『煙る鯨影』駒村吉重

●今回の書評担当者●中原ブックランドTSUTAYA小杉店 長江貴士

 つい最近知ったことなんですけど、クジラとイルカって同じ生き物なんだそうです。マジで。僕らの味方Wikipediaにはこんな風に書いてあります。

『イルカは、哺乳綱鯨偶蹄目クジラ類ハクジラ亜目に属する種のうち、比較的小型の種の総称』
 
 同じくWikipediaのクジラの項にはこうあります。

『ハクジラの中でも比較的小型(成体の体長が4m前後以下)の種類をイルカと呼ぶことが多い』

 初めて聞いた時は、絶対信じてなるものかと思いました。要するに、小型のクジラ=イルカっていうことですよね。昔の人が、「あの生き物はなんだね?」「クジラみたいだけど、ちっこいねぇ」「あんだけちっこいんだから別の生き物に違いねぇ」「んだ。あれはイルカと名付けよう」なんてことになったのかなぁ、とか想像してしまいます。そんな話を聞いた後でこの本を読んだので、驚きついでにちょっと書いてみました。
 捕鯨に関しては世界で多くの議論があります。詳しく知っていたわけではないけど、日本が捕鯨国として非難されていること、商業捕鯨が禁止されたことなんかはなんとなく知っていました。
 しかし驚くなかれ!なんと日本には、未だに商業捕鯨を続けている船がたった五艘だけ存在するんです。日本は調査捕鯨しか行っていない、と思っている方がほとんどではないでしょうか?僕ももちろんそうでした。
 実は商業捕鯨の禁止は、ある種類のクジラにのみ適応されるもので、それ以外の種類のクジラならば商業捕鯨は可能なんだそうです。
 江戸時代から捕鯨で名を成してきた和歌山県の太地という土地に、商業捕鯨を続けている「第七勝丸」という船があります。普段取材は一切応じないその船に、著者は乗り込むことに成功します。今も捕鯨によって生計を立てている特殊な土地柄に生きる男たちの姿を追ったノンフィクションです。
 世の中には色んな生き方をしている人がいるんだろうけど、なかなかそういう人たちのことを知る機会はないので新鮮でした。机上で捕鯨に関わっている人は世界中に多くいるのかもしれないけど、捕鯨によって生活を支えている人がいることを知る人はわずかでしょう。国際的な世論に身近な生活を翻弄されながらも、それでも前向きにひたむきに捕鯨と向き合っている人々の姿が印象的でした。
 著者が取材をしていく中で最も難しかった部分が、捕鯨賛否論との兼ね合いです。著者は、「大背美流れ」と呼ばれる、かつて捕鯨船を襲った大惨事の話を知り捕鯨船に興味を持ったわけですが、この『捕鯨』というものを取材するに当たって、捕鯨に賛成なのか反対なのかを明確にするように迫られることが度々あったそうです。著者としては、商業捕鯨船の直面している現実をただ知りたかっただけなのに、否応なしに捕鯨賛否論に巻き込まれてしまいます。著者は本作で、捕鯨賛否論の概要にこそ触れるものの、最後まで自らの立場を明確にすることはありません。なかなか稀有なノンフィクションではないかなと思います。
 本作を読んで、なるほどどんなニュースの裏にも『誰か』の人生が関わっているのだなと実感しました。
 

« 前のページ | 次のページ »

中原ブックランドTSUTAYA小杉店 長江貴士
中原ブックランドTSUTAYA小杉店 長江貴士
1983年静岡県生まれ。 冬眠している間にフルスウィングで学生の身分を手放し、フリーターに。コンビニとファミレスのアルバイトを共に三ヶ月で辞めたという輝かしい実績があったので、これは好きなところで働くしかないと思い、書店員に。ご飯を食べるのも家から出るのも面倒臭いという超無気力人間ですが、書店の仕事は肌に合ったようで、しぶとく続けております。 文庫・新書担当。読んでいない本が部屋に山積みになっているのに、日々本を買い足してしまう自分を憎めきれません。