WEB本の雑誌

2月14日(木)

 女性陣から厳しい視線を感じるなか、とうウェブの新年会へ。やっぱりバレンタインデーに飲み会を作ったことで相当恨まれてしまっていたようだ。それ以上に、調子にのってバカな話ばかりしていたところ、日記で読んでいる僕と、実物の僕があまり違い「ガタガタ音が鳴るように杉江さんのイメージが崩れました…」と運営会社H社のMさんにキッパリ言われてしまう。崩れる…ということは悪くなったということで、でも、そう言われてもどうすることも出来ず、終電の電車に揺られながらぼんやり考える。

 長年営業をやっていると「本当の自分」というのがわからなくなってしまう。一日の大半を書店さんとの会話で過ごしていて、その間は、そのときそのときバラバラの内容で会話を交わす。移動でひとりになれば、また違う面の自分が出てきて、何か考え事をしたりする。ネガティブなときもあれば、ポジティブなときもある。たまに古い友達とあえば、馬鹿話に花を咲かせる。

 本来僕は極端な人見知りで、見ず知らずの人と会話をするなんて恐ろしくて仕方なかった。でも、営業という仕事に就けば、それをこなしていくしかないわけで、初めの頃は、声をかけるのもドキドキして、棚前を行ったり来たりしていた。少しずつ、少しずつ、時間と場数をこなして慣れていき、そして今では人見知りだったかつての自分を呪っている。人はコミュニケーションをとらなければ、どんな人だかわからない。そんな当たり前のことに気づいたのはつい最近のことで、そして、誰も彼もが根本的にはかなり似ていて、自分に置き換えてみると学ぶべきことが実は無数にあったのだ。今まで僕はどれだけ損をしてきたのだろうか。

 昔からの仲間に会うと、みんなお前がどんな顔をして営業しているのか不思議だよ、と言う。気に入らない奴とは一切口をきかないし、機嫌が悪ければ一日中仏頂面、教室の隅で好き勝手していて、それがどうして営業マンになれたんだ?と。

 でも、僕は決して無理をして笑顔を作っているわけではないし、話を合わせているわけでもない。いや、営業マンになって初めの頃は無理して笑わなければと考えていたこともあるし、こんな話をしなければいけないんじゃないかとも考えていた。まるでドラマに出てくる、営業マンのようにだ。

 ところが現実に多くの営業マンを観察していると、そんな不自然な態度をとっている人なんかいなかった。いや、無理をすればするほど相手との距離は離れていくということに僕は気づいた。それ以来、何も装わず人に会うよう心がけることにした。

 そんな風に毎日を過ごしていると、たまに、いったい「本当の自分」というのはどれなんだろう?と不安になることがある。営業している顔、プライベートの顔、仲間と遊んでいる顔、サッカー場にいる顔、いやそのどれもが、最近変わりがなくなってきてしまっていて、逆に不安になるのだ。前は、書店さんで何か言われても「いいんだ、本当の自分は別に違うんだから」と開き直ることがあったけれど、今ではそれが出来ない。営業中も、自分なんだし、サッカー場で吠えているのも自分なんだ。「本当の自分」って何?

 酒臭い終電に揺られながら考えているとあることに気づいた。本当は「本当の自分」なんてどこにもないんじゃないかということ。いや、全てが自分なんじゃないかということに。そして例え、日記のイメージと本物のイメージが違ったとしても、それはどちらも僕ですとしか答えようがないということに。