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  • 亜愛一郎の狼狽 (創元推理文庫) (創元推理文庫 M あ 1-4)
  • 『亜愛一郎の狼狽 (創元推理文庫) (創元推理文庫 M あ 1-4)』
    泡坂妻夫
    東京創元社
    880円(税込)
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  • 乱れからくり【新装版】 (創元推理文庫)
  • 『乱れからくり【新装版】 (創元推理文庫)』
    泡坂 妻夫
    東京創元社
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  • 変調二人羽織 (光文社文庫 れ 3-7)
  • 『変調二人羽織 (光文社文庫 れ 3-7)』
    連城 三紀彦
    光文社
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  • 夜よ鼠たちのために (宝島社文庫)
  • 『夜よ鼠たちのために (宝島社文庫)』
    連城 三紀彦
    宝島社
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  • 螢川・泥の河 (新潮文庫)
  • 『螢川・泥の河 (新潮文庫)』
    輝, 宮本
    新潮社
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  • 錦繍(きんしゅう) (新潮文庫)
  • 『錦繍(きんしゅう) (新潮文庫)』
    宮本 輝
    新潮社
    605円(税込)
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  • 幻の光 (新潮文庫)
  • 『幻の光 (新潮文庫)』
    輝, 宮本
    新潮社
    506円(税込)
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  • 優駿(上) (新潮文庫)
  • 『優駿(上) (新潮文庫)』
    輝, 宮本
    新潮社
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