永らくご愛読いただいておりました「たのしい47都道府県正直観光案内」は、第19回奈良県より「本の雑誌」に連載が移りました。当ホームページでは宮田珠己さんの新連載「無脊椎水族館」をスタートしました。合わせてお楽しみ下さい。

第6回 山梨県

 山梨県といえば、まず何を置いても富士山から語りはじめなければなりません。

 東京方面から中央高速もしくは中央本線を利用して富士山へ向かうと、大月で河口湖方面へ分岐もしくは富士急行に乗り換えます。その先、道も線路もくねくねと曲がりながら、山の合間合間に富士の姿が見え隠れするようになります。

 富士山の写真は日本人なら誰でも見たことがありますが、それでも実物を見るとおどろきます。

 でかい。思っていた以上にでかい。

 山というのはだいたいこのへんにてっぺんがあるもの、といつもの調子で考えていると、それよりはるかに高くそびえたっている姿に威圧感を覚えるほどです。日本一の山と知っているからそう感じてしまうのでしょうか。いや、形は美しく裾野は広く、まったく富士山の素性を知らない人間でも感動するはずです。

 ところで富士急行に乗っているとやがて富士山駅に到着しますが、この富士山駅という名前はなんとかならないのでしょうか。どこが富士山なのでしょう。めっちゃ町なかです。ここからバスに乗って富士山に向かう起点なのだとしても、富士山麓もしくは富士山口とでもすべきで、富士山は盛りすぎです。
 かつて山陰本線に出雲大社口駅があり、出雲大社ははるかに遠いのにまちがえて降りてしまう人が続出、大問題になったのを思い出します。

 ともあれ日本一の山となれば、誰もが一度は登ってみたいと思うもの。私も一度登りにいきました。そうしたら何ということでしょう、想像していた山登りとは全然ちがいました。

 山登りといえば、ふつうは森を歩き、沢のせせらぎを聞き、ときには池塘だの巨木だの可憐な花などに出会い、また動物の姿を見たりもし、不意に視界が開けて素晴らしい眺めを堪能したりと、いろいろ緩急つけながら登っていくものです。
 しかし富士山にそんな旅情は一切ありません。あるのは砂と石のみ。
 道はひたすら、坂、坂、坂です。
 森林限界を超えている五合目より上に森はなく、形のシンプルな単独峰なので道に変化もありません。考えてみれば当たり前のことでした。
 眺めだけは一流ですが、最初からずっと下界が見えているので、すぐに感動はなくなり、とにかくただただ崩れやすい砂と石の坂道を、折り返しながら延々と登っていくだけです。

 もちろん日本一高い山頂に着いたときには達成感がありました。でも、また登りたいかといわれると微妙。山登りというより坂登り、それが富士登山の現実です。一度富士山に登って、もう山はこりごりという人がいたら、実にもったいない話。他の山は基本もっと楽しいです。

 富士山以外はどうでしょうか。

 山梨県というと浮かぶのは富士五湖や忍野八海、そして多くの山や渓谷。とりわけエメラルドブルーの淵が美しい西沢渓谷や、川遊びが楽しめる尾白川渓谷、さらに変わった吊り橋を巡り歩く大柳川渓谷など、ちょっとしたハイキングにうってつけのスポットであふれています。

 しかしそんなお手軽な山と渓谷に気を取られ、みんな大事なことを忘れています。そう、富士山に次ぐ日本第2の高峰=北岳も、山梨県にあるということを。

 というか、日本で2番目に高い山が北岳だということもおおむね忘れています。

 北岳は標高3193メートル。甲斐駒、仙丈岳、間ノ岳、農鳥岳などとともに山梨県の西に壁のようにそそりたっています。つまり南アルプスですが、山好きを除くと、ほとんどの人は南アルプスに天然水以外何があるのか知りません。北アルプスについては、穂高だの槍ヶ岳だの白馬大雪渓だの上高地だの、いろいろ知っていますが、南アルプスとなると、農鳥岳? なんだその変な名前、ってなもんです。雪解けの頃、解け残った雪の形が鳥に見えたら田植えを始めたことから農鳥岳と呼ばれるそうですが、ネットで検索しても鳥らしい雪形の画像が出てきません。本当にあるのでしょうか。

 明るくてかっこいいイメージの北アルプスに比べ、南アルプスは地味で暗い印象です。実際、北にくらべて緑が濃い。そうするとどうなるでしょうか。

 知名度低い+緑が濃い=秘境感UP
 ということになります。

 下部温泉付近から南アルプス街道と呼ばれる県道37号線が北岳のほうへ伸びていますが、この道をバスに乗って奈良田温泉へ向かうと、切り立った峡谷の壁があちこちで崩落して、そこらじゅう工事中だったのを覚えています。どこのヒマラヤかと思いました。奈良田温泉まで来ると景色は広がってあか抜けるのですが、それでいて俗世間とは切り離された「ここにいれば誰にも見つからない」感が漂っています。

 県道37号線はこの先通行規制がかかっており、ストリートビューも引き返します。その奥には、原生林の紅葉が見事な白鳳渓谷があって、バスなら通れるとのことなのでいつか行ってみたいものです。

 そうそう、肝心な場所を忘れていました。富士吉田にある日本2大遊園地のひとつ富士急ハイランド。

 日本の2大遊園地はTDなんとかやUSなんとかでは断じてありません。なぜなら遊園地の優劣はジェットコースターの数で決まるからです。誰がそんなこと決めたのかというと私です。富士急ハイランドには大人向けのジェットコースターが4つもあって、ここにその栄誉を称え表彰します。

 そのほか地図を見ると山梨県は甲府盆地を中心にだいだい丸くまとまっていますが、最近なぜか左のほうだけ垂れ下がっていることが確認されました。東京方面からだと富士山の陰に隠れて見えないこの部分にいったい何があるのか、今後の調査が待たれます。