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2月25日(月)

 昨年、子供が産まれたとき、知人や友人から「子供って可愛いでしょう?」と何度も聞かれた。その度に僕は、「小鉄(愛猫の名前)と同じくらい可愛いね。」と答えていた。それは僕にとってとても素直な言葉のはずだったのに、多くの友人達から眉をひそめられ「そんな言い方は子供がかわいそうだよ」と忠告された。反論しようかと思ったけれど、つまらないことでケンカになっても仕方がないと僕は苦笑いを浮かべ続く言葉を飲み込んでいた。

 ペットを飼っている人ならもしかしたらこの気持ちをわかってくれるんじゃないだろうか? 犬や猫、あるいは鳥でも他の小動物でも長年連れ添うに従い、動物としてではなく、ひとつの人格というか、ひとりの家族として完全に認める瞬間がやってくると思う。動物が人になるのか、それとも人が動物になるのかわからないけれど、それは間違いなく家族としての関係だ。

 僕は小鉄に対して、ずっとずっと家族として接してきたつもりだし、「ニャー」という鳴き方ひとつ、あるいは何気ない表情で気持ちや要望を察することができたと思う。つらいことがあればノドを撫でながら話しかけ、楽しいことがあれば一緒にじゃれ合って来た。ペットだって可愛がるだけでなく、躾があるし、家族として考えられなければ、旅行にも行けず、餌を考え夜遅くまで遊ぶこともできない手間を続けられないだろう。

 小鉄は、僕が小学校5年の時にもらってきた何でもない雑猫である。不確かな記憶を呼び戻すと、多分母親が家計を支えるために働きだしたときに、何となく淋しくて、猫が欲しいと言ったような記憶がある。動物好きだった母親は、僕が面倒を見ることを約束に、ちょうど近所の材木屋で生まれたばかりの子猫をもらう段取りをしてくれた。

 ある日、学校から帰ってきて「今日子猫をもらいに行こう」と母親に言われたときの喜びを僕は今でも忘れていない。材木屋のおばさんが2匹の虎と縞の子猫を前にして「虎の方が可愛いいからこっちにしなよ」と言った言葉に対し、僕は『じゃりん子チエ』の小鉄そのままの縞だった子猫を指さし「絶対こっちが良い」と母親の耳元で話したのも忘れていない。そして、胸に抱いて帰ってきたものの、怯えと不安で思いきり爪を立てられたことも忘れていない。書き出したらキリがないほど、いろんなことが思い浮かび、僕が11歳から今に至るまでの約20年間、ほとんどの思い出にその猫、小鉄がいる。

 昨日、実家に帰ったら、母親から「小鉄がそろそろ危ない…」と告白された。ここ数ヶ月、足もとが弱々しくなり高いところへジャンプできなくなっていたのは気づいていたが、食事はしっかりとっていたので安心していた。しかし最近は、その食事をとれなくなっていて、2階に上がるのも苦しいとのことだ。病院に連れて行ったところ「20歳の猫なんて表彰ものです、延命治療なんてせず、あとはゆっくり枯れるように死んでいくのを待ちましょう。」と言われたらしい。確かに猫の20年といえば、もうすでに老人もいいところなのはわかっている。わかっているけれど、何とも言えない想いが交錯した。子供は抱き上げるたびに重くなっていくのに、小鉄は軽くなる一方だ…。

 今日、電車のなかでずっと小鉄のことを考えていた。間もなくやってくるであろう「その日」を前に、今、僕は心が乱れている。