永らくご愛読いただいておりました「たのしい47都道府県正直観光案内」は、第19回奈良県より「本の雑誌」に連載が移りました。当ホームページでは宮田珠己さんの新連載「無脊椎水族館」をスタートしました。合わせてお楽しみ下さい。

第10回 栃木県

 関東平野の北端に位置する栃木県は、東京近郊の他県同様、ダサい県ということになっています。

 ですが、東京から東北新幹線もしくは東北自動車道で北上してみると、新幹線なら宇都宮あたり、高速ならもっと早くて埼玉県との県境を流れる渡良瀬川を越えたあたりで、心がだんだん穏やかになってくるのがわかります。やっとぺったんこな関東平野から脱出できる、山が見える、という安心感が、そうさせるにちがいありません。

 平坦で、人工物に覆われ、人と車であふれかえった関東平野から、離れれば離れるほど人は緩やかになる。その意味で、東京から遠ざかるにつれ、ダサさはむしろ減ると言っていいのではないでしょうか。

 このことから最もダサい都道府県は東京であるという隠された真理がじわじわと浮かび上がってくるわけですが、それについては東京都の項で語るとして、今は栃木県に集中しましょう。

 栃木県の観光といえばなんでしょうか。

 何といってもまずは日光でしょう。

「栃木県」と書いてみると、「栃」の時点で瞬く間に親近感がなくなっていきますが、「日光」と書いてみれば、がぜん輝きを増してくるからふしぎです。

 日光の見どころは、やはり東照宮の圧倒的な彫刻群。なかでも有名なのが左甚五郎の作とされる眠り猫ですが、見にいくと、とりたててインパクトはありません。なぜこれが有名になったのか。バリ島のおみやげに似たようなのがあった気がします。

 一方で、陽明門はさすがに迫力があります。彫刻が密集していて、ひとつひとつじっくり見てみたい衝動に駆られますが、見あげていると首が痛くなってくるうえ通行の邪魔になるので、何度も行っても記憶にとどめることができません。

 そんなわけで、たくさん彫刻があるな、とは思っても、東照宮の真のすごさを味わって帰る人はあまり多くない気がします。

 そこで私がお薦めしたいのが、回廊の壁にある彫刻です。花鳥風月や動物などが24面にわたって彫り込まれ、圧巻です。やや見上げる必要がありますが、見ている人は多くなく、落ち着いて楽しむことができるでしょう。

 彫刻以外では、薬師堂の天井に龍が描かれてあり、その下で手を叩くとその音が反響して龍が鳴いたように聴こえるというのですが、残念なことに、ひとくさりお土産を営業されてからでないと自由に手を叩かせてもらえません。鳴き龍は全国各地にあるので、思う存分龍を鳴かせてみたい人は、他所でやるのがいいでしょう。

 日光東照宮からさらに奥へ進むと、いろは坂や華厳の滝、中禅寺湖などがあって全国的に有名ですが、私がおすすめしたいのはさらにその奥、戦場ヶ原の大湿原です。尾瀬よりもアプローチが簡単で、夏はハイキング、冬は歩くスキーなども楽しめ、お手頃です。

 さて、日光に次ぐ栃木県の観光地といえばどこでしょうか。塩原の温泉や、那須高原の名前が浮かびます。

 御用邸もある那須高原には、爽やかな森と、そのなかに、なぜここにあるのかよくわからないたくさんのミュージアムが溢れています。避暑地ならではの光景と言っていいでしょう。

 高原の避暑地にはなぜミュージアムが乱立するのか。牧場がたくさんあるのはわかるのです。牧場は広大な草地が必要だから。しかしミュージアムは別に高原でなくてもいいはず。

 このふしぎな現象は、つまるところ、われわれ日本人が実は高原での過ごし方をわかっていないことに起因していると思われます。われわれは高原に慣れてない。来てみたものの何をしていいかわからない、それが高原というもの。高原と聞くだけで、なんだか浮わついた感じすらしてきます。いったい高原は何をするところなのでしょう。乗馬?

 となると乗馬しないわれわれは、ミュージアムやアウトレットで時間を潰すしかないわけです。

 ところで、那須高原には関東屈指の、いや全国でも類を見ない知られざる名スポットがあります。それは北温泉。

 山間の一軒宿ですが、ただの温泉宿ではありません。魔界です。

 安政の時代からある迷路のような建物に、巨大な天狗の面がかかる混浴の浴室(数年前までは廊下が更衣室でした)、なぜか建物内に神社があり、温泉の川が流れ、日露戦争のポスターが貼ってあって、外には巨大プールのような露天風呂。

 いったいここは何なのか。というか温泉宿ですが、これほど異界めいた場所はなかなかありません。強力おすすめです。

 異界といえば、宇都宮からほど近い場所に大谷石の採掘場跡があり観光地になっています。付近の町は奇岩がそびえる不思議な景観で、それ自体も面白いのですが、さらにその下に野球場が入るほどの大地下空間があるというから驚きです。すぐ隣には巨大な観音像が彫られていたり、磨崖仏が国の重要文化財に指定されている大谷寺などもあって、このあたりちょっとユニークなゾーンとなっています。

 今のところ観光客はその3か所だけを見て帰りますが、実はほかにも全体で250以上の地下空間があるそう。水が溜まって地底湖ができている場所もあり、最近になって探索するツアーが組まれるようになりました。

 さらに町のはずれには、平らな畑の一画に突然巨大な竪坑がぱっくり口を開いてたりして、大地の下に知られざる地下世界が広がっているというダイナミックな味わいはこの場所ならでは。新しい感覚の観光スポットとして注目です。

 最後に足尾銅山についても触れておきましょう。

 群馬県の桐生から、わたらせ渓谷鉄道に乗ってたどり着く足尾銅山は、明治から昭和にかけて鉱毒事件を起こした場所として有名ですが、閉山した今は寂れ具合がナイス、と廃墟マニアの間で人気を博しています。

 公開はされていませんが、緑青に覆われた美しい洞窟や、東京ドームがすっぽり入る巨大穴などもあるそうで、ぜひ観光開発されてほしいところ。かつてはガソリンカーと呼ばれたトロッコ風の鉄道が走り、空には資材運搬用の鉄策というリフトのようなものが縦横に張り巡らされていたそうで、それらも復元すれば他に類のないテーマパークになれるんじゃないかと思ったりします。