『ステップ』重松清

●今回の書評担当者●精文館書店中島新町店 久田かおり

 本の雑誌社の杉江さんから「横丁書いてみない?」と甘く誘われてから早1年。どうにかこうにか今月で最後のお勤めを果たすことと相成りまして候。
 小学生並みのボキャブラリと中学生並みの文章力を、ムダに熱い思いと勢いだけでカバーし続けて12ヶ月、みなさんお世話になりました。
 泣いても笑ってもこれが最後の横丁。今回も久田アンテナが大きく振れた1冊をご紹介しましょう。
 
 世の中で最も素晴らしい魔法の一つが「ママの手」だろう。
 お腹が痛いとき優しくさすってもらえば痛みは消え、転んでひざをすりむいたときは手のひらを当てただけでひりひりが静まり、得体の知れないもやもやに押しつぶされそうなときもその腕にむぎゅっとされたら心が落ち着く。不思議だけど本当に本当にそうなのだ。
 そしてこれまた不思議だけどパパの手ではこうはいかない らしい。いったい何が違うんだ。何かが足りないのか?それとも余計なモノでも滲み出ているのか?
 そんな魔法の手を持たないパパが一人で(実際にはたくさんの人に助けて貰うのだけれど)悪戦苦闘しながら娘を育てる毎日を描いているのが、重松清の『ステップ』。
 
 物心が付く前に母親を亡くした美紀が、成長するにつれ悩んだりくじけたりしながら現実を受け入れていく姿はけなげで切なくて愛しくて...もしもそばにいたら何のためらいもなくぎゅーーーっっと抱きしめてしまうだろうな。抱きしめて「そんなにがんばんなくたっていいんだよ」って言っちゃうだろうな。甘やかし過ぎっって叱られるかもしれないけどそこがママとパパの違いかも知れないな。
 
 重松作品に出てくる「父親」ってなんだかいつも色んな事が上手くいかなくて、もがいてもがいてもがいて溺れちゃうんだよね。パパっていうより、「おやじ」って呼ぶのがふさわしい感じ。それが今回はプチエリートなパパが主人公でいつもの哀愁がないんだな。
 今まで繰り返し描かれてきた「家族の死」も今回は鋭く胸をかきむしるような痛みではなく、桜餅の葉っぱのような究極のバランスで保たれた塩味になっている気がする。
 試練としての悲しみではなく、次のステージへと進むための一つのステップとしてそれは存在しているようだ。
 悲しみに浸っているだけじゃ何も始まらないし何も変わらない。一歩でいいから前へ進もう!と言っているようだ。
 柔らかな色彩の表紙も軽やかにステップを踏む少女の絵も全く4月にふさわしい。
 何かが終わり何かが始まるこの季節に全くもってふさわしい。
 さぁ私も踏み出すぞ! STEP!!

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精文館書店中島新町店 久田かおり
精文館書店中島新町店 久田かおり
「活字に関わる仕事がしたいっ」という情熱だけで採用されて17年目の、現在、妻母兼業の時間的書店員。経験の薄さと商品知識の少なさは気合でフォロー。小学生の時、読書感想文コンテストで「面白い本がない」と自作の童話に感想を付けて提出。先生に褒められ有頂天に。作家を夢見るが2作目でネタが尽き早々に夢破れる。次なる夢は老後の「ちっちゃな超個人的図書館あるいは売れない古本屋のオババ」。これならイケルかも、と自店で買った本がテーブルの下に塔を成す。自称「沈着冷静な頼れるお姉さま」、他称「いるだけで騒がしく見ているだけで笑える伝説製作人」。