作家の読書道 第292回:佐原ひかりさん
2019年に「きみのゆくえに愛を手を」で第2回氷室冴子青春文学賞大賞を受賞、2021年に同作を改題した『ブラザーズ・ブラジャー』でデビューした佐原ひかりさん。青春小説にとどまらずさまざま角度から登場人物の繊細な機微を描き出す著者は、どんな作品を愛読してきたのでしょうか。小説はもちろん、好きな漫画や映画についても、たっぷりおうかがいしました。
その1「親の声が枯れるまで読み聞かせをねだった」 (1/8)
――いつもいちばん古い読書の記憶からおうかがいしています。
佐原:昨日まで実家に帰っていたので母に聞いたら、私の記憶と母親の記憶がちょっと違っているんです。私にとっていちばん古い記憶は母の読み聞かせで、青い鳥文庫から出ていた松谷みよ子さんの『龍の子太郎』なんです。私は兵庫県の神戸市の生まれですが、家の事情と震災があったことで、2歳から5歳くらいまで名古屋のほうに住んでいたんですね。祖父母の家が神戸にあったので、その間も何度か名古屋から新幹線で祖父母の家に帰ることがあったんです。その時に新幹線の車内で母親に『龍の子太郎』を読み聞かせてもらった、という記憶がうっすらと残っていまして。母親に聞いたら、それは3歳の時だと言っていました。
母親の記憶では、私が2歳だった頃、名古屋の図書館でミッフィーの本を山のように借りていたそうです。ひとり10冊まで借りられるんですが、祖父母も一緒に名古屋に来ていたので、家族あわせて40冊くらい絵本を借りて読み聞かせてもらっていたみたいです。母親の声が枯れてしまうくらいで、みんなで交代して読み聞かせてくれたのが2歳の頃だった、と言っていました。
――ごきょうだいはいらっしゃるのですか?
佐原:いえ、一人っ子です。一人で家族全員の声が枯れるまで読み聞かせてもらっていたという。4歳の頃、親が家事をしている時に私がねだるので「ちょっと手が離せないから一人で読んでくれる?」と言ったら私が一人で読み始めたんだそうです。それは私もなんとなく憶えていて、その時に『かいけつゾロリ』を読んだ記憶がありますね。
――幼い頃から本が好きだったんですね。
佐原:親や環境もあったと思います。親が結構、マニアとまではいかないけれど絵本を持っていて、今は絶版になっているようなものも家に帰ったらたくさんあります。岩波書店や福音館書店から出ているシリーズものを揃えるタイプの親だったので、環境的にも自然と本を読む方向に育ったのかなと思います。
――震災の時も、絵本は無事だったのですか。
佐原:はい。厳密にいうと震災の1か月前に親の都合で名古屋に移動していました。なので私はぎりぎり震災を体験していないんです。祖父母は被災して、家は潰れてしまいましたが2人とも無事でした。
5歳くらいで神戸に戻ってきて、それ以降はずっと神戸で暮らしていました。
――親御さんが持っていた絵本で、とりわけ好きだったものはありますか。
佐原:福音館書店さんから出ている『ピッキーとポッキー』という絵本があって。ウサギのピッキーとポッキーが海水浴に行ったり、いろんなところにお出かけする絵本です。それは繰り返し読んでもらった記憶があります。『たこのななちゃん』という絵本も結構読んでいたかな。これは胸がきゅっとなる内容でした。漁師のお父さんが港に帰ってきて、お土産に足が7本のタコをくれる、という。可愛くてすごく好きだったんですけれど、なんでこんなに記憶に残っているかというと、タコを飼っている夢を見たんです。タコがすごく震えていて寒そうでかわいそうになって、「もう大丈夫だよ」といって電子レンジに入れてあっためてあげて、開けてみたら死んでいたっていう夢を見たんです......。大泣きしました。その夢と『たこのななちゃん』が私の中でセットになっています。
就学前は他に、『かいぞくポケット』というシリーズや『まじょ子』シリーズをすごく読んでいた記憶があります。






