永らくご愛読いただいておりました「たのしい47都道府県正直観光案内」は、第19回奈良県より「本の雑誌」に連載が移りました。当ホームページでは宮田珠己さんの新連載「無脊椎水族館」をスタートしました。合わせてお楽しみ下さい。

第7回 北海道

 私ごときが北海道の観光案内をするなど100年早い感がありますが、考えてみれば、どの都道府県を案内するのも100年早いので、気にせず今回も己の良心と公正さと思い込みと偏見にしたがって案内してみようと思います。

 まず最初に言っておかなければならないのは、北海道は広いということ。それも尋常じゃなく。九州の倍以上あります。北海道ひとつで10以上の県が入るぐらい広いのです。なので、だいぶ端折って紹介する必要があります。

 とはいえ、本州以南の県と同じような感覚で広がっているわけではありません。人口密度も薄ければ、町も少ない。たとえば県別の地図を見て、他の県であれば地図上に何も載ってなくても、そこには町もあれば人も住んでいる可能性があります。全部載せられないから省略されているわけです。

 でも北海道は違います。地図に載っていないものは存在しません。地図上で何もないところに一本だけ道路が走っている場合、そこには何もありません。町も店さえもない。あるのは原生林とときどき駐車場です。ただポツンと駐車場。自販機もトイレもないパーキングエリアみたいなものが、国道沿いに配置されています。あまりに隣の町が遠いため、ここで休んでいけということでしょう。

 そういえば北海道における県道にあたる道路は何と呼ぶのでしょうか。道道?

 さて、そんな北海道をひとことで言い表わすとすれば、これはもう「大自然」と「外国」ということになるでしょうか。あ、またふたことになってしまった。

 まず「大自然」。風景が日本じゃない。函館ですでに何かがちがいますが、そこで感心するのはまだ早い。道北に近づくと北海道はさらにもう一段変化し、ぐっと北極圏に近づいた感じがします。その荒涼たる大地の広がりは、トナカイが飛び出すまであと一歩という感じでしょうか。

 そうしてそのまま大いなる期待とともに日本最北端の宗谷岬へと到達してみると、えーなんといいますか、どうやら君とぼくとの間には認識の相違があるようだ、ぼくは岬と言ったはずだよ。岬といったら陸地が海に突き出ているところだよワトソン君。

 稚内まで来たなら、利尻、礼文に渡るとさらに味わいがありますが、北海道の素晴らしい大自然について語りだすと、とてもこの項では手に負えないので割愛します。サロベツ原野とか知床半島とか釧路湿原とか大雪山系とか摩周湖とかオホーツクの流氷とか、全部いいのでどこでも行くといいでしょう。最近では摩周湖に近いエメラルドブルーの神の子池や、美瑛の白金温泉を流れるコバルト色のブルーリバーなどの人気が上昇しているようです。

 道東や道北まで行く余裕がないという方には、有珠山はどうでしょう。2000年に大噴火を起こしたことは、もうみんな忘れていると思いますが、その爪痕がすごいです。そもそも噴火したのは従来の火口ではなく、道路でした。道路が陥没して火口となり、周囲の住宅や工場を飲み込んで、隣接する洞爺湖温泉街には熱泥流が流れ込んで橋と団地を破壊しました。その痕跡が今もそのまま残され圧巻です。雲仙、桜島、三宅島、浅間山など噴火の爪痕が残る場所は全国にいくつもありますが、これほど広範囲に生々しい痕跡が残る場所を私はほかに知りません。

 そもそもすぐそばには昭和新山というできたての山があるのですから、考えてみるとすごい話です。山って、そんな気軽にできていいものなんでしょうか?

 さてもうひとつのポイント「外国」についてです。

 北海道は風景だけでなく歴史も本州以南とはまったく違っています。北海道には弥生時代がありません。古墳時代もない。縄文のあとは続縄文とオホーツク文化→擦文→アイヌと移り変わったと言われています。あとトビニタイ文化というのもある。どんな文化だったのかまるでイメージが湧きません。トビニタイ? 何語なんでしょうか。

 北海道にはかつて北方からやってきた異民族が住んでいました。網走にある北方民族博物館、モヨロ貝塚館では、そうした異民族文化の痕跡などを紹介していて、どこからどこまでが日本という既成概念が頭の中でとろけていくのを感じます。北方民族博物館は、大阪が誇る国立民族学博物館にも似て非常にエキゾチックなのですが、なぜかこれらの博物館はちっとも世間に知られておらず、実にもったいない話です。

 あと北海道といえばアイヌを忘れるわけにはいきませんが、東京オリンピックが開かれるかもしれないし開かれないかもしれない2020年、室蘭と苫小牧の間、白老の湖畔に国立アイヌ文化博物館がオープン予定で、これも期待できます。

 さらに北海道と本州以南の文化が全然違っている例として、北海道には大きな神社仏閣がほとんどない点があげられます。最近のものが少しあるだけ。

 そんななかで唯一面白いのは、瀬棚町にある太田神社でしょうか。日本一危険な場所にある神社とも言われ、急斜面をさんざん登ったあと、さらに垂直の断崖にかかる鎖を登らないとたどり着けません。3度参拝すると願いが叶うと言われ、私が行ったときも彼氏が欲しい女性たちが集団で登っていました。残念ながら最後の鎖を前に断念していたようです。鎖を登ってみると小さな洞窟と祠があり、「恋人を作る! 横澤玲子」と大書きされた絵馬がかかっていました。横澤さんの健闘を祈ります。

 最後に知床半島と根室半島の間にある小さな野付半島を紹介して終わりにします。国後島を望むこの地には今は海抜0メートルの砂州しか残っていないのですが、あまりにぺったんこなのでまるで海の中に立っているかのようなこの土地に、かつて国後に渡る港があったそうです。キラクと呼ばれる遊郭があったという伝説もあり、こんな最果ての地に遊郭が、と想像するだけで寂寞とした思いが胸にこみあげます。