永らくご愛読いただいておりました「たのしい47都道府県正直観光案内」は、第19回奈良県より「本の雑誌」に連載が移りました。当ホームページでは宮田珠己さんの新連載「無脊椎水族館」をスタートしました。合わせてお楽しみ下さい。

第5回 富山県

 北陸新幹線が開業し、東京方面からのアクセスが便利になった富山県ですが、地元民はあんまり喜んでいないと聞きます。観光客がみな金沢に行ってしまい、富山県は素通りされるというのです。そういうものでしょうか。これまでも上空をスルーされていたけど見えなかっただけではないでしょうか。

 まあ細かい事情はよく知りませんが、ただこれだけは言っていいと思います。
 富山県が悲観する必要はまったくないと。

 たしかに太平洋側に住む人間から見れば、富山県は金沢の陰に埋もれて目立たない存在かもしれません。仮に石川県の隣が新潟県であっても、日々の暮らしにとくに支障はないでしょう。

 しかし観光についていえば、実は日本屈指の実力を誇るのが富山県なのです。その底力は金沢を凌駕するといっても過言ではありません。

 富山県の観光をひとことで言い表すとすれば、それは「スペクタクル」です。

 長野県から北アルプスを横断する立山黒部アルペンルート。その核心部はほぼ富山県にあります。トロリーバス、ロープウェイ、ケーブルカーを乗り継いで巨大な山脈を越えるというのは、なかなか味わえるものではありません。

 途中には日本最大級の黒部ダムがあり、落差日本一の称名滝や、春には室堂平に高さ10数メートルにもなる雪の壁に挟まれた道路が開通し、それはそれは......、え、何です? そんなの誰でも知ってる? 滝なんてどこも似たようなもんだし、黒部ダムはテレビで何度も見た......ああ、そうですか。

 では、とっておきのスポットを紹介しましょう。
 それは白岩砂防堰堤。

 安政5年の大地震により、立山連峰の鳶山が崩壊。カルデラ内に土砂が溜まり、それが大雨が降ると決壊して下流域に甚大な被害を及ぼすので、これを防ぐために多くの砂防ダムが建設されました。なかでもとくに圧巻なのが昭和14年に完成した白岩砂防堰堤。8つの堰堤が落差108メートルにわたって巨大階段上に連なっています。

 え、なんですか? それはダムマニア向けのスポットだろって?
 ちがいます。私はダムマニアではありません。この堰堤は、重要文化財に指定されているのです。砂防ダムが文化財。珍しい話ではないでしょうか。見た目も他に類のないえぐさです。見て損はないと思います。

 ま、いいでしょう。もっと誰でも楽しめるものを出しましょう。実はもっといいものがあります。
 それは立山砂防工事専用軌道。

 いや、だからマニアじゃないってば。
 これはつまりトロッコです。言っときますが黒部峡谷鉄道のトロッコ列車のことではありません。

 声を大にして言いますが、トロッコ列車とトロッコは違います。
 私はマニアじゃないので専門的なことは知りませんが、乗る立場でいうとまったく違います。

 全国にはトロッコと名のつく観光列車がたくさんありますが、ほとんどは単に窓を外した列車にすぎません。トロッコとはそもそも狭い軌道を小さな 箱みたいな乗り物に乗ってチマチマ進んでいくところに興奮があるのであって、電車みたいにゆったり走るものをトロッコと呼んでほしくありません。

 まれに鉱山鉄道などほんもののトロッコを復元して乗せてくれる観光地もありますが、たいてい短い。他県で、今は廃坑になった観光鉱山の復元トロッコに乗ったら、ほんの200メートルほど走って終わりでした。これでは遊園地の子ども用アトラクションと変わりません。ああ、そうなのです。われわれは何度トロッコに裏切られてきたことでしょう。こんなにも乗りたいのに、日本で真のトロッコ体験ができる場所はほとんどないに等しいのです。

 が! 立山砂防工事専用軌道はちがいます。観光用ではない現役のトロッコであり、乗車時間は38ものスイッチバックを経由しながら1時間45分。そんなに長く乗っていられるトロッコが他にあるでしょうか。夢のようです。みんなが待ってた真のトロッコがここにある。

 ただ、白岩砂防堰堤を見るにも、トロッコに乗るにも、立山カルデラ砂防博物館が主催する体験学習会に応募しなければなりません。トロッコの人気は高く、抽選の倍率は最大で5倍以上とも言われています。しかも抽選に当たっても3割ぐらいは天候などの要因で実施されないというツンデレぶり。
 それだけに、もし乗ることができれば貴重な体験になるでしょう。これのためだけでも富山県にいく価値があるというものです。

 さて、こうして見てくると富山「スペクタクル」の中心は土木だということがわかってきます。
 富山観光=土木観光といってもいい。

 入善町には、下山芸術の森発電所美術館といって、水力発電所をそのままアートスペースにしたかっこいい美術館もあります。

 さらに富山駅からすぐのところから富岩水上ラインという遊覧船が出ていて、これに乗ると水のエレベーターが体験できます。正式には閘門といって、水位の異なる河川や運河の間で船を上下に移動させる仕掛けのことです。水位差は2・5メートルということで、たいしたことはありませんが、観光客が閘門を体験できるのは全国でもここぐらいではないでしょうか。

 また富山県はローカル鉄道も多く、鉄道好きにも訴えるものがあります。思えば、立山黒部アルペンルートもケーブルカーやトロリーバス、ロープウェイなど、乗り物目白押し。トロッコや水上ラインを合わせれば、乗り物天国と言えるでしょう。

 最後にもうひとつ。富山県には土木的スペクタクルのほかに、別のスペクタクルもちゃんと用意されています。

 それが3大奇観と呼ばれる魚津の蜃気楼、埋没林、そして滑川のホタルイカ。もうめんどくさいので詳しくは説明しませんが、富山県を訪れるなら春がいい。肴はあぶったイカでいい。蜃気楼、ホタルイカ、立山の雪の壁、どれも春の風物です。もちろん夏や秋も山が美しい季節。冬についてはよく知りません。