『絞首商會』夕木春央

●今回の書評担当者●さわや書店イオンタウン釜石店 坂嶋竜

 こうしゅしょうかい。
 何やら怪しげなタイトルである。絞首と言えば絞首刑とか絞首台として使われる言葉であり、残酷な状況が思い浮かぶ。そんな物騒な名前の商会とはなんなのか。そう思いながらページをめくると、すぐにその正体は明かされる。無政府主義を掲げ結成された秘密結社らしい。
 そして大正半ばの帝都、謎が満ち溢れた他殺死体として発見されたのはそのメンバーのひとりで──。

 本書は第60回という節目にメフィスト賞が放った令和初のミステリである。
 メフィスト賞と言えば、ある程度読者を選びつつも〝一作家一ジャンル〟と呼ばれるほど、個性的な作品が揃っている。受賞者のほとんどは自分のセールスポイントに自覚的であり、それを磨き、尖らせた作品でデビューしている例が多い。
 しかし、だ。
 尖っている、ということは当然、尖ってない部分もあるということである。逆に言うと、あらゆる面を尖らせたらそれは円であり、丸くなってしまうこともまた事実である(多角形のレーダーチャートをイメージして欲しい)。

 本書にもデビュー作ならではの(あるいは新人ゆえの?)未熟な部分がないわけでもない。〝大正時代〟に入り込むのにやや時間がかかったり、証拠と真相の関係がやや緩い点などである。
 だが自分の長所を伸ばしつつ、できる限り短所を減らそうという工夫がみられ、非常に好感が持てる。メフィスト賞受賞作らしくない(?)著者のその姿勢が有栖川有栖創作塾出身であることと関係しているかは不明だが、安心して本書をお薦めできる理由のひとつである。

 具体的な内容に話を戻そう。
 移動された死体の謎、発見された凶器の謎、内側だけが血だらけのカバン、閉ざされた部屋や容疑者の怪しげな行動、暴漢に襲われる女学生と主人公......そして何よりも〝容疑者四人ともが事件解決に積極的〟というように、数多くの謎が本作には登場する。

 それらの謎に挑むのはかつて被害者宅に窃盗で侵入し警察に捕まった前科のある元泥棒である。
 泥棒が謎を解くミステリといえば初代アルセーヌ・ルパンを筆頭に怪盗ニックや怪盗クイーン、あるいは怪盗キッドなどが思い浮かぶ。
 それらの作品がそうであるように、本書も探偵が謎を解いては成立しない物語だ。(元)泥棒が探偵役だからこそ成り立つ離れ業、と言ってもいい。

 作中に登場する数え切れないほどの謎──それらのすべてが、あるひとつの観点から眺めることで一気に解き明かされる。その離れ業は騙される快感だけでなく、すべてが繋がる爽快感までも読者に与えてくれるはずだ。
 そして最後に気づくだろう。
 どうして本書のタイトルが『絞首商會』だったのか、と。
 そう。
 タイトルこそ作中でもっとも尖っている点であり、作者の好手なのだ。

 ......という感じで、新本格とメフィスト賞に育てられた僕が、月1でオススメの本を紹介していきますので、あと11回、お付き合い頂ければ幸いです。
 現実に疲れた方々に、物語がひと夜の騙り部(かたりべ)たらんことを願いつつ──。

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さわや書店イオンタウン釜石店 坂嶋竜
さわや書店イオンタウン釜石店 坂嶋竜
1983年岩手県釜石市生まれ。小学生のとき金田一少年と館シリーズに導かれミステリの道に。大学入学後はミステリー研究会に入り、会長と編集長を務める。くまざわ書店つくば店でアルバイトを始め、大学卒業後もそのまま勤務。震災後、実家に戻るタイミングに合わせたかのようにオープンしたさわや書店イオンタウン釜石店で働き始める。なんやかんやあってメフィスト評論賞法月賞を受賞。