作家の読書道 第290回:夕木春央さん
2019年にメフィスト賞を受賞した『絞首商會』(応募時のタイトルは「絞首商會の後継人」)でデビュー、2022年刊行の『方舟』が大ヒットした夕木春央さん。古典的なミステリの名作を時代順に読んできたという夕木さんの好きな作家と作品、小説を書き始めたきっかけは? 自作についてもたっぷりおうかがいしました。
その5「大正時代を舞台に書く」 (5/7)
――それから、実作を始めたわけですね。
夕木:20歳過ぎくらいに初めて短篇を書き、数年して、有栖川有栖先生の創作塾に申し込みました。そこではじめて本1冊分を書き、その後メフィスト賞に応募する、という流れです。
――ということは、その頃には時代順読書で新本格にたどりついていたわけですね。どんな印象を持ちましたか。
夕木:はじめて新本格を読んだ時、ぐっとゲーム性が上がったというか、ちょっと雰囲気が変わったなと思って戸惑ったんですけれど、戸惑わずにすっと読めたというか面白いと思ったのが、有栖川さんと京極夏彦さんの小説でした。その後、いろいろ読んでいくうちに新本格といわれているものも面白いと思うようになったんですけれども。
――どの作品がお好きだったのですか。
夕木:有栖川さんは、理由を挙げると最初に読んだからなんですけれど、『孤島パズル』が好きです。本格としての面白さと小説的な面白さがバランスよく盛り込まれている作品かなと、今になって思います。
京極さんは『姑獲鳥の夏』から読みましたが、好みでいうと『狂骨の夢』が大好きなんです。これはミステリに特有と言っていいのかは難しいんですけれど、ある種の酩酊感があるというか。現実を積み上げていった上での現実崩壊感みたいなものがある作品として、『魍魎の匣』と『狂骨の夢』の2作品が自分の中では強く印象に残っています。
――そうして新本格を読むうちに、有栖川さんが創作塾を開いていると知って申し込まれたわけですね。どんな講座だったのでしょう。
夕木:お互いの作品を読んで合評する、という形でした。本を1冊分完成させられたのは、そこに行ったことがすごく大きかったと、今になって思います。その頃書いていたものが、『時計泥棒と悪人たち』という連作短編集になっています。
――あ! やっぱりそちらが先なんですね。メフィスト賞を受賞されたデビュー作の『絞首商會』は、登場人物たちがすでに過去にいろいろ事件を経験していると思わせますよね。その後刊行された『時計泥棒と悪人たち』で、それらの事件が具体的に分かるという。これらの作品は大正時代が舞台です。小説を書き始めた時からすでに大正時代を舞台に選んでいたのですか。
夕木:そうですね。それこそ10代の頃は読書によって大正時代に生きていた感覚があったので、小説の舞台を選ぶ時、自分の中ではそれが自然でした。
まず、乱歩が大正を舞台にしているし、『ドグラ・マグラ』なんかも大正が舞台だったことが大きいと思います。まあ、自分が書いているものは、今後話が進んでいけば昭和に入っていくかもしれないです。
――当時の生活とか服装とか人々のボキャブラリーとか、相当調べてお書きになったのかなと思ったのですが。
夕木:本を読んでいるうちに自分の中にできた大正時代をベースに構想をたて、調べる必要の生じた事柄の資料を集める、という手順をとることが多いです。
調べものに関しては、最近は国会図書館のデジタルコレクションが非常に便利になって、当時の家庭向けの料理本なんかがそのまま全文見られるんですよね。非常に調べやすい時代ではあると思います。
――当時からシリーズ化を考えていたのですか。
夕木:特になかったです。そもそも最初に書いた『時計泥棒と悪人たち』も、連作短篇集にするには長すぎますよね。商業的なことをまったく考えずに書いたのでああいう形になったんです。
――『絞首商會』は、秘密結社「絞首商會」と関わりがあると噂される博士の刺殺体が、自宅の前で見つかるところから始まります。遺体は不可解なことだらけで、故人の身内から調査の依頼を受けたのが、元泥棒の蓮野という男...。この作品はどこに出発点があったのですか。
夕木:念頭にあったのはチェスタトンです。ネタに触れてしまう部分が最初にあって、そこからアイデアがちょっとずつ組み合わさってああいう形になりました。
――『絞首商會』『サーカスから来た執達吏』、『時計泥棒と悪人たち』、『サロメの断頭台』は、同じ世界観を持つ作品で、共通する登場人物もいますよね。晴海商事の晴海社長とか、元泥棒の蓮野とか、画家の井口とか。どの作品にも登場するのは晴海です。どのようにキャラクターが生まれていったのですか。
夕木:たとえば蓮野の「元泥棒の探偵」という設定は、『時計泥棒と悪人たち』の一話目の「加右衛門氏の美術館」という短篇に、建物に忍び込む人物としてそういうキャラクターが必要で作ったんです。他の人物も、いわゆるミステリとしてのアイデアに合わせて作ったもので、ちょっとずつキャラクターが増えていきました。『絞首商會』はそれらの登場人物に合わせて事件を考えたところがあります。
――キャラクターがみんな実に魅力的なんですが、事件にあわせてキャラクターが作られていたわけですね。
夕木:ある種、事件にあわせてキャラクターを考えるというのは、必然的に魅力的なキャラクターになりうると思うんです。その事件に対して最良のキャラクターを考えるわけですから、そのキャラクターがいちばん生きることになるのかなと思います。
――『サーカスから来た執達吏』は、莫大な借金を背負った樺谷家に、晴海商事から取り立てに来た執達吏のユリ子と、樺谷家から担保として差し出された三女の鞠子が、借金返済のための財宝探しを始める物語です。これは『絞首商會』の続篇として書こうと思われたのですか。
夕木:世界観は『絞首商會』と共通ですが、一応、探偵役のキャラクターなどは一新されたものなんです。
――こちらのエピグラフは『モンテ・クリスト伯』ですよね。読めば「なるほど」と思います。無実の罪で長年獄中にいた男が脱獄し、復讐を進めていくあの名作です。
夕木:作中人物の境遇が若干伏線のような、そうでもないような感じで入っています。知っている人はピンとくるかもしれないです。
――この作品は探偵役のユリ子がめちゃくちゃ魅力的ですよね。飄飄としていて、身体能力抜群で、文字は読めないけれどものすごく計算が得意で...。どのように生まれたのでしょうか。
夕木:これはデビュー前から別のプロットのために考えていたキャラクターなんですが、結局そちらのプロットはまだ実現しておらず。あのようなバックグラウンドを持ったキャラクターが必要な物語をひとつ、プロットとして持っているんです。第2作としてちょうどよい長さでまとまる本格ミステリを書くとなった時に、じゃああのキャラクターを使って書きましょうとなって、できあがったのが『サーカスから来た執達吏』です。
――大正ものの最新刊となる『サロメの断頭台』は、それこそ『サロメ』がモチーフで、エピグラフもオスカー・ワイルドの『サロメ』からの引用ですね。画家の井口がオランダの美術収集家から、自分の未発表の絵とそっくりな絵をアメリカで見たと聞き、蓮野とともに盗作犯を探すうちに『サロメ』になぞられた連続殺人事件が発生する。
夕木:『サロメ』というモチーフが決まったのは書いている途中でした。
先に動機を思いついて、それに合わせて書いている途中で見立て殺人にしようと思って、首が斬られるから、じゃあ『サロメ』だなとなり、結局タイトルにも持ってくることになりました。
本格ミステリを書く時には、どこにたどり着きたいかは決まっているんですけれど、その過程のアイデアは浮いていることが多いんです。特に『サロメの断頭台』の時は、本来なら事前に考えておくべきアイデアを途中から継ぎ足した、みたいなところがありました。
――この大正もののシリーズはユーモアもたっぷりありますよね。彼らの会話がとっても楽しいです。
夕木:笑えるお話も好きなんです。内田百閒の随筆とか。
――あ、『阿房列車』とかですか。
夕木:そうです。あとは、三島由紀夫も『不道徳教育講座』のような軽いエッセイだとある種の逆説や笑いがあって面白いんです。山田風太郎や坂口安吾もそうですね。そのへんの時代の作家のエッセイは昔から好きなので、その影響もちょっとありますね。
――三島由紀夫は先ほども名前が挙がりましたが、内田百閒なども読まれていたのですか。では、当時の芥川とか谷崎とか川端のような、ミステリ以外の作家も読まれていたのですか。
夕木:そうですね。読み込んだのは三島由紀夫ですけれども、他の作家もつまみ食いのように読んでいます。谷崎潤一郎は『痴人の愛』とかは非常に面白かったですね。坂口安吾は、創作以上に随筆を熱心に読みました。
――話を大正もののシリーズに戻しますが、おかしみのある会話だけでなく、芸術に対する考え方とか、無政府主義などに対する考え方など、それぞれの思想や価値観が語られる場面も多くありますよね。そういうやり取りもすごく面白いです。
夕木:結末が決まった時にそれに付随するものとして思いついた部分もあれば、書きながら決まってくるところもあります。基本的には、作中で明確にあるメインテーマに対して、関連する議論をちりばめていっている感じのことが多いです。
――女性たちも魅力的です。ユリ子もそうだし、『絞首商會』や『サロメの断頭台』に登場する井口の妻の紗江子、紗江子の姪の峯子も生き生きとしていますね。二人とも、時に大胆な行動に出ますよね。
夕木:古典をいろいろ読んでいた時期に少女小説も結構読んでいたんですが、影響元としていちばん明確にあるのは『赤毛のアン』です。モンゴメリが好きなんですよね。『丘の上のジェーン』とかも好きです。人物描写のお手本ととして、いまだにモンゴメリは意識していますね。ちょっとだけ出てくる人についても、少ない描写でものすごく人柄が伝わるんです。本格ミステリをやりながらも、ああいうふうに人物描写できたらいちばんいいだろうなという理想は持っています。ユリ子を書く時にはわりと直接的に意識していたと思いますね。
あとは久生十蘭に『キャラコさん』という連作短篇があるんですけれど。これはややハードボイルドになった『赤毛のアン』みたいな(笑)。今読んでもすごく面白い作品だと思っています。
――峯子さんに関しては、大正時代の女性の自立問題も垣間見えます。フィクサー的な存在でもある晴海商事の晴海社長は、『サロメの断頭台』で峯子ちゃんに自立を促しているフシがありますよね。
夕木:そうですね。時代ものを書いていて難しいのは「こんな時代にこんな人いない」みたいに言われることですけれど。確かに、あまりにも現代の価値観で当時の時代を描写するのはよくないと思う部分もあります。でも一方で、どんな時代にもどんな人もいたんだよなと思う部分もあるんですよね。なので、その時代の枠組みの中で、いろんな価値観の人を書けたらいいなという思いがあります。時代性というものを尊重しつつ、当時でもありえた、当時は一般的ではなかった価値観も書けたらいいなと思っています。

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