永らくご愛読いただいておりました「たのしい47都道府県正直観光案内」は、第19回奈良県より「本の雑誌」に連載が移りました。当ホームページでは宮田珠己さんの新連載「無脊椎水族館」をスタートしました。合わせてお楽しみ下さい。

第1回 和歌山県

 和歌山県をひとことで言い表すとすれば、それは「遠い」です。

 遠いも遠い、ありえないほど遠いです。関西に住んだことのない人間には理解しにくいかもしれませんが、本当に遠いのです。

 これがたとえば北海道の稚内が遠いと言われれば当たり前です。地図を見れば一目瞭然でしょう。
 ところが和歌山県は日本地図のまんなか付近、日本の歴史における最重要地帯に隣接しているにもかかわらず遠いのです。私は京阪神で生まれ育ちましたが、その当時は和歌山県より宮崎県のほうに親近感を抱いていました。そのぐらい遠いです。

 疑うのであれば、紀勢本線に乗って紀伊半島を一周してみてください。瞬く間に世界から忘れられたような気分になるはずです。御坊、田辺、白浜、すさみって、どこまで行っても同じ景色が終わりません。
 そうして地の果て串本に着き、それまで南下していた列車が今度は北に向かってどんどん走ってどこに着くかというと新宮です。なんと、まだ和歌山県なのです。紀伊半島は右が三重県、左が和歌山県と思ったら大まちがいで、右も和歌山県です。
 今は飛行機があるのだから空路で行けばすぐだと思うのは素人と言えましょう。ためしに南紀白浜空港に着陸してみてください。目的地までもう一回飛行機に乗りたいと思うはずです。

 ちなみにこんなことを書くと、読者はまるで私が和歌山県を憎んでいるかのように感じるかもしれませんが事実は逆です。好きだ和歌山。もし私が好きな県ベスト5を選ぶとするなら必ず入れる県です。和歌山県からの転校生はみな変な奴ばかりでしたが、それでも好きです。

 だいたい半島というのはおしなべて変なのです。煮詰まってるというべきでしょうか。煮詰まっているから文化が濃い。濃縮されている。つまりいろいろやりすぎということです。だから紀伊半島は日本でも最大級にやりすぎる。これは、パンダの数を見ても明らかです。なぜ和歌山県にこんなにたくさんパンダがいるのか私にはさっぱりわかりません(アドベンチャーワールド)。

 さて、そんな和歌山県最大の観光スポットといえば、世界遺産の熊野で間違いないでしょう。といいますか他県人から見ると和歌山県はほとんど全部熊野です。熊野とみかん以外いったい何があるというのでしょう。ああ、高野山があった。
 なのでみんな熊野か高野山に行けばいいと思いますが、問題は熊野古道。近年、四国遍路に次ぐ日本古来の巡礼の道として熊野古道が注目されており、写真を見ると雰囲気もよさそうだし私も一度歩いてみたいと思っているのですが、あれはいったいどういうつもりなんでしょう一筆書きできないのは。めちゃめちゃやる気なくします。どこからどこまで歩けば達成感があるのか。巡礼路は一筆書きしてなんぼではないでしょうか。

 ともあれ、なんにせよ和歌山県といえば熊野を観光すれば十分面白く、それ以上つけ足すことはないのですが、観光案内というからには何か案内しないとかっこうがつかないので、熊野以外のおすすめスポットも紹介してみようと思います。

 和歌山県から熊野と高野山を除くと、残るはみかんと海ということになります。みかんと海しか残らないと言ってもいいでしょう。よくないのかもしれませんが(たとえば猫の駅長など)、ざっくりそういうことになります。この観光案内はざっくりが信条ですので細かいことで文句を言わないように。

 海の和歌山では串本ダイビングパークが強力おすすめです。
 ここには海中に巨大テーブルサンゴの群落があって、ダイビング未経験者でも簡単に見ることができます。水着に着替え、できれば安全のためウェットスーツを借りて海に入れば、すぐそこがテーブルサンゴです。干潮のときなど海面に出ていることもあります。サンゴ海面から出て平気なのかは知りませんが、サンゴの隙間には、ウミウシやフグやイカなどいろんな海の生き物がいてナマで見放題です。
 なぜこんな本気のサンゴが近畿地方にあるのでしょうか。温暖化のせいではありません。温暖化前からあるのです。和歌山県すいぶん遠いと思ったら熱帯に届いているのかもしれません。

 ウェットスーツに着替えるのはちょっと......という人には、すさみ町立エビとカニの水族館をおすすめします。駅から少し歩くうえ、やっと着いたと思ったら見た目がボロくて引きますが、なにごとも見た目で判断してはいけません。きちんと見物すれば、ここは記憶に残る水族館です。展示はエビ、カニ、エビ、カニ、エビ、カニ......ってひたすらそれだけ。それの何が面白いのかという人は、わかってない。何でも広く浅く見るより、一点突破でぐいぐい見たほうが面白いのです。ここではヤドカリをガラスの貝に入れて内部が観察できるようにしてあったりします。ヤドカリが貝の中で何をしているのか一目瞭然。そんな展示は全国にも滅多にありません。さらにここではカニの餌としてエビを与えていました。カニの餌がエビ。エビの餌はカニでしょうか。無限ということについても考えさせられます。

 海の生き物にまったく興味がないというなら粘菌はどうでしょうか。白浜の南方熊楠記念館では生きた粘菌を見ることができます。粘菌というのはアメーバのように動き回るかと思えばキノコふうにじっとしてみたりする生物で、実に得体が知れなくて素晴らしいです。何であれ得体の知れたものより知れないものを見るほうが面白いに決まっていますから、ここも強力おすすめです。

 そういえば那智勝浦のホテル浦島は、ひとつの半島をまるごとホテルにした温泉で、地下通路が縦横にめぐらされた館内がまるで秘密基地のようになっています。泉質とか料理とかそんなことは私は知りませんが、サンダーバードが好きなら一度は泊まるべきでしょう。