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3月6日(水)

 昨日。仕事を終えてから久しぶりに友人と待ち合わせし、酒を飲んだ。ひとりは高校時代からの親友シモ、もうひとりは専門学校で知り合った相棒とおる。二人は互いに接点はないものの、僕の部屋で出会い、そして親交を深めていき、今では親友となっている。

 実家の僕の部屋はいわゆるたまり場だった。毎日3、4人、多いときには10数人が部屋にたむろし、白い煙と麻雀パイがぶつかり合う乾いた音がいつも飛び交っていた。例え、僕が不在でも、母親は彼らを家にあげていた。「そのうち帰ってくるから、部屋で遊んでなさい」それが母親のいつもの言葉だった。

 大学に進学した友達より先に働きだしていた僕は、確かに「そのうち」家に帰り、主が不在でも盛り上がっている部屋に飛び込んでいった。慣れない仕事の疲れも、友達と笑っているうちに消えていった。ときたま誰もいない日はホッとするような安堵感を感じつつも、寂しさを拭えなかった。

 その部屋に集まるのは、僕の小学校、中学校、高校などの友達。そしてその友達のそれぞれの友達。あの年代だから、そのまますぐ友達になれたのか、それともそれぞれの友を選ぶ基準が似ていたからなのかは、よくわからない。けれど学校の枠を越えた関係が僕の部屋で作られていったのは確かだ。そして今でもその関係は続いている。

 あるとき、不意に母親に聞いたことがあった。高校生で煙草を吸い、酒を飲み、そして麻雀をしていた僕らをなぜ怒ったり追い出したりしなかったのか?と。母親はあっけらかんとしてこんな風に答えた。
「あんたら、確かに悪さはしていたけれど、遊びに来た子はみんなちゃんとお母さんの目を見て、挨拶をして上がっていったのよ。それで大丈夫だって思った。それと女の子は全然来なかったし、そういう意味では安心していたね。あとは、あの玄関からあふれ出す汚くて大きな靴の山ね。あれが、なんかお母さんは好きだったのよね。そうそう、関係ない墓参りについてきた子もいたわねぇ、なんかみんなうちの子みたいな気がしていたよ。」

 僕が実家を出て暮らし始めたとき、自然と僕の部屋はたまり場ではなくなっていく。さすがに主が完全にいなくなった部屋には来づらいのだろう。そして、友達と顔を会わせる機会はぐんと減っていった。

 僕が今一番欲しいと願っているもののひとつは、あのときと同じようなたまり場だ。いつも、誰かがいて、そして何でも話せる安心感溢れるあんな場所が欲しい。でも、きっと、もう一生手に入れることはできないだろうことはわかっている。みんなそれぞれ忙しい年代に入ってしまったのだから。

 数ヶ月に一度くらいしか友達と会えない。会社帰りに会ったとしても、誰もが帰りの時間と明日の仕事を気にしている。何だか淋しすぎる。