第279回:櫻田智也さん

作家の読書道 第279回:櫻田智也さん

2013年に「サーチライトと誘蛾灯」で第10回ミステリーズ!新人賞を受賞しデビューした櫻田智也さん。昆虫好きのとぼけた青年、魞沢泉が活躍する連作集第二弾『蟬かえる』で第74回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)と第21本格ミステリ大賞を受賞、初長編となる警察小説『失われた貌』では手練れのような語り口と怒濤の伏線回収を披露。物語を読んでもピンとこない子どもだったという櫻田さんは、どんな作品に惹かれてきたのか。その読書遍歴や好きな作品への思いをたっぷり教えてもらいました。

その7「作家デビューと魞沢シリーズ」 (7/8)

  • オカルト 現れるモノ、隠れるモノ、見たいモノ (角川文庫)
  • 『オカルト 現れるモノ、隠れるモノ、見たいモノ (角川文庫)』
    森 達也
    KADOKAWA/角川書店
    792円(税込)
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  • 職業欄はエスパー (角川文庫 も 13-2)
  • 『職業欄はエスパー (角川文庫 も 13-2)』
    森 達也,角川書店装丁室
    KADOKAWA
    880円(税込)
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  • サーチライトと誘蛾灯 (創元推理文庫)
  • 『サーチライトと誘蛾灯 (創元推理文庫)』
    櫻田 智也
    東京創元社
    792円(税込)
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  • 蝉かえる (創元推理文庫)
  • 『蝉かえる (創元推理文庫)』
    櫻田智也
    東京創元社
    814円(税込)
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  • 六色の蛹
  • 『六色の蛹』
    櫻田 智也
    東京創元社
    1,920円(税込)
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――それが、2013年にミステリーズ!新人賞を受賞された短篇「サーチライトと誘蛾灯」ですね。その前に、同じく2013年に「友はエスパー」という作品で創元SF短編賞の最終候補にもなっていませんか?

櫻田:ああ、あれはSFといっても出てくる題材がスプーン曲げで、現代のSFとは言えない内容なんです。2012年にミステリーズ!新人賞で一回落ちて、翌年もう一回挑戦しようとなった時、その前に創元SF短編賞の締め切りがあったんですよ。僕にはSFの素養はなくて、あれはSFの賞を狙ったというよりは、伏線回収で小説を作るという作業をきっちりやってみようと思って書いた短篇だったんです。
スプーン曲げを題材にしたのは、震災後の2012年に森達也さんのノンフィクション『オカルト 現れるモノ、隠れるモノ、見たいモノ』という本を読んだことがきっかけですね。僕、震災のあと、フィクションを読めなくなったというか、読まなくなっちゃったんですね。震災後、久しぶりに本でも読むかという気持ちになって書店に行った時、森さんの『オカルト』が置いてあったんですよね。それが伊坂幸太郎さんの推薦コメントの帯だったんです。伊坂さんが帯を書いているならちょっと読んでみようかなと手に取りました。
それまで森達也さんのことは、昔、オウム真理教のドキュメンタリーを撮っていた人だというくらいしか知りませんでした。僕、ちょうど地下鉄サリン事件の時が大学受験だったので、それはよく憶えているんです。でも大学の尞に入ったらテレビがなくて、その後のことがぽかっと抜け落ちているんです。
『オカルト』は、スプーン曲げの人とか、ダウジングの人とか、いわゆる超能力を持っているとしてメディアに出てきた人たちを取材した本です。それがとても面白かったので、その前作にあたる『職業欄はエスパー』の文庫も読んだりして、一時期、森達也さんのドキュメンタリーノンフィクションを読んで過ごしていました。そういうことがあって、2012年に習作のつもりでスプーン曲げを題材にした伏線回収のお話をひとつ書いて、どこまでやれるのか試すつもりで創元SF短編賞に応募したんです。それが最終選考に残ったと知ったのは、ミステリーズ!新人賞の応募作を出した後だったと思います。

――そしてミステリーズ!新人賞で「サーチライトと誘蛾灯」が受賞したわけですね。探偵役は昆虫好きのとぼけた青年、魞沢泉。当初からシリーズ化は頭にあったのですか。

櫻田:全然考えていなかったんです。もう一発勝負のつもりで、自分の好きなキャラクターを参考にして、自分が好きなタイプの推理小説をきちんと書いてみようとしただけでした。
魞沢のモデルは亜愛一郎ですが、書くにあたって亜愛一郎のシリーズは一切読み返しませんでした。僕の中で出来上がっている泡坂さんっぽいものを書こうと思ったので、逆に読み返すことなく書いたほうがいいと思ったんです。
受賞後、編集部からは「シリーズにしてもしなくてもいいです」と言われたので、最初はシリーズではないものを書いたんですけれど、あまり評判がよくなくて。そのあたりで先ほどお話ししたように、物語の書き方に悩みながらミステリー以外の小説を読み、2、3年してから書いた魞沢ものが2本くらい連続で雑誌に載せてもらえたんですよね。じゃあもう2本書いて1冊の本にしましょうという話になって、そこでシリーズ化を意識してもう2本書き、4年がかりで本になりました。

――それが『サーチライトと誘蛾灯』ですね。昆虫好きの探偵が書きたかったわけでなく、たまたま単発で書いた作品の謎解き役が昆虫好きだった、ということですか。

櫻田:そうですね。夜の公園を舞台にすることは決めていて、そこに探偵役をどうやって呼んだらいいんだろうと考え、虫を探しにやってくる設定にしただけだったんですよね。あれきりの探偵のつもりで書いたキャラクターだったんですが、シリーズ化するなら探偵が何者か分からないと読者もどう読んでいいか分からないだろうということで、後からキャラクターみたいなところを肉付けしていく感じになりました。

――魞沢さんは飄々としているけれど、一見謎があると思えないところにも意外な真相を見つけてしまう青年です。毎回、なにかしら昆虫にも言及されるけれど、昆虫の生態そのものが謎解きのキーになるわけではなく、いろんなバリエーションの謎が描かれますね。

櫻田:もともと探偵が昆虫の知識を使って謎を解く、みたいなミステリーにするつもりはなかったんです。虫の生物学的知識はあまり入れずにシリーズを書くなら、虫は何かを暗示する存在として使う以外に手がないと思いました。『サーチライトと誘蛾灯』の2篇目の「ホバリング・バタフライ」で、最後に蝶と被害者の魂みたいなものを重ねた部分を書いた時に、こういう書き方だったらいけるかなと思いました。次の「ナナフシの夜」も、木に擬態するナナフシと登場人物を重ねるというやり方で書いて、そのふたつがまあ、わりと僕の中では手ごたえがあったので、この方向でいってみようと固まっていった感じでした。
でも、3冊出すのにまさか10年もかかるなんて思っていませんでした。特に1冊目の時は書かないと本にならないという焦りがあって、後半の短篇はどんどん深刻な、暗い感じなっていますね。それは書き手の僕の気持ちを映しています。評判がよかった4篇目の「火事と標本」という話には写真家を目指しているけれどなかなかうまくいかずにいる青年が出てきますけれど、それは本当に、新人賞をもらったけれど本が出せずにいる当時の僕の気持ちを映して書いた作品です。

――「火事と標本」や第二弾の『蟬かえる』に収録された「コマチグモ」は日本推理作家協会賞(短編部門)の候補になり、そして『蟬かえる』は日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)と本格ミステリ大賞を受賞されましたね。

櫻田:あれは本当にありがたかったです。そんな、何かに取り上げられるような本じゃなかったんですけれど、わりと作家の方が応援してくれて広まったのかなという気持ちがあります。それこそ、新人賞の時の選考委員だった米澤穂信さんが触れてくださったり、同じ東京創元社からデビューした青崎有吾さんや相沢沙呼さんが触れてくれたりして、ちょっとずつ話題にしてもらったんです。

――魞沢さんはいろんな場所に行き、遭遇する謎も猟銃が絡んだり、遺跡発掘の現場だったりいろんなシチュエーションがありますが、毎回どのように考えられているのかなあと。

櫻田:僕も自分で振り返って、どうやって作ったのかなと思うところはあります。わりと、こういうトリックを使ったミステリーが書けないかなと四六時中考えていると、ぴったりくる情報が入ってくることがあるんです。たとえば猟銃を使って何かできないかと考えている時に、熊のニュースが飛び込んできたりして。無理やり設定から考えることもあります。『六色の蛹』の3話目、「黒いレプリカ」は遺跡発掘の話ですが、僕は北海道に移ってから埋蔵文化センターというところでアルバイトをしていたので、そこを舞台に一本書けないかと常々思っていたんです。土器に虫が混じっていることがあるとか、それを研究している人がいるというのは知っていたので、それを絡めて一本書けないかと無理やりひねり出した話でした。

――第三弾の『六色の蛹』では、私は生花店が舞台の「赤の追憶」で泣きました。魞沢さんの優しさが沁みます。毎回いろんな人が登場しますけれど、みんな印象深く、魅力的ですね。会話がすごくいいなって思ってます。

櫻田:ああ、それなら本当によかったです。僕は人をどう描くと魅力的に映るのかがいまだに分からなくて。なので、外見はまったく描写していないんです。会話にしかキャラクターが宿る部分がないので、とにかく会話でこういう人だと分かってほしい、という気持ちです。まあ、魞沢シリーズはあまり悪人が喋るシーンがないんですね。犯人との対決もないですし、こいつ悪い奴だなと思う人がいてももう死んでいたりするので。基本的には魞沢と語り手の会話が多いわけですが、語り手は一話ごとの魞沢のバディであるので、嫌な感じの人物が出てこないというのが、読み味に繋がっているのかなと思います。

――シリーズは3冊どれも短篇集ということは、この先も魞沢さんの長篇は考えていないのでしょうか。確かに毎回視点人物が変わる短編集なので、長篇は難しいと思いますが。

櫻田:そうですね。やはり亜愛一郎のスタイルをやりたいのであれば長篇は書けないですし、そもそも長篇に登場するようなタイプのキャラクターじゃないなと思っていました。僕自身、亜愛一郎の長篇は読みたくないですし、一読者として魞沢の長篇を読みたいとは思わないので、魞沢はあくまで短篇の探偵ということで割り切ってやっています。
ただ、2作目を書いた後、ちょっと長篇にも挑戦してみたんです。やっぱりうまくいきませんでした。新潮社の新井さんと初長篇のお約束もしていましたから、魞沢で長篇を書くのはやめよう、と思いました。

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