『ニッポン博物誌』矢口高雄

●今回の書評担当者●宮脇書店本店 藤村結香

  • ヤマケイ文庫 ニッポン博物誌
  • 『ヤマケイ文庫 ニッポン博物誌』
    矢口 高雄
    山と渓谷社
    1,650円(税込)
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 実用書担当の私が唯一担当している文庫があります。山と渓谷社さんの〈ヤマケイ文庫〉。山に関するルポやエッセイが中心だけど、近年さまざまなジャンルに挑戦してらっしゃるので新刊案内が来るたびに楽しみにしています。

 「釣りキチ三平」で有名な漫画家・矢口高雄さんの『マタギ』がヤマケイ文庫から入荷したのは、2017年でした。その分厚さに驚きながら「これはきっと売れる」と思い追加注文したら即売れ、追加が入荷しても売れ続け、気づけばロングセラーになってしまいました。それからも矢口さんの名作が数点文庫化し、どれも売れ続けているので平積みから外せない状態が続いています。

 そして今年の6月入荷した文庫の一冊が『ニッポン博物誌』です。印象的なタイトル、730頁以上ある分厚さ。それもそのはず、20話も収録されていました。美しい日本の大自然の中で懸命に生きる生きものたちと、私たち人間。

 第1話では〈空飛ぶ風呂敷〉と呼ばれるムササビの恋と家族と別れが温かく、けれどスペクタクルに厳しく描かれています。可愛らしい子どもムササビ達、ムササビという生きものの特徴、フクロウの恐怖、そして突如鳴り響く銃声と人間...弱肉強食は大自然の掟だけど人間はどうなのだ、という血の叫びが読みながら突き刺さるようでした。

1話から既にこの内容...昭和50年代当時の「週刊少年サンデー」で定期的に連載されていたそうです。驚きました。"生"も"死"もしっかりと描かれています。この内容を当時の子どもたちは読んでいたのか...。

 もう、とにかく、画が凄い。凄いったら凄い。ここまでアナログで描きこんでしまうのか...というほどに描かれた大自然、表情豊かに動き回る登場人物(動物)たち、1頁1頁の熱量が凄まじく、まさにいま私は"命"そのものを読んでいる...と気が付けば体中が熱くなります。やっぱり少年漫画なのですよね。キャラクターのアクションがカッコいい!

 川に捨てられても生き残り逞しく生きる猫、カラスと心を通わす老人、ケダニ先生と呼ばれ慕われる医師、時代の移り変わりがもたらす変化、さまざまな猟師VS動物、鷹匠と鷹と孫娘、青大将VSイワナ、納豆が生まれたきっかけ、作者自身の子どもの頃の釣りや虫取りの体験談・目撃談など...。どのドラマも、何らかの実体験・実話をベースにしているのだそうです。

 リアルタイムで読者だった世代の方からしたら今更でしょうが、矢口漫画の魅力を改めてタップリ味わえます。
 お客様が平積みしているのを喜んでくださり「貴方の世代では知らないだろうけど、俺は矢口さんの漫画で育ったんだ。持ってた漫画がボロボロだから嬉しいよ」と笑いながら買ってくださったこともありました。

 ヤマケイ文庫は粋なことをしていますよね。これで新たな矢口ファンが増える。少なくとも私は見事に釣り上げられたというわけです。

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宮脇書店本店 藤村結香
宮脇書店本店 藤村結香
1983年香川県丸亀市生まれ。小学生の時に佐藤さとる先生の「コロボックル物語」に出会ったのが読書人生の始まり。その頃からお世話になっていた書店でいまも勤務。書店員になって一番驚いたのは、プルーフ本の存在。本として生まれる前の作品を読ませてもらえるなんて幸せすぎると感動の日々。