作家の読書道 第292回:佐原ひかりさん
2019年に「きみのゆくえに愛を手を」で第2回氷室冴子青春文学賞大賞を受賞、2021年に同作を改題した『ブラザーズ・ブラジャー』でデビューした佐原ひかりさん。青春小説にとどまらずさまざま角度から登場人物の繊細な機微を描き出す著者は、どんな作品を愛読してきたのでしょうか。小説はもちろん、好きな漫画や映画についても、たっぷりおうかがいしました。
その8「最新作と最近の読書」 (8/8)

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- 『魚のように(新潮文庫)』
- 中脇 初枝
- 新潮社
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――編集者側から提案をもらうのと、自分からアイデアを提案するのと、どちらがやりやすいですか。
佐原:私は、打ち合わせをしているうちに「これよくないですか」と言っていただくほうがやりやすいです。苦手なのは、「来週中までに3本プロット出してください」みたいな...。あれでうまくいったことがないんです。新刊の『夜の海をゆく人よ』も、編集者さんとガレット屋さんで「エディ・ウッド・ゴー」の話をしていたことがきっかけでしたし。
――作中にも書かれていますが、「エディ・ウッド・ゴー」はハワイの伝説的なサーファーで、ライフガードとして同行した航海で船が転覆、救助要請のためにひとりサーフボードではるか向こうの島を目指します。が、その後偶然飛行機が通りかかってクルーたちは全員救助され、エディだけが消息を絶ったという。「エディ・ウッド・ゴー」はエディを称える言葉であり、自分を奮い立たせる言葉でもある。エディの話は前からご存知だったのですか。
佐原:そうですね。今はなくなった「世界ふしぎ発見!」という番組でそのエピソードが紹介されていたんです。勇気を出して助けを呼びに行った一人がなくなって、他は全員助かっているなんて、そんなことある?と思って。
――『夜の海をゆく人よ』は長篇です。「エディ・ウッド・ゴー」を信条としていた婚約者の春臣が通り魔から妊婦をかばって死亡。一人残されたむつみのところに、春臣の弟の真央が転がり込んでくる。
佐原:バディものを書いてほしいとも言われていたので、それと「エディ・ウッド・ゴー」をくっつけた感じです。高校時代にファンレターをもらった短篇も、三人組のうちの一人が欠ける話でしたが、たぶんそれがどこかしらに残っていた気がします。
――残された二人がちょっとした人助けなど「善いこと」を実践して報告をしあうというのは自然と出てきた関係性なのですか。利他について、善行について問いかけてくるような内容です。読者一人一人が、自分の身に置き換えていろいろ考えずにはいられないというか。
佐原:私がいちばん書きたかったのは、利他的な行動を起点にして、その後その周りの人たちに何が起こっていくのか、みたいなところですね。利他によって助かる人はもちろんいるし、救われる人もいるんだけれど、その余波がどうなっていくのかを書きたかった気持ちがあります。
タイトルは『夜の海をゆく人よ』にしましたが、余波を書くということで、登場人物の考え方や感情が、なるべく海に浮かんでゆらゆらとしているような読み心地になるようにと、文体や筆致にすごく気をつけました。そこは編集者さんにも「どうか客観的にみて指摘してください」ってお願いしました。
――むつみと真央の状況や関係はどうなっていくのか、ある程度イメージを持って進めていったのですか。
佐原:二人にとって無理のある状態だなとは思っていて。身近な人の死って、誰にとっても同じということはなくて、死者との関係とか、臨終の際に駆け付けられたのかどうかとか、いろんな要素が詰まっているので誰にとっても同じ死というのはありえないんですよね。だけど、この二人は喪失感で繋がっている。いつか無理が生じるだろうから、そこは話のターニングポイントとして考えていました。
――静謐な文章で読ませますが、後半には意外な事実が明かされて、本当に予想外のところに話が進んでいきました。そうしたサプライズやある種のエンタメ性はどのように意識されていましたか。
佐原:私は自分ではめっちゃエンタメの人だと思っているんですが、担当さんによっては「佐原さんはエンタメと純文の間の人ですね」と言いますね。純文の方は文章で引っ張っていくところがあると思うんですけれど、どちらかというと、私は話の筋で引っ張っていっているという意識があります。
もちろん純文学は好きです。川上弘美さんや今村夏子さんも好きだし、最近だと小池水音さんが大好きです。小池さんの『息』がすごく好きなんですが、なんだろう、詩歌と同じような感覚で読んでいるかもしれません。美しい言葉に触れる時に読むもの、という感覚があるかもしれないです。
――デビュー後の読書生活に変化はありましたか。
佐原:それまではとにかく自分が興味を持ったものを読んでいたんですけれど、デビュー後はやっぱり「業界にいるからには今話題になっているものは読んでおくか」となりました。
でも、最近それをやめまして。結局自分が好きで読んできたものをもう一回読み直して掘っていくほうが、自分の作風にとっては正しいのではないかと思うようになりました。
――何度も読み返している作品は、たとえば。
佐原:最近読み返したのは大島真寿美さんの『やがて目覚めない朝が来る』です。大島さんの語り口が大好きで。松村栄子さんの『僕はかぐや姫』とかも読みました。江國香織さんは『つめたいよるに』とか『すいかの匂い』あたりですかね。夏に『なつのひかり』や『ぬるい眠り』を読み返したりもします。中脇初枝さんも好きで、『みなそこ』や『魚のように』を読み返しています。サガンの『悲しみよこんにちは』も、文章に悩んだときは読み返して気持ちを高めていますね。少し話が逸れますが、河野万里子さんの訳文が大好きで、私の中の二大翻訳家は矢川澄子と河野万里子さんです。あとは豊島ミホさんとか恩田陸さんの作品も読み返しますね。読み返して「やっぱりこれ好きだったわ」と思うところのエッセンスが、次の作品に繋がっているかもしれないです。
――新たに見つけたもので、これは好きだな、読み返していきたいなと思った作品はありましたか。
佐原:峯澤典子さんの『微熱期』という詩集がすごく好きです。うまく言語化できないんですけれどこれもやっぱり、明るいのにどこか寂しい、みたいな感覚があって、胸がきりりっとなる。言葉の美しさでいうと、この詩集はもう集大成みたいな。私の中でいちばん、何度も読み返したい詩集です。
小説では、柚木麻子さんの『私にふさわしいホテル』。作家になる前に読んだ時は「面白いな」「出版業界ってこうなんだ」と思っていたんですけれど、新人作家になってから読むと、なんか、「うわあ......」みたいな気持ちになりました。そういう意味では、作家になったからこそ美味しい二度読みができる作品ではありました。だから業界小説みたいなものは読んでおこうかなと思っています。村山由佳さんの『PRIZE―プライズ―』も、これは村山さんしか書けないよねという気持ちで楽しく読みました。
それと、私は読む側としては、佐藤究さんの『テスカトリポカ』みたいな作品が好きなんです。小川哲さんの『ゲームの王国』とか『地図と拳』もめちゃくちゃ好きですね。佐藤さんや小川さんは私の想像が追い付かない世界の話を書かれていて、すごいなと思っていて。『地図と拳』は周囲に布教しているんですが、あらすじを説明しても、あの面白さをうまく言語化できなくて。それで、あらすじで面白さを伝えられない小説のほうが、じつはめちゃくちゃ面白いのではないかと思うようになりました。
それと、大学図書館で働き始めたくらいから、茅田砂胡さんの『デルフィニア戦記』というファンタジーのシリーズがめちゃくちゃ好きになったんです。そうしたら復刊の際、第2部の第3巻、『デルフィニア戦記 第Ⅱ部 異郷の煌姫3』の巻末解説の仕事をいただきました。第3部の第2巻『デルフィニア戦記 第Ⅲ部 動乱の序章2』にも帯に名前とコメントも載せてもらえたので、もう本当に作家になってよかったと思いました。氷室冴子さんの『銀の海 金の大地』シリーズが復刊した時も、第4巻に解説を書かせてもらって、本当に私でいいのかしらと思って。
――ところで、現在は専業なのですか。
佐原:専業になって2年になります。
――では、1日の執筆のタイムテーブルはどんな感じですか。
佐原:締切でない限りはだいたい朝8時くらいに起きて、そこから正午まで書いて、お昼ご飯を食べ、30分くらい昼寝をしてから夕方まで書き、夜ご飯を食べ、夜行ける時は散歩がてらスーパーとかに行きます。帰ってきてまたちょっと書き、お風呂に入って、またちょっと書いて、だいたい1時くらいに寝ます。
他の作家の方と作業通話することもあります。蝉谷めぐ実さんとはよくLINEで作業通話しますね。LINE電話をつなぎっぱなしにしたままお互いに仕事をして、お昼を食べる時にちょっと話したり、風呂キャンしないために「今からお風呂入ろう」と言って一回切って、40分後くらいに「佐原いけます」「蝉谷いけます」みたいに連絡取り合って、寝るまで電話を繋げて作業する、みたいなことを最長2週間くらい、毎日やったと思います。
――蝉谷さんとは出身の賞も違いますが、お知り合いなんですね。
佐原:私が東京に行った時に同世代くらいの同業者と集まってご飯をする機会があって、そこに蝉谷さんも来られたんです。私と蝉谷さんは同い年だし、蝉谷さんが大阪出身で私が兵庫出身だしということで、私から「仲良くしましょう」と言いました。作業通話も私から誘いました。蝉谷さんはもともと夜型で、平気で二徹とかをしてしまうタイプなんです。私はあまり徹夜はしないので、生活リズムを合わせるというか。作業通話によって朝起きて夜眠る生活リズムを整えるという目的もありつつ、お互いに一人暮らしの専業作家なので、喋る相手がいない問題を解消したかったんです。
――作業通話って、集中できるんですか。
佐原:めちゃくちゃできます。常に携帯から物音が聞こえてくるので、なんとなくオフィスに誰かといる感覚になれます。喋りたくなったらすぐ話せるし、ご飯の時間も喋りながら食べられるしで、私はすごくありがたいと思っています。もともと作業通話という概念を私に与えたのは『N/A』の年森瑛さんですね。年森さんとは結構仲が良いのですが、最初に年森さんが「作業通話しませんか」って誘ってくれたんです。
――さて、今後の執筆関連のご予定は。
佐原:今「小説すばる」さんで「若草色に帰った」という連載をしていています。お父さんが一緒でお母さんが違う男の子と女の子の視点を交互にして追っていく連作短篇です。なにかひとつ、全世代の人におすすめできて、どんなコンディションの時でも読める「佐原ひかりの一冊目」みたいなものを書きたいという気持ちがあって、こういう話になりました。
その後は、作風の幅がさらに広がるかもしれなくて。いろいろ書き始める予定があります。
(了)


















