『カモメに飛ぶことを教えた猫』ルイス・セプルベダ

●今回の書評担当者●丸善お茶の水店 沢田史郎

  • カモメに飛ぶことを教えた猫 (白水Uブックス)
  • 『カモメに飛ぶことを教えた猫 (白水Uブックス)』
    ルイス・セプルベダ,河野 万里子
    白水社
    6,600円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

 差別はいけない。なんてことは、今更言われなくても知っている。
 ならばお前は知っているだけでなく、ちゃんと理解しているのか? 差別をしないってのはどういうことか、ちゃんと説明出来るのか? それは、行動を伴っているのか? と訊かれると、正直に言おう、俄かに心もとなくなる。差別をしないって、どういうことだ?

 それを、猫のゾルバは、たったひと言で喝破する。曰く、

《きみはぼくたちとは違っていて、だからこそぼくたちはきみを愛している》。

 って話があとさきになった。ルイス・セプルベダ『カモメに飛ぶことを教えた猫』(河野万里子訳/白水Uブックス)である。ドイツはエルベ川沿いの港町、ハンブルクでのんきに暮らす猫のゾルバ。彼が運命のいたずらにより、瀕死のカモメから1個の卵を預かることで、物語の幕は開く。

 その卵を食べないこと、ヒナが生まれるまで卵の面倒をみること、そして、生まれたヒナに飛び方を教えること。以上三つを、死にゆく母鳥と約束したゾルバ。彼は、仲間たちの協力を仰いで卵を温め、生まれたヒナをフォルトゥナータ(幸運な者)と名付け、餌の確保にキリキリマイし、チンピラ猫を追い払い、ネズミのボスと休戦交渉をする。

 そんな苦労の甲斐あって、フォルトゥナータはすくすく育ち、いよいよ巣立ちの日も間近。ところが......、

《でもわたしは、飛びたくなんかないの。カモメにだって、なりたくない。わたしは猫がいいの》

 なんと、猫に育てられたカモメのフォルトゥナータは、自分も猫になれると思い込んでいるではないか!?

 ......おいおい、俺たちが何の為に今まで苦労を重ねてきたと思ってるんだ! などと、そんな善意の押し売りみたいなことをゾルバは言わない。代わりにそっと、まるで頭でも撫でるような優しさと、最終弁論の如き厳粛さで、説き聞かせる。

《これまできみが、自分を猫だと言うのを黙って聞いていたのは、きみがぼくたちのようになりたいと思ってくれることが、うれしかったからだ。でもほんとうは、きみは猫じゃない。きみはぼくたちとは違っていて、だからこそぼくたちはきみを愛している》

《きみのおかげでぼくたちは、自分とは違っている者を認め、尊重し、愛することを、知ったんだ。自分と似た者を認めたり愛したりすることは簡単だけれど、違っている者の場合は、とてもむずかしい。でもきみといっしょに過ごすうちに、ぼくたちにはそれが、できるようになった》

 そうなのだ。"自分と似た者を認めたり愛したりすることは簡単"なのだ。国籍、人種、セクシャリティ、宗派、学歴、思想、信条、エトセトラ。人類史の不幸の大半は、それらが"違っている者"と仲良く出来なかったことが発端ではなかったか? 或いは、日本中で頻発するヘイトやイジメ、各種ハラスメントや虐待も、元をただせば、自分と"違っている者"を認められないことが原因ではないか? 今、世界中で猛威をふるっている新型コロナウィルス、その感染者や医療従事者に対する心ない発言も、同様だろう。

 ならば、どうする? そう、僕も含めて、みんな知ってる。知ってるけれど難しい。だけど猫に出来たなら、人間にだって出来ないことはないだろう。"自分とは違っている者を認め、尊重し、愛すること"が。

 将来、数十年後か、数百年後かに、「きみはぼくたちとは違っていて、だからこそぼくたちはきみを愛している」とみんなが言えるような世界になったらいいな、と思う。そこに向って、ゆっくりでも進んでいけたらいいな、とも思う。『カモメに飛ぶことを教えた猫』を読む度に、そう思う。だからこの物語が、もっと多くの人に読んで貰えたらいいな、と願う。

 と、この原稿を準備しているまさにその最中に、作者であるルイス・セプルペダ氏の訃報が届いた。死因は、新型コロナウィルスだそうだ。心から、ご冥福をお祈りします。セプルペダ氏とは人種も国籍も宗教も違うとは思うけど、氏ならそんなことは、きっと気に留めない筈だから。

« 前のページ | 次のページ »

丸善お茶の水店 沢田史郎
丸善お茶の水店 沢田史郎
小説が好きなだけのイチ書店員。SF、ファンタジー、ミステリーは不得手なので、それ以外のジャンルが大半になりそう。 新刊は、なんだかんだで紹介して貰える機会は多いので、出来る限り既刊を採り上げるつもりです。本は手に取った時が新刊、読みたい時が面白い時。「これ読みたい」という本を、1冊でも見つけて貰えたら嬉しいです。