『私の頭が正常であったなら』山白朝子

●今回の書評担当者●宮脇書店本店 藤村結香

  • 私の頭が正常であったなら (角川文庫)
  • 『私の頭が正常であったなら (角川文庫)』
    山白 朝子
    KADOKAWA
    748円(税込)
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 一度だけ山白さんにお会い出来たことがある。といっても、その時は別ペンネームの「乙一さんとして当店に来てくださったのだけど。「この人が高校の頃から読んでいた乙一さん。まるで舟越桂の彫刻みたいな綺麗さがある人だ」さすがにご本人には言っていませんがお会いした瞬間そう感じました。明るく話されていても、どこか静謐な空気をまとっていらっしゃる。
 作品の感想を伝えるなかで「とても切なくなるのに、それが痛いというより気持ちいいですよね」といった言葉を伝え、我ながら変な感想を口にしてしまったと内心焦ったのですが、この感想を喜んでくださったのが印象的でした。変な感想ではあるのですが、実は自分でも間違っていない感想だと今でも思っています。

 この文庫はなんと解説を宮部みゆきさんが担当しているので、私がどんな感想を書いてもこれに勝るものはないでしょう。それでもやはりお伝えしたいのは、山白朝子作品の頭から足先までじんわりと染み込んだような「悲しみ」の美しさです。乙一名義作品以上に、全体的に「悲しみ」が強いのです。
 収録されているのは全部で8編の短編。正直全部の感想を書きたいのですが、どうしても収まりきらないので4編だけ。

「世界で一番、みじかい小説」
 この『For sale: baby shoes, never worn.』というこの言葉のみの小説を、私もいつの間にか知っていたのですが、たったこれだけの言葉に込められた悲しみは...言葉では表現しきれないものですね。不可思議な心霊現象に悩まされる夫婦が、その部屋に纏わるある出来事に辿りつく。ああ、そうだったのか...だからこのタイトル。

「トランシーバー」
 おもちゃのトランシーバーを気に入っていた3歳の息子は、2011年3月11日に妻と共に津波に流されてしまった。酒量が増えていく主人公はある日、回収したトランシーバーから声を聞く―。どんな感想を書けば良いのか言葉が思いつかない話です。私はあの震災を体験しているわけでも誰かを亡くしたわけでもない。けれど、この物語をじっくりと丁寧に何度も読み返しました。

「私の頭が正常であったなら」
 表題作品。ここに書くのもためらうほどの衝撃と悲しみに主人公は襲われます。あまりのむごさに、一度本を閉じたくなりました。けれど、現実に起きないとは言い切れない。その後、そんな主人公にだけ声が届きます。その声を見つけようと懸命になる彼女の姿に、そのクライマックスに「あああ...」と声が漏れました。

「おやすみなさい子どもたち」
 これまであった全ての物語を包み込むような、寄り添うような、そういった子守唄のような。ラストを飾るにふさわしい物語でした。

 山白朝子作品の「悲しみ」は、誰かを救うために祈りを込めたような「悲しみ」です。いま何気ないことで幸せだと思う瞬間が、どれほど尊いものなのかを再確認できる「悲しみ」でした。

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宮脇書店本店 藤村結香
宮脇書店本店 藤村結香
1983年香川県丸亀市生まれ。小学生の時に佐藤さとる先生の「コロボックル物語」に出会ったのが読書人生の始まり。その頃からお世話になっていた書店でいまも勤務。書店員になって一番驚いたのは、プルーフ本の存在。本として生まれる前の作品を読ませてもらえるなんて幸せすぎると感動の日々。