第292回:佐原ひかりさん

作家の読書道 第292回:佐原ひかりさん

2019年に「きみのゆくえに愛を手を」で第2回氷室冴子青春文学賞大賞を受賞、2021年に同作を改題した『ブラザーズ・ブラジャー』でデビューした佐原ひかりさん。青春小説にとどまらずさまざま角度から登場人物の繊細な機微を描き出す著者は、どんな作品を愛読してきたのでしょうか。小説はもちろん、好きな漫画や映画についても、たっぷりおうかがいしました。

その6「転職と投稿を重ねる」 (6/8)

  • ペーパー・リリイ (集英社文庫)
  • 『ペーパー・リリイ (集英社文庫)』
    佐原 ひかり
    集英社
    748円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • 青鬼の褌を洗う女 (「戦争と人間、孤独」集 その壱)
  • 『青鬼の褌を洗う女 (「戦争と人間、孤独」集 その壱)』
    坂口 安吾
    よはく舎
    1,540円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • 短編小説新人賞アンソロジー (集英社オレンジ文庫)
  • 『短編小説新人賞アンソロジー (集英社オレンジ文庫)』
    相羽 鈴,阿部 暁子,久賀 理世,白川 紺子,後白河 安寿,一原 みう,佐倉 ユミ,奥乃 桜子,佐原 ひかり,宮島 未奈,泉 サリ,森ノ薫,千海 博美
    集英社
    792円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS

――学校に復帰した後、就職活動をされたのですね。

佐原:しました。出版業界を受けました。私は本当に少女漫画が大好きだったので、確実に少女漫画が作れるところに行きたくて。当時、少女漫画とライフスタイル系の本しか作っていない出版社がひとつあって、じつは受けて内定をとったんです。でも、福利厚生とかを確認すると、東京で暮らしつつ実家に仕送りをしながら生活していくのが厳しくて。本当に申し訳ないんですけれど、「ごめんなさい」という電話をいれました。で、結局、地元で受かった紙の会社に就職しました。

――では、実家から通勤されていたのですね。読書生活に変化はありましたか。

佐原:大阪の会社なので実家から通っていました。でも、会社員というものが合わな過ぎて、結局9か月で辞めました。入った年の12月末に辞めたんです。
読書については通勤中、ずっと耳からアイドルソングを入れながら詩集を読み、現実から一回全部離れるようにしていたんですが、小説を読むとまではいかなかった気がしますね。三宅香帆さんじゃないですけれど、本当に働いていると本が読めないという状況になっていました。
で、会社を辞めて図書館司書になろうと決意したんです。辞めた翌年の4月から大学図書館で働くようになり。またちょっと本が読めるようになってきました。

――司書の資格は取られたのですか。

佐原:会社を辞める前の11月くらいから勉強を始めて、辞めた後は近畿大学の通信コースで勉強して、その年の夏頃に取得しました。

――その頃に読んだのはどんな本だったのでしょうか。

佐原:本当に仕事のおかげだったんですけれど。大学図書館では本の発注と受け入れを一人でやっていて、そうすると好きなジャンル以外の本を毎日毎日チェックすることになるんですね。私はそれまで好きな本と大学の研究に必要な人文書は読んでたけれど、それ以外の本はあまり読んでこなかったんです。仕事のおかげでそういう本に興味がいくようになりまして。
それこそ医学書院さんが出している「ケアをひらく」シリーズとか。私は『ペーパー・ リリイ』でちょっと贈与論を絡めたんですけれど、それはこの時期に贈与論関係の本を読んだ影響ですね。
今まで読んだなかで一番好きな中編が坂口安吾の『青鬼の褌を洗う女』という作品なんですが、それを読んだのも大学図書館で働き始めてからですね。

――安吾のその作品のどこが、そこまで好きなのでしょうか。

佐原:明るいのに寂しいんですよね。明るさと寂しさが奇跡的なミックスの仕方をしているというか。
江國香織さんの作品もそうですけれど、全体的に明るいトーンなのに、なぜか寂しいとか、なぜか切ないというものが入っている作品がすごく好きです。坂口安吾のその中編は、終わり方も含めてぐっときました。

――その頃はまだ、ご自身では小説を書き始めてはいないのですか。

佐原:ようやくここで書き始めます。なぜかというと、図書館司書のお給料がめっちゃ低かったんです。これは何かもうひとつやらないと食べていけない、となり、自分の得意ジャンルは何かを棚卸していって、そういえば結構小説を書いていたなと思いまして。自分にできる数少ないことなので小説を応募してみようと思い、コバルト文庫が好きだったのでコバルト短編小説新人賞に応募したら賞をいただいて。「あ、いけるかも」みたいな気持ちになり、その後、氷室冴子青春文学賞に出すという流れです。

――少女小説や一般文芸など、ジャンル的なことは意識されていましたか。

佐原:その頃は、どこの出版社が何の賞をしているのかも知らなかったんです。氷室冴子青春文学賞に応募したのは、ちょうど、第一回の受賞者の櫻井とりおさんが新聞に載っていたので受賞作を読み、「これが第一回で選ばれる作品なら、私、この賞が好きな気がする」と思い、第二回に応募しました。

――その前にコバルト短編小説新人賞を受賞した作品「ままならないきみに」は、どこかで読めますか。

佐原:はい。今年出た、集英社オレンジ文庫の『短編小説新人賞アンソロジー』という文庫に入っています。それこそ宮島未奈さんや、阿部暁子さんの受賞作もその文庫に入っています。

――最初に応募しようと思って書きはじめた時に、すんなり書けましたか。

佐原:書けました。出そうと思ってから締切まで3、4日しかなかったんですが、そこは文芸部時代に培った、爆速で書く力みたいなものが、長い時を経ても残っていました。
短編新人賞を受賞した頃に、転職もしました。大学図書館は契約期間が3年なので、3年経ったら別のところを探さなくてはいけなくて。一回稼げる一般企業に入ってお金を貯めてから図書館に戻ろうと思い、今度は人材系の会社に転職するんです。そこがまた、めちゃくちゃ合わなくて。私、自分には会社員が合わないってことを全然学んでいなかったんです。それでどうしようとなっていた時に、氷室冴子青春文学賞の結果が出たんです。
一応会社に、「これって副業になりますか」「賞金とかもらってもいいですか」みたいなことを訊いたんです。そうしたら、「活動してもいいけれど、筆名と年収と内容を全部言いなさい」みたいに言われて。そもそも会社員が合っていなかったし、ちょうど家の近くの文化施設の運営職の求人が出ていたので、そっちに行こうと思ってまた転職しました。

――佐原さんの場合、会社員というもののどこが合わなかったのでしょう。

佐原:決まった時間に出勤し、決まった手順でいろんなことをして、決まった時間にお昼を食べて......というのが合わなかったんです。もうフルフレックスかフルリモートの会社じゃない限り、私は難しいんだろうなと思います。
図書館も勤務形態は同じなのに大丈夫だったんです。図書館は非利益組織であって、営業利益を上げるという考え方より、どう蔵書をラインナップしていって構築するか、みたいなことを考えていくんですよね。私たちが辞めた後も学生さんや教授たちが使っていく蔵書にすることを考えていく。長く積み上げてきたものをメンテナンスしながら、次の未来のものを考えて蔵書を入れていく。その非利益的なことの時間の使い方がすごくよかったのかなと思います。

» その7「愛読書の影響を受けた創作」へ