永らくご愛読いただいておりました「たのしい47都道府県正直観光案内」は、第19回奈良県より「本の雑誌」に連載が移りました。当ホームページでは宮田珠己さんの新連載「無脊椎水族館」をスタートしました。合わせてお楽しみ下さい。

第4回 宮崎県

 宮崎県というと、われわれはなんとなく四国と向かい合ってるように思っていますが、全然向かい合っていません。太平洋にもろむき出しています。南国土佐よりさらに南国にあって、どっぱんどっぱん荒波が打ちつけています。ですからサーファー天国になっているわけですが、私は磯場で変な生きものを見るほうが好きなので、そこは評価しません。個人的な話ですみません。

 さて、そんな宮崎県をひとことで評するとするなら、それは「明るい」ということと、「コ」です。って、ふたことになってますが、とにかくまず日差しが明るい。明るいと旅も楽しいですから、それだけで大きなアドバンテージです。そして「コ」とは何のことか。

 県というのはどこもだいたい肉厚です。宮崎県も他県に引けをとらない厚さをもっています。そして観光スポットはといえば、県北部の高千穂、延岡周辺と、県南部の青島や飫肥、都井岬から都城、霧島あたりに点在しているので、宮崎県全体を観光しようとすると、海岸線に沿って南北に縦断することになります。これらを地図にプロットしていきますと、県北のいろいろと県南のいろいろを海岸線一本で結ぶ「コ」の形になるわけです。

 そうすると気になるのは、肉厚な中央部の左側はどうなっているのか、ということです。「ロ」じゃなくて「コ」だったというときの、欠落した左の縦棒部分には何があるのでしょう。私にもわかりません。ためしに地図を開いてみてもわからない。そのわからなさたるや、ロシアのモスクワとシベリアの間に何があるのかわからないのと同じぐらい正体不明です。早急な調査が待たれます。

 さて「コ」の右の縦棒は荒波どっぱんどっぱんとして、横棒を見て行きましょう。上の横棒の先端は高千穂です。そして下の横棒の先端はといえば、なんとここも高千穂なのです。すなわち宮崎県に高千穂は2ヶ所あり、初心者向けのトラップとなっています。

 北の高千穂は、いわゆる高千穂です。高千穂神社があり、高千穂峡があって、神楽で有名なあの高千穂。

 一方、南の高千穂は、霧島連山の一角である高千穂峰です。頂上に天の逆鉾が突き立っていて、王となる者だけがそれを引き抜くことができると言われて......じゃなかった、坂本龍馬が新婚旅行に来て引き抜いたと言われています。

 両者は直線距離で100キロも離れているので、同じ高千穂だから1日で回れるだろうと考えたら大間違い、それこそがまさに相手の思う壺です。高千穂を巡ろうとすると、いったん海沿いに出て宮崎県を全部縦断させられることになります。「コ」の左の縦棒がないのも、実は深い策略によるものかもしれません。

 あるいは、それほど深い意味はなく、北から巡るにしても南から巡るにしても、まず高千穂、そして海沿い、最後に高千穂という順になるので、宮崎県は高千穂に始まり高千穂に終わると、そういうふうにうまいこと言って欲しかっただけかもしれません。

 それで私のおすすめはというと、これがやっぱり高千穂なのでした。とくに北の高千穂の高千穂峡の貸しボートは、万難を排して乗るべきボートです。日本全国に貸しボート数あれど、これほど乗る価値のある貸しボートはそうはありません。そもそも貸しボートなんてものは、雑踏を避けてふたりきりになりたいカップルか、もしくは歩きつかれた家族連れ、じゃなければ釣り人が乗るぐらいのもので、涼しげだと思って乗ってみたら逆に日差しが照りつけて暑かったりして二度と乗らなくていいやってなもんです。そこには何の新鮮味もありません。

 しかし高千穂峡の貸しボートは違います。それはアドベンチャー、永遠の勇者たち。ボートを借りたら、ひたすら川を遡ってください。最初に狭き門のような峡谷の入口を抜けると、真名井の滝という有名な滝が岸壁から流れ落ちていますが、そこで満足せずどんどん漕いでいくと、その先にインディ・ジョーンズばりの大冒険が待っています。

 もちろん川や湖で冒険したければ、今はカヌーやカヤックというものがあって、むしろそっちのほうが冒険そのものです。けれどもカヌーは事前にある程度のテクニックをマスターする必要があり、そうでなければインストラクターに同行してもらわなければなりません。しかも着替えが必要なうえ、往々にして濡れます。

 それに対し手漕ぎボートは誰でもすぐに乗れて技術もほぼ必要ありません。それでいて、単なる丸い池や四角いお濠に浮かぶだけの一般的なボートでは味わうことのない大峡谷を堪能できるのですから、高千穂峡は貸しボート界の聖地と言っても過言ではありません。高千穂が聖なる地と呼ばれているのには、この貸しボートも一役買っているに相違ありません。

 これに対し、南の高千穂はどうかというと、実は私も高千穂峰には登ったことがないのですが、高千穂峰にほど近い霧島連山のえびの高原は、とても気持ちのいいところで、アプローチも簡単なのでおすすめです。日本は山国なので素晴らしいトレッキングコースは無数にありますが、登山経験のあまりない観光客でも手軽に行けるコースとしては、上越や信州以外では最高ランクと言っていい気がします。

 えびの市には田の神(たのかんさあ)と呼ばれる石像が田園風景のなかに点在しており、そのユーモラスな姿を探して散歩するのも、面白い旅になるでしょう。

 最後に「コ」の縦棒、海岸沿いには荒波以外に何があるか。

 有名な青島や鵜戸神宮、西都原の古墳群などの名が浮かびますが、それらを置いてもまず訪れなければならないのは高鍋大師です。高鍋町のどこからでも見える丘の上に、岩岡保吉という人が自らの半生を賭けてつくりあげた巨大石像群があります。

 石像は、どれもカクカクして、つくり手が曲線を彫れなかったことがよく伝わってきます。まあ、仏師でも何でもない岩岡氏が自らの手でつくったのですから、そこは大目に見るべきというか、そうだからこそ逆に素晴らしい素朴さがにじみ出ていると考えます。個人が勝手につくったB級スポットにもかかわらず、あまりに目立つうえ、ピクニックにちょうどいい丘の上にあることからいつしか住民に愛され、地元ではA級スポット扱いになっています。

 全国に数あるB級スポットのなかでも、ここは最も成功した例のひとつと言ってよく、同じ高鍋にある個人経営の九州民俗仮面美術館とともに強烈な民俗オーラを放っていておすすめです。