第290回:夕木春央さん

作家の読書道 第290回:夕木春央さん

2019年にメフィスト賞を受賞した『絞首商會』(応募時のタイトルは「絞首商會の後継人」)でデビュー、2022年刊行の『方舟』が大ヒットした夕木春央さん。古典的なミステリの名作を時代順に読んできたという夕木さんの好きな作家と作品、小説を書き始めたきっかけは? 自作についてもたっぷりおうかがいしました。

その2「家で本を読むばかりの生活」 (2/7)

  • 茶色の服の男 (ハヤカワ文庫 クリスティー文庫 72)
  • 『茶色の服の男 (ハヤカワ文庫 クリスティー文庫 72)』
    アガサ・クリスティー,Agatha Christie,深町 眞理子
    早川書房
    1,122円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS

――その後もずっと古典的な作品を読んでいたのですか。

夕木:リアルタイムの本に触れるということは全然してこなかったんですよね。小説を書くことを仕事にするようになってからようやく「今どういう本が話題になっているのか見てみよう」ということで手に取るようになった感じです。それまでは本当に古い本しか手に取っていなかったし、なんなら10代の頃は「面白い小説を書く作家はもう絶滅した」と思っていたんですよ。だんだんそうじゃないと分かってくるんですけれど。それくらい、古い作家にしか目が向いていませんでした。

――では、他にどんな作品を読まれたのですか。

夕木:家にあった本を読むことが多かったんですが、クリスティーも小学生の頃にたまたま家にぽんと置かれてあった『茶色の服を着た男』だけ、その頃に読みました。
たぶん母が読んでいた本だったんだと思います。親戚に結構ミステリが好きな人がいて、そこから流れてきた本もちらほらありました。
『茶色の服を着た男』は面白く読んだはずなんですけれど、本当に断片的にしか憶えていないんです。地下鉄のホームのシーンがあった気がするなとか、最後どこか遠いところに行った気がするな、とか。

――中学生になってから、読書にはなにか変化がありましたか。

夕木:中学の頃は、小学生の時ほど読まなかったかもしれません。中学の頃は、いわゆる宗教活動を熱心にやらされていたので。そこから離れた時に読書を再開しました。

――宗教活動から離れたのは、なにかきっかけがあったのでしょうか。

夕木:ちょっと違和感をおぼえる出来事があり、そこから徐々に自分の中でいろんなものが覆っていった、という感じです。教団の中で教えていることと、その中の人たちがやっていることの行動にずれをおぼえたというか。それが少しずつ膨らんでいった感じです。
ただ、違和感をおぼえたところで、10代の頃は何をしていいか分からない状態が続き、その影響で学校にも行かず、ほぼ本を読むことしかしていない時期が数年間ありました。

――十代半ばから学校に通わなくなった、ということですか。

夕木:そうですね。家族に味方がいないなか、両親と喧嘩しながら家にいました。ただまあ未成年なので、簡単に家を出るというふうにもいかず。しかたなく本を読んでいました。

――その頃は、どのような本を読んでいたのですか。

夕木:乱歩の大人向けの作品ですね。乱歩の本はどの古本屋にも必ずあったので、それを買って読んでいました。大人向けの乱歩の作品はもう、なんでも好きでした。完成度の高い短篇も好きだし、世間的にはあまり評価が高くない通俗長篇みたいなものも結構楽しんでいました。

――乱歩は作品数が多いですから、古書店に行ってはまだ読んでいない乱歩作品を探すような感じだったのですか。

夕木:そうです。春陽堂の、黒の背表紙に赤い文字でタイトルが書かれた文庫なんかを買っていました。当時、古本は1冊100円くらいで買えたので。

――なぜそこまで乱歩の世界に惹かれたんでしょう。

夕木:たぶんですけれど、家にもともと現代の本がなかったのは、それがあんまり良くないものとされていたからなんです。古いものだとある種風化しているので、読んでもよい、と。それこそ戦時下に探偵小説が風紀紊乱として忌避されて時代ものの捕り物帖なんかが書かれていたことと近い現象が家で起こっていたと思います。昔のものなら現代と関係ないから、みたいな感じで許されていた面がありました。
自分も、現代の話を読むのがつらかったんですよね。あまりにも自分の苦しみとは関係のないことが書かれているので。自分の住む時代と隔絶した世界のお話のほうが、ある種の現実逃避として読めたんです。そういう意味でも、乱歩は全作品が好き、というところがあります。
明治大正くらいの、いわゆる戦前の封建的な価値観は、現代の価値観より自分が直面している現実に近かったこともありますね。自分と関係のない世界が描かれているから現実逃避できたと言いましたけれど、価値観みたいなところでは自分にとって、より身近でした。自分に重ね合わせて読むわけでははないにせよ、間違いなく、落ち着いていられる時間として、読書の時間がありました。

――その頃、自分でもなにか書いてみたいなと思っていましたか。

夕木:きっとその頃から、いずれ書こうと思っていたんですよね。でも10代のうちは「まだ書けないだろうから、もうちょっといろいろ読んだりしてからにしよう」というふうに思っていました。ただ、頭の中では「こういう話はどうか」みたいなことはずっと考えていました。実作を始めたのは20歳過ぎてからだったんですけれど。

» その3「古典を時代順に読む」へ