
作家の読書道 第279回:櫻田智也さん
2013年に「サーチライトと誘蛾灯」で第10回ミステリーズ!新人賞を受賞しデビューした櫻田智也さん。昆虫好きのとぼけた青年、魞沢泉が活躍する連作集第二弾『蟬かえる』で第74回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)と第21本格ミステリ大賞を受賞、初長編となる警察小説『失われた貌』では手練れのような語り口と怒濤の伏線回収を披露。物語を読んでもピンとこない子どもだったという櫻田さんは、どんな作品に惹かれてきたのか。その読書遍歴や好きな作品への思いをたっぷり教えてもらいました。
その4「好きな海外ミステリー」 (4/8)
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- 『キドリントンから消えた娘 モース主任警部 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』
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- 『悔恨の日 モース主任警部 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』
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- 『死はわが隣人 モース主任警部 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』
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――ブラウン神父シリーズ以外に、好きな海外の作家や作品はありましたか。
櫻田:海外ものは「本格」みたいな惹句に惹かれて手に取ることが多くて、そのなかで好きだったのはコリン・デクスターのモース警部シリーズですね。推理小説として面白い部分もありますが、僕はモースというキャラクターに惹かれてどんどん読んでいった感じです。あのシリーズは初期の『ウッドストック行き最終バス』とか『キドリントンから消えた娘』がメインとして語れられていると思うんですけれど、僕はシリーズが進めば進むほど好きになっていって、最終作の『悔恨の日』とそのひとつ前の『死はわが隣人』といった、モース自身の最期に近づいていく話が好きです。
僕は、職業探偵が好きなんですよ。モース警部のような刑事とか、私立探偵のように仕事として捜査・調査している人のことですね。
なので、法月綸太郎さんが紹介していたこともあり、ロス・マクドナルドやチャンドラーの職業探偵もののハードボイルドを読んだりもしました。そのなかですごく好きになったのは、マイクル・Z・リューインが書いている探偵アルバート・サムスンのシリーズ。ロス・マクドナルドなんかをちょこちょこ読んだ後に、他にハードボイルドで面白いものはないのかなと思って最初に読んだのがアルバート・サムスンシリーズの『消えた女』で、それがすごく面白くて。それで遡ってシリーズ第一弾の『A型の女』から読んでいきました。当時もうあまり手に入らなかったので、図書館を使いながら読んだ記憶があります。リューインの作品は『夜勤刑事』などのリーロイ・パウダー警部補のシリーズや、サムスンの恋人の女性が活躍する『そして赤ん坊が落ちる』なんかも読みました。とにかくリューインだったら全部面白い、みたいな。
――アルバート・サムスンは「心優しき探偵」と言われていますよね。決してマッチョな探偵じゃないというか。
櫻田:そうですね。拳銃を向けられて怯えたりとかして。あと、シリーズ後半になると思想的な雰囲気も出てきてサムスン自身のことが心配になるところもあるんですけれど、それも含めてもう全部好きでした。ああ、こういう探偵ものもあるんだな、という感じで。
リューインもデクスターもチャンドラーもそうですけれど、海外のミステリーは、日本のミステリーと違うところがあって、そこが面白かったんです。最近特にそうなってきていますが、日本のミステリーでは伏線の回収がよく言われますよね。読む側も、ここに書かれてあることは本筋とは関係なさそうだけれどきっと伏線で、後半に関係してくるだろうと思いながら読んだりする。でも、海外のミステリーって、「あ、本当に関係なかった」ということがあるんですよ。それがすごいなと思って。枝葉どころか落ち葉みたいなエピソードがふんだんにあるのが面白かったんです。今回の自分の長篇でもそのへんを狙ってみたかったんですけれど、さすがにうまくいきませんでした。
――櫻田さんの新作『失われた貌』は、刑事の日野らが殺人事件の捜査を進めるなか、平行して周辺でさまざまな出来事が起きていく。拝読して確かに、モース警部やウィングフィールドのフロスト警部のシリーズを思い浮かべました。
櫻田:最初は本当に、そのへんを狙ってみようかなと思っていたんです。冒頭近くの、主人公の日野が推論で部下の入江を動かすけれどその推論が間違っていた、という部分はモース警部ものっぽくしたかった名残りですね。ただ、そうやって本筋ではない要素を入れれば入れるほど物語が長くなってしまうし、今の日本の読者にはそんなに好まれないんじゃないかという気がして、どんどん削って筋肉質にはなっていきました。
――なるほど。日野の推論の部分は刑事としての思考が面白かったし、後半の伏線回収にも圧倒されました。ところで、モース警部やサムスンのシリーズを読まれていたということは、創元推理文庫だけでなく、ハヤカワ・ミステリ文庫もいろいろ読まれていたのですね。
櫻田:そうですね。ハヤカワ・ミステリ文庫だと他にはピーター・ラヴゼイとか。最初に『偽のデュー警部』を読んだら面白くて、ピーター・ダイヤモンド警視のシリーズなんかも読みました。ラヴゼイは短篇集がすごく好きでしたね。『煙草屋の密室』や『ミス・オイスター・ブラウンの犯罪』を読み、すごくセンスのある人だなと思いました。
他にハヤカワ・ミステリ文庫だと、これはだいぶ後になりますが、法月綸太郎さんが言及していた記憶があってジョン・スラデックの『見えないグリーン』なんかも読みました。
それと、エラリー・クイーンはだいたいハヤカワ・ミステリ文庫で読みました。というのも、僕はあまりシリーズの順番にこだわって読むタイプではないので、エラリー・クイーンを最初に読んだ時、創元推理文庫から出ているドルリー・レーンもののシリーズ4作目、『レーン最後の事件』を最初に読んじゃったんですよ。
――ああ...。
櫻田:「最後の事件」という力の入ったタイトルだから面白いに違いないと思って『レーン最後の事件』を読んで、あ、これは最初に読んだら駄目なやつだと思って。痛い思いをして、一回エラリー・クイーンから離れちゃったんですね。しばらく時間が経ってから、再入門として薄い本からいくことにして、ハヤカワ・ミステリ文庫で出ている国名シリーズの『チャイナ・オレンジの秘密』を読みました。それが面白かったので、その後はドルリー・レーンシリーズの『Xの悲劇』『Yの悲劇』『Zの悲劇』なり、国名シリーズの『ギリシア棺の謎』なり『エジプト十字架の謎』なりも読みました。『レーン最後の事件』を最初に読まなければ、僕はもっとエラリー・クイーンが好きになったのではないだろうかと思っています。でも、『レーン最後の事件』も読んでなるほどなとは思ったんですよね。日本の作家の作品を読んでいても「これは『最後の事件』をやってるな」と分かってニヤリとすることがありますし。まあ、海外ものはそうした失敗もあって、結局国内ものを読むことが多かった気がします。
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- 『チャイナ・オレンジの秘密』
- エラリイ・クイーン,乾 信一郎
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